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【エッセー】迷惑メール奇譚 vol.3 / 田中

※謎のナンバリング化。(誰得だよ)

ドキッとしたのが情けない

はじめに断っておくと、今回の「迷惑メール奇譚」は、別に、取り上げるほどの内容ではない。良く見る類いのものだ。ちなみにこの1通でおしまい。何度も何度も返信を催促するようなくだりもなかった。それで引っ掛かる人がどれぐらい居るのかと、逆に考えてしまう。それとも、遊び目的で返信してみる人が、チラホラ居たりするのかしら。僕には良く分からない。

じゃあなぜ記事のネタにするのか、ということだが、それは、この項のタイトルに冠した「ドキッとしたのが情けない」の意味を話せば、説明が付くかと思われるので、まずは、その話をすることにしよう。

なぜ、僕は、上記の迷惑メールが届いて、ドキッとしてしまったかというと、一瞬、「田中」という苗字の僕の知り合いから、いきなり、メールが届いたのかと誤認してしまったからだ。

「こんばんは」
「お元気ですか?」
「届いてたらここから返事下さい。」

この文面が、聞き覚えのあるボイスで、脳内再生された。それで僕は、ドキッとしてしまったのだ。

だが、冷静になって見返すと、100人中100人、誰がどう見ても、これは迷惑メール以外の何物でも無いだろう、と即答出来るレベルの、稚拙な文面であることに気付いて、「ぬか喜びさせんなよ・・・。」と、一人、落胆したわけである。

”田中”

僕は「田中」という苗字の人物と、何かと縁の有る人生を送って来た。一人ずつ挙げて行けばキリが無いほどだ。「良く聞く苗字なのだから当然だろう」と思われる方も居られるだろうが、僕の人脈は、驚くぐらいに、狭い。そんなこと、声を大にして言うことでもないのだが、本当に、狭い。「人間関係は『狭く深く』を良しとしている」などと、我が物顔で語っているが、そもそも「広く浅く」の人間関係を築けるほどの人脈が無いだけではないのか、と詰問されたら、答えに窮した挙げ句、「おいおい、痛いところを突いてくれるなよ・・・。」と、自嘲の笑みを浮かべる他は無い。

だが、今回は、そんな話がしたいわけじゃない。とにかく「UP主の人間関係は驚くぐらいに狭い」ということだけ分かってもらえれば良いのだ。でありながら、「田中」という苗字の知り合いを挙げて行けばキリが無いほど多い、と言う。これは凄いことではないのか?

ただ、一人ずつ、余すことなく筆記してしまうと、いくら時間が有っても書き切れないので、今回は、とりわけ思い入れの強い人物を、3名、ピックアップしようと思う。

なお、書き始めればキリが無いため(誇張抜きで時間と労力が無限大だったらいくらでも文章を綴れる自信がある)、簡潔にまとめることを意識して、今、ふと思ったことを、文章化してみるつもりだ。


田中A|高校時代の元カノ

もうね、とにかくね、良い子なの。良い子。珍しいよ。僕の元カノで。こんなに良い子が居るだなんて。・・・とか書いちゃうと、「じゃあ他の元カノはみんな悪い子なんですか?」ってなりかねないから、あんまり、良い子良い子って書くのも、忍びないんだけどさぁ。

なんていうのかな。純朴って感じ。けがれてない感じが凄くある。よくもまぁ、僕みたいな人種と、縁が繋がったよなぁって。それとも、僕の高校時代は、まだ、けがれていなかったのか・・・。それは、良く分からない。確かなことは、今の僕は、けがれているということだけだ。

家族仲も良好そうだった。遠出したことがあるんだ。といっても、大阪だけどね。あっ、お互い、兵庫ね。地元は。僕は西兵庫で、彼女は東兵庫だったんだけど。高校も、まぁ、いわゆる、進学校と呼ばれるところで・・・。一言でいえば「良いトコの子」みたいな。

あかん、話が脱線してる。戻そう。

大阪に行こうってなって、駅で待ち合わせしてたんだけど、そこに向かうと、弟と母親も一緒に来ていて。なんか、お見送りに来たんだって。そこで初めて顔を合わせたのかな。彼女の親と。「えっ?そんなことある?」って思った。アポ無しで恋人の親と会うのって、まぁまぁなインパクトだと僕は思うんだけど、みんなはどう思う?

