この感情を終わらせることにした
人より繊細な感情を持っているのだろうってことには数年前から薄々気づいてる。普段は気付かせぬように、自分すらも気付けぬように振る舞っているが好きな人の前に限って僕らは一番嫌いな自分と向き合うことになる。
「多感な時期」だからと一言に括ることも、必死になって説明するものでもない。僕らは日々何かを感じて、何かに傷ついて生きていく。
感情は時に僕らを生かしたり殺したりするけれど、感情が僕らを守ってくれたことも、何かの言い訳になったこともない。
たった一つ、未だに消えることも薄れることもない感情を僕は今日、終わらせることにする。
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別に特別な出会いがあったわけじゃなかった。
彼女とは共通の友人を通して知り合った。彼女は僕より2つ年下で、表情や髪型がコロコロ変わることも含めて僕のよく知る「いわゆる女子大生」だった。
僕は彼女を友人の知り合いとして、彼女は僕を大学の先輩として、顔を見かけては軽く会釈をするような浅い関係からスタートした。
あの頃の僕はまだタバコを吸っていて、彼女は「身体に悪いですよ」と言っては身体の前で手をクロスさせバツを作るような子だった。
「私もタバコはじめようかな」
そんなふうにふざけて笑う彼女を「お前には向いてないよ」と軽く笑い返す。
それが僕らのいつもの流れだった。
「私そんなに喋るキャラじゃないんですよ」
と彼女は僕によく言ってきたけれど、僕にとっての彼女はお喋りで、意地っ張りで、負けず嫌いな「いわぬる女子大生」だった。
彼女との会話はよく続いた。
とはいえ、小さい声でいつでもボケる彼女を僕が気まぐれにツッコむようなものだったから会話とは程遠かったけれど、彼女も僕もそれがどこか心地よかった。
嫌いなものには嫌いと言い、好きなものには好きだと言う彼女だったけれど、自分のことだけは決して人に言えない彼女はやっぱりただの女の子なんだろうか。
そんな僕らも、出会って1年が過ぎた頃に僕から告白したことをきっかけに付き合うようになって、少しずつ変化していった。
どんな髪型が好き?
ねぇ、お揃いのスニーカー買おう?
次はいつ会える?
ふと彼女からくる、そんな会話が新鮮で「少し時間をあけて返信する方がいい」なんて書いてたどっかの雑誌には「待てるわけない」とケチをつけたくなった。
かけ引きとは遠い世界にいた僕ら2人は気まぐれにLINEを返したし、思い出したように2人で遊んだ。
1人が好きだった僕と、友達に囲まれてるのが好きな彼女だったからすれ違うこともあったけれどそれなりにうまくいってたんじゃないかと思う。
彼女はよく笑った。
カメラを向ければクスッと笑って、手を繋げばステップしてしまうような彼女に僕は夢中だったし、彼女も僕を求めてくれた。
ネイルが好きで暇あればネイルを変えてお洒落を楽しむところも、食べることが好きでインスタのお気に入り欄には飲食店ばかりが並んでいたところも、忘れっぽくて出かけるたびに何かを忘れて帰ってくるところも僕は好きだった。
僕が大学を卒業すると、互いにやりたいことが見つかり、次第に連絡の頻度は減っていった。会えることも月に一度あるかないかになっていったけれど、それでも僕は彼女のことが好きだった。
「遠距離は苦手かも」
いつだったか彼女はそう言ってたから、不安だったけれど、彼女が頑張ってくれてることを知るたびに嬉しかった。
だから2人で遊んだときには決まってどこかに泊まるようにして、少しでも長く一緒にいれるようにと工夫するようになった。
「いつか一緒に暮らせたらね」
久しぶりに2人で遊んだ日の別れ際、彼女の最後の言葉はその一言だった。
結局、彼女とはその日を最後に別れた。
あの日、東京に帰った彼女からその後、連絡が返ってくることはなくて、心配になって電話をかけたりしたけれど繋がることはなかった。
「なにかあった?」
と送った僕からのLINEに既読がついてることだけが彼女の安否を教えてくれた。
いつだったか彼女が教えてくれた。LINEの既読機能は東日本大震災がキッカケに作られたんだよ。ってこと。
「私は無事だよ」と報せるのが既読機能らしい。
それから半年が経った頃、彼女のストーリーで違う彼氏ができたことを知った。
次の彼氏はタバコを吸わないらしい。
今思えば、大学生の一番遊びたい時期の女の子を縛ってしまったことが悪かったのかもしれない。
それならもし、あの頃に戻れるならもう付き合ったりしないかもしれないな。
情けないけれど、今でもふと流れてくる彼女のストーリーに見かける彼女の笑顔が好き。けれど、その笑顔の理由にもう僕はいない。