毒親、毒弟にも潰されなかった春秋時代の流浪王子 _feat.重耳 <育児編#2/4>
親子であっても別人格で他人です。人間は、親だけの影響で出来上がるものでは決してない。
どう育ってもその責任を親に帰結しなくていい
どんな風に成人しても、その理由を親や生育環境に結びつけて語らなくていいと僕は思っています。親も成長していく子どもの責任をすべて背負わなくていいし、子のほうも親に恵まれなかったから人生も恵まれないことはありません。
それは、歴史を見ても明らかです。親が世界史上のトップ10に入るレベルの愛に満ちた立派な人でそれで世界を変えた英雄でも、息子が非道を尽くす人間になったガンディー父子のケースを前回説明しました。
今回は、その逆です。
親は子どものことなんてまったく考えることなく私欲に走った明らかなクソ。現代で言うところの毒親なんだけれども、子どもは立派に大成した歴史上の人物についてお話します。
中国史に名を残す晋の英雄・重耳
重耳(ちょうじ)です。
重耳(のちに文公/紀元前696年〜紀元前628年)は、中国・春秋時代の黄河中流域を支配した大国・晋(しん)の君主です。
君主の座に就いてからは、混乱の続いた晋を安定させ、大国だった楚(そ)を倒して天下を手中に収めます。在位した期間は8年と短いものの、春秋五覇(*)の筆頭として斉(さい)の桓公(かんこう)と並ぶ英雄として中国史で語り継がれる人物です。
*春秋五覇(しゅんじゅうごは)……春秋時代に周王朝に代わって天下のことを取り仕切った覇者を5人挙げたもの。春秋時代は、諸侯たちがまだその前の時代に隆盛していた周を尊重していたため、周王朝を異民族の侵略から守るという名目で、「周王朝を守る一番の有力者=『覇者』を戦いで決める」という回りくどい戦乱状態が採用されていた。覇者の中でも有力だったのが斉の桓公と晋の文公(重耳)。重耳は中華ナンバー2といえる位置だった。
苦節19年の亡命王子
君主の座に就くまでの19年間が散々でした。
重耳は、晋の君主だった献公(けんこう)の息子として生まれます。献公の息子は複数いて、なかでも重耳、異母兄の申生(しんせい)、異母弟の夷吾(いご)の能力が秀でているとさてれていました。
大国の王子の1人という出自ですから、恵まれた生活ができるのが普通だと思いますよね。ところが、内紛で19年もの間亡命しなければならなかったんです。
父親が若い継母に溺れる
晩年の献公が異民族退治に乗り出した討伐で、美女の驪姫(りき/異民族の驪戎の娘)を気に入って持ち帰り、妾にして寵愛したところから事態はおかしくなります。
驪姫(馬へんに麗しい姫……ものすごいインパクトある名前ですよね)が、なかなか強欲なんです。
献公の愛妾となった驪姫は、年の離れた献公との間に奚斉(けいせい)という名の息子を産みます。驪姫は、献公を継いで君主となるのは、重耳の兄・申生と決定していたにもかかわらず、奚斉を王太子として立てようと目論み献公を操ります。
自殺に追い込まれた兄
驪姫を溺愛している献公も、2人の間に生まれた奚斉への後継を望みます。申生や重耳たちの存在を疎ましく思うようになり、申生・重耳・夷吾をそれぞれ辺境での守備に就かせて中央から遠ざけました。
とはいえ、申生が王太子になることを廃されたわけではありません。そこで驪姫は申生を陥れようと、申生が献公のために用意した料理に毒を仕込んで申生に毒殺の嫌疑をかけます。
申生はひとまず逃げ、家臣から亡命するようにも勧められます。でも、申生は濡れ衣を着せられた弁明をすることなく自殺します。「老齢の父親の近くにいるのは驪姫。真実を話すと父の身に危険が及ぶかもしれない」との理由でした。
毒親化した実の父に殺されかける
驪姫は、重耳にも宦官(かんがん)を派遣して自殺を迫ります。驪姫が仕組んだことながら、驪姫の夫で、重耳たちにとっては父親である献公も容認し加担していました。
つまり重耳は、悲しいことに実の父親から命を奪っていいと判断されたんです。
重耳は自殺することを受け入れませんでした。側近たちとともに国外へ逃げます。弟・夷吾もまた従者とともに重耳とは別の場所へ逃亡しました。
ここから晋の国内は混乱し、重耳も19年に及ぶ苦難の流浪生活が始まります。
まず重耳が側近たちと向かったのは、狄(てき)という晋から近い国でした。そこで生活して5年目に、父親である献公が亡くなります。驪姫が息子・奚斉に王位を継承させますが、クーデターに遭い驪姫たちは皆殺しにされます。
毒弟から刺客を送られる
新しい晋の君主として迎え入れられようとしたのは重耳でした。ところが重耳は、自分を罠にはめて殺そうとしていると帰国しませんでした。逃亡に至るいざこざを考えれば疑うのは当然ですよね。