でもまぁ、僕の狼狽(一応、察せられないように、平静を装ってたはず)は、どこ吹く風で、彼女は、にこやかに「行って来ま~す♪」って、手を振ってた。僕もそれに合わせて、多分、手を振ってたと思うんだけど(振らないとマズいよな?)、あの時に振った手は、手を振る機能が付与されたロボットの試作機レベルに、カクカクしていたと思う。

なんなら今も、手を振る時は、「振りたいから振る」じゃなくて、「こういう場面では振っといた方がええやろう・・・。」と思って振る時は、カクカクしていると思う。

「ハイ、チーズ!」と言われてニッコリと笑えるわけないじゃないか、と不平不満を述べるのが癖になっている僕であるが、どうやら、笑顔を作ることだけでなく、「バイバ~イ!」と手を振ることに関しても、相当な苦手意識を持っているらしいことが、今回、判明した。


田中B|高校時代に告白してフラれた人

「田中A」と別れてから、知り合った子なんだよな。確か。周りからもイジられてた気もするけど、僕自身、メッチャ思ってたもん。「田中と別れて田中にアタックしようとしているのか、俺は・・・。」って。まぁ仕方ないよな。「田中」だもんな。被ってもおかしくないよな。そりゃあ、まあ。

でも、その経験があったからか、色々、思うことがあるんだよね。例えば、元カノと同じ名前の女性と知り合った時とかさ。「いやー、この子の名前は、どう足掻いても、元カノの影がチラつくから、付き合うことは出来んだろうなぁ・・・。」って。

まぁ、幸いなことに、僕は、いわゆる「モテ男」ではないから、99%の世の女性は「コチラから願い下げよ!」となるので、本格的に困った覚えは無いんだけどさ。妄想の世界で「もしも付き合う流れになったらどうすれば良いんだろう・・・。」と考えて終わり。1ミリも現実に近付くことは無いのが実情である。

ただ、こうも思うんだよね。「元カノと同じ名前だったら、今カノが目の前で、誤って、元カノの名前を呼んでしまっても、バレないなぁ・・・。そう考えると好都合かもなぁ・・・。」って。我ながら、あくどい思考をするものだ。まったく。

だが、別の僕が、制するように、問い掛けて来る。「待て。確かに相手にはバレないかもしれない。だが、自分の中では、『あっ、今、間違えた』と気付くはずだ。それに関しては不問に処すつもりか?」と。

確かにそうだ。たとえ、同じ名前だったとしても、今カノを思い浮かべながら呼ぶのと、元カノを思い浮かべながら呼ぶのとでは、まるっきり異なる。つまり、僕は、元カノのことを思い浮かべながら名前を呼んだにもかかわらず、今カノが「なあに?」と返してくる、なんてことが起きる。それはいかがなものか?

あいにく(?)、僕は、そんなシチュエーションを経験したことが無いので、想像を巡らすことしか出来ないのだが、おそらく、激しい自己嫌悪の念に駆られることだろう。もう、いっそのこと、「今、元カノの名前を呼んだでしょ!」と、叱責を受けた方がラクになれるんじゃないか、そう思うほどに。

まぁ、いずれにせよ、元カノと名前が同じ女性、という時点で、その人と接する時は、元カノがチラついてチラついて仕方が無い(経験済み。なんなら同姓同名の子すら居たこともある)ので、間違って元カノの名を呼んだが今カノも同じ名前なのでバレなかった、なんてバカなマネは、十中八九、経験することはないだろう。

・・・いや、ちょっと待てよ。「よし、こんなもんだな」と納得して、次の項に移り掛けたけど、「告白してフラれた」って設定をガン無視してるやんけ。それはアカンやろ。

うーむ。言われてみればその通りだ。僕は無意識的に避けていたのかもしれない。告白してフラれたという事実から目を背けるために。

そう。僕は、告白してフラれた経験が、ほとんど無い。この子で、記念すべき(?)1回目。それと、大学時代、サークルの同期の女の子で、2回目。それでおしまい。基本的に、告白を敢行したら、OKを貰う確率の方が高い。ゆえに、NGを貰った時の落胆っぷりは、凄まじいものがある。

