※前編
僕は、二人で過ごす時間が増えて行くにつれて、次第に、Rのことを「サークル仲間」ではなく「女性」として見始めていることに気付いた。
前述したように、外見の好みとは合致しなかったからこそ、Rのことを意識し過ぎずに付き合えていたのだが、意識し出すと、以前のように、何気無い会話を何気無く返す、取るに足らない話だからこそ後腐れなく終われる、といった風には行かなくなってきたのを、僕は、うっすらと感じていたのだ。
そうなると、Rもまた、以前と違って、ギクシャクした感覚でも覚えてきたのか、サークル終わりにパスタ屋さんへ、といった流れが出来た日がおとずれても、「一緒に行こー!」と、声を掛けて来なくなってきた。
僕は、相手から声を掛けてもらえなくなったということは、つまり、そういうことだよなぁ・・・、などと、意味深な心の声を感じ取りながらも、居ても立っても居られず、自ら、切り出してみることにした。
僕「R、今日、パスタ屋さん、行かないの?」
R「ん-、金欠気味だし、今日は別にいいかなー」
Rは、僕の誘いに対して、金銭面を理由に断って来た。ここでサッと身を引いていれば良いのに、僕は、お金が理由で行かないのであれば、とでも思ったのか、食い下がって、こう返したのである。
僕「だったら俺が出すわ。お金だったら何とかなるし」
R「あー、じゃあ、行く・・・?」
この瞬間、僕は「あっ、こりゃあ、やっちまったか・・・」と、自らの発言を後悔した。Rの表情が、これまで見て来た中で、一番と言って良いぐらい、困り顔を浮かべていたからだ。とはいえ、後悔したからといっても、今更、後の祭り、どうにもならないのだけれど。
結局、その日は、Rとパスタを食べて、僕が二人分のお金を出して、解散した。
ここだけを切り取れば、普段と何ら変わらない気もするし、会話の内容も、普段と変わらぬ世間話が大半ではあったのだが、明らかに違っていたものがあった。
そう。空気感や雰囲気が、明らかに違っていたのだ。これは、目には見えないし、音としても聞こえないものだが、誰だって分かるだろう、というぐらいに、二人の間には「気まずさ」が流れていたのだ。
「沈黙」で例えれば分かりやすいだろうか。僕は、沈黙に耐えられるか否かで、お互いの関係性、ないしは、コミュニティの関係性が決まって来る、そう言い切れるぐらいには、コミュニケーションにおいて、沈黙を重要視しているきらいがある。
それで言えば、二人の関係性は「沈黙=気まずい」という空気感が漂っていたのだ。ゆえに、話しても話さなくても良いような、どうでも良いことを口に出しては、適当な相槌を交わし、話がすぐに途切れ、再び、気まずさを感じたくない意識が働いて・・・、といったことを、エンドレスに繰り返していた。
失礼。
変なスイッチが入ってしまった。
本編が終盤に近付いているにもかかわらず。
最後、シメに入ろう。
その後、僕とRは、周りから見ても、関係性に変化が生じたことが伝わって来るぐらいには、ギクシャクするようになった。
だが、僕は、こうなることを、おぼろげながら、予感していた。自分がお金は出すからと、半ば無理矢理、パスタ屋さんに誘ったのが、完全に裏目に出たことを、気まずい空気感から察することが出来ていたからだ。
Rは、あからさまに険悪なムードを漂わせる、という感じではなかったにせよ、必要最低限の会話にとどめているのは、容易に感ぜられた。その振る舞いは「プライベートな話は控えて欲しい」「パーソナルスペースに踏み入って来ないで欲しい」といった意味合いが、言外に込められているようだった。
かくして、僕とRは、「一緒にパスタを食べに行く間柄のサークル仲間」から「バスケをやる時だけ顔を合わせるサークル仲間」へと、変わっていったのだった。
それでも僕は「そもそも関係性が元に戻っただけのことじゃないか」と自らに言い聞かせて、完全に関係が断絶されなかったことに対して、むしろ感謝の気持ちを持とうと努め、Rのことを「片想い」のような心情で、ボンヤリと見つめていることが多くなった。
「前編」で記したように、Rの外見は、僕のタイプではなかった。だが、世間一般では「綺麗」に分類されるであろうことも、また事実。僕は、そんな彼女の、凛とした芯の強さを感じさせる、キリッとした切れ長の目を見ては、ますます、恋慕の情を募らせるのであった・・・。
Rへの想いが最高潮に高まったタイミングで、僕は目が覚めた。