次に要請された夷吾は、受け入れて帰国し君主となります。恵公となった夷吾のほうは、国に戻れて君主になれたにもかかわらず、王位継承順位としては上にいる兄(重耳)が自らの地位を脅かすのではないかとずっと引っかかっていました(ちなみに、重耳は気にしていませんでした)。
即位して数年後、夷吾は国内にいる重耳派と見られる者を処刑し、重耳本人にも刺客を送り暗殺を企てます。
刺客が送られたことを事前に知り身は守られた重耳でしたが、継母と父親だけなく弟にも殺されかけてしまいます。
重耳は、晋に近い小国に身を寄せていては危ないと東方の大国・斉(さい)を目指します。天下の覇者・斉の桓公(かんこう)も年老い、名臣と称えられた管仲(かんちゅう)が病死した直後でした。「右腕を失い不自由になった桓公は人材を求めているだろう」と見越しての東へ向かう旅でした。
農民に食を乞うも器の中身は「土」
旅の道中で衛(えい)の国に立ち寄ると、君主である衛の文公は重耳の一行を冷遇しました。食料も尽きて飢えに苛まれるなか、地元の農民に食を乞うと農民が差し出した器の中身は土だった、というエピソードが残っています。
一国の王子が農民からも歓迎されずに餓死しかけていました。人肉を食べるしかないほど飢えていたとの話もあります。
目指した斉にたどり着くと、斉の君主はさすが天下の覇者・桓公、重耳たちは手厚くもてなしてもらえます。妻も娶らせてもらった重耳は斉での生活をとても気に入ります。
冷遇、風呂を覗かれる、殺されかける……
とはいえ、重耳は亡命中ながら晋の王子です。ともに国から逃げてきた家臣たちは、重耳を晋の主にするのが目的ですから安住しません。曹(そう)、宋(そ)、鄭(てい)、楚(そ)……と帰国の契機を狙い、亡命王子の旅は続きました。
重耳一行は、先々で礼をもって迎えられることもありましたが、食うや食わずの不安定な流浪生活でした。
重耳のあばら骨がくっついていて1枚に見える「一枚あばら」の珍しい体躯をしていると聞きつけて風呂を覗かれる無礼を受けたり、冷遇されて殺されそうになったりもしました。
流浪生活から19年秦の後ろ盾で帰国
逃亡生活から19年、恵公(弟・夷吾)が亡くなり秦の人質だった恵公の息子(重耳の甥)が秦(しん)から逃げ出して晋の君主の座に就くと、人質に勝手に逃げ出されて怒った秦の穆公(ぼくこう)は、重耳を晋公につけようと楚から呼びます。
秦軍の後ろ盾と晋の重臣たちにも請われた重耳たちは帰国し、王位に就きます(重耳は文公へ)。
永い年月と苦難を耐え忍んだ、齢60にして新君主の誕生でした。
約20年に及ぶ亡命生活後、重耳はここから春秋五覇の1人に数えられるまでの名君になるのです。
自分を殺そうとした毒親でも腐らなかった
子どもの人生は親で決まりません!
人生を親にコントロールされるわけではないし、親も子どもの人生をコントロールすることはできない。
重耳の生き様が教えてくれます。ただ、重耳が逃亡生活を余儀なくされたのは40歳を過ぎてから。幼少期や少年時代から父親に命を狙われていたわけではないことは大事だったと思います。
日々の子育てで何かプレッシャーを感じている親御さんへ。「この子の人生の責任をしっかり果たさねば……!」とすべてを親だから背負わねばといった責任の果たし方はしなくていい。
子どもは親からの影響も当然多大に受けますが、社会や友人からも大きな影響を受けます。親だけが責任を持つ必要はないし、親が子どもの人生にすべて責任を持てるわけではないなと思います。
親がすべきことは、愛情をわかりやすく注いであげることなのかなと思います(ガンディーはわかりにくかったのかな……)。
肩に力を抜いて、気持ちを軽くしてもらえたらうれしいです。
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■コテン 深井龍之介のnote『レキシアルゴリズム』って?
このnoteでは、歴史を学ぶことで得られる「遠さと近さで見る視点」であれこれを語っていきます。
3000年という長い時間軸で物事をとらえる視点は、猛スピードで変化している今の時代においてどんどん重要になってきます。何千年も長い時間軸で歴史を学ぶと、自分も含めた「今とここ」を、相対化して理解できるようになります。
世の中で起きている経済や社会ニュースとその流れから、ビジネスシーンでのコミュニケーションや組織づくり、日常で直面する悩みや課題まで、解決できると僕は信じています。
人間そのものを理解できたり、ストーリーとしての歴史のおもしろさを伝えたくて、歴史好きの男子3人で『COTEN RADIO(コテンラジオ)』も配信しています。PodcastとYouTubeとどちらからでも。あわせて聴いてもらえたらうれしいです。
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