ていうか、今、振り返ってみると、「なぜフラれたのか?」は、大体、察しが付く。いずれも見切り発車だったのだ。言い方が合ってるか定かではないが、外堀を埋めることをせぬまま、裸一貫で、「好きです!付き合ってください!」と、勢いそのままに、言ってしまった。その結果が、コレ(玉砕)である。

世の中には「当たって砕けろ!」と背中を押す風潮があるが、一度、当たって砕けてしまったことで、それがトラウマとなり、今後一生、カルマという名の十字架を背負う羽目になる、その可能性も考慮した上で、「当たって砕けろ!」と背中を押しているのか、僕には、甚だ疑問である。

お言葉のようだが、僕には、その覚悟が、到底、あるようには思えない。言葉にせずとも、「私の助言に従って出た結果や、それを受けての精神状態うんぬんは、一切責任を負いません」という無責任さでありながら、ただただ「当たって砕けろ!」と言っているように聞こえるのは、僕だけだろうか?

書き加えない方が良かったんじゃないのか?


田中C|直近の元カノ

えーっと、冒頭に述べた、迷惑メールの文面の話の時に、”自分と近しい存在の人のボイスで脳内再生された”と書いたと思うんだけど、それがまさに、彼女の声だったんだよね。

というのもね、彼女と僕は、突然、疎遠になったっていう、過程があって。まぁ、端的に言うと、LINEの友達リストから、突然、姿を消したって話なんだけど。

まぁ、シンプルに考えれば、僕に愛想を尽かせて、連絡手段を絶つことを決断したのかなと。そう受け取ってはいて。自分で言うのも悲しくなってくるけど、さもありなん、とも思う。実際、連絡が取れなくなった直後も、言葉に出来ぬ感情が錯綜している感覚はあれど、「俺から離れるという選択は賢明と言わざるを得ないわな・・・。」などと思っていた気がする。

にもかかわらず、稚拙極まりない迷惑メールの文面ですら、「彼女からメールが届いたのではないか!?」と、本能的に感じてしまった自分が、情けないというのか、なんというのか・・・。

ガラケー時代、メールが届いて、宛先を確認して、自分が望んでいた相手とは異なる名前が載っていて、「はぁ・・・。」ってなる感覚と、良く似ている。どうやら、人間は、自分にとって、都合の良い展開ばかりを夢想してしまう、愚かな生き物らしい。

「田中C」に限らず、これまでお付き合いしてきた元カノ全員、「もしもどこかで再び縁が繋がることがあったら・・・。」と、考えてしまう癖が、僕にはある。

その代表例とも言えるのが、元カノ達の誕生日だ。「元カノの誕生日?そんなん覚えてへんわ(笑)」なんて人も居るみたいだが(記憶の有無で善悪を論じる気は毛頭無いので悪しからず)、僕に言わせれば、「どうして別れたら忘れられるのか?」と問いたいぐらいだ。

別に僕は「元カノ全員の誕生日を覚えておこう!」と努力しているわけではない。いつも通り、カレンダーの日付けをチェックした時に、「あっ、今日は、元カノの〇〇の誕生日だ・・・。」と、当時の記憶がフラッシュバックしてくるだけだ。

その日は、一日、頭の片隅では、元カノのことばかり、考えている。白状すると、今カノの存在が居ても、元カノのことが、頭から離れない。頭の片隅では、だが。

僕の立場からすれば「1年に1回ぐらいは思い出に耽る日が有っても良いんじゃないか」だったとしても、今カノからすれば、たまったもんじゃないだろう。それぐらいは愚鈍な僕にも察しが付く。ゆえに隠し通した。今カノの前で元カノの話題を持ち出すことを極力避けるようにしていた。

ただ、その日(元カノの誕生日の日)に行なうセックスは、今カノの顔面が見えない状況の時などは、「元カノの〇〇の性感帯は△△だったっけか・・・。」などと思いながら、愛撫を行なっていた覚えがある。

今カノが目の前に居るにもかかわらず、頭の中の元カノのことばかりを考えている自分に嫌気が差した経験は、数知れず・・・。

「人間は、過去の記憶を美化させる傾向がある」

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