落語珈琲
仕事終わりの仕事残しのワーカーが所狭しと作業に勤しむ
国道沿いの作業カフェ。
作業カフェというのはいったいなんなのだろう。
なるべくして作業カフェになったのか
それともこのカフェは依然カフェのままであって
作業をする人間が都合の良いように”作業”と冠しているだけかもしれない。
そうだとすれば私がオーナーなら名誉毀損で法的措置すら検討するかもしれない。
そんなことをぼーっと考えているうちに列は進み、
注文は私のターン。
メニューを一瞥。
ヘンテコな長すぎるカタカナの名前のコーヒーが目に入る。
もはや声に出そうという気にもならないレベルの長さであって、
その嫌悪感はピカソの本名を連想させたが、
さすがにピカソより長いわけはないかと。
いやでも。やもすれば。
スリランカの首都ならいけるか。
いや、ピカソか。
そんな妄想トーナメントがどれだけ盛り上がろうとも、
レジで注文を待つ店員からしてみればただの凪、
虚無な時間である。
そんなことはつゆ知らず、トーナメントはドンドン盛り上がり、ピカソはゲルゲル勝ち上がり、私の口角もニカニカ上がっていく。
決勝はピカソvs口角
もはや異種格闘技
軍配はパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ
ゲームセットとともにふと我に返る。
……失態だ。
完全にやってしまった。
店員からすれば、私はレジに来てなにも話さずただ口角を上げただけの変人なのだ。
くう。
ここはやむを得ない。起死回生の一手。
この長い名前のコーヒーをスマートにオーダーすることで
変人から 博のある変な人にジョブチェンジするスキームにピボットだ。
変”な”人 この“な” は “な”史上最大の出番である。
変人と変な人では雲泥の差。
“な“の有無をこれほどまで意識したことは“な“史にはないはずであって
近隣の“た“や“に”ですらない。
なんとか 変人の隙間に “な“ をねじ込む のだ。
“な“ を求めていざ。
「グマテッ」
とまあ人は噛む時は案外あっさりで 噛んだ側は今すぐにシャベルを買いに行きたいほど穴に入りたいが 噛まれた側は 特になにも思わないものだ。
が、しかし
目の前の変人が レジで黙秘権を行使しつつ 口角を上昇させ
やがて沈黙を破り ついに発した待望の注文を噛んだともなると
さすがに接客のプロといえど爆笑を禁じ得ない。禁じ得ないのだ。
しかし、店員はここで禁じ手 “舌噛み“を発動。
噛まれたことで生まれかけた爆笑を噛むことで封じ込める。
まるで落語のような作業カフェ。いや落語カフェ。ハイチェアが続々と座布団に代わる。
一方店員
“舌噛み“ それはあくまでも禁じ手。
失態を禁じ得ない時こその禁じ手。
店員はシャバシャバと流れるエスプレッソのような勢いで 切った舌から血を流しながらタイムカードを切った。
脱落した店員を尻目に
店員2に「コーヒー1杯。」と注文
ゲームセット
事なきを得たのか 座布団はいつの間にかハイチェアへと戻り
私が着席する頃にはいつもの作業カフェに戻っていた。
ここでトラブル。
イヤホンがない。
こんな喧騒の中 イヤホンなしでは 到底作業などできぬ。
テーブルの上、カバン、全てを見てもなかなか出てこない。
堪忍袋の緒はいとも簡単に切れた。
人生最大のブチギレを魅せる。
ちゃぶ台をわざわざ近所の家具屋から買って来て、置いて、ひっくり返したいくらいにパニックである。
大テーブルで周りに作業人がいるにも関わらず ばんばんとテーブルを叩く。
叩きはやがて奏でに代わり 周囲は皆 ドラミングに勤しんでいた。
「あのビートに乗らず帰宅するわけにはいかなかったね。」
「リズムより優先すべき仕事があって?」
後日談では皆口を揃えて言ったという。
ふとここで違和感。
生まれたてのゴリラどもが周りで騒いでいるにも関わらずあまりうるさくない。
あれま、イヤホンは耳の中にあった。
暴れ回った挙句、上げた拳は行き止まり。
行き止まりなら壁を壊せばいい。
「すいません。イヤホンを見ていませんか?」
聞かれた店員2もパニックである。
間違えて「No」と半年前に新婚旅行で行ったハワイぶりに英語を話してしまうほどだ。
イヤホンではなくこれが耳栓であれば 私はまだイヤホンを探すことができたのに。
ふと国道を見ると口から血を垂らした店員がタクシーに乗り込むところであった。
それを見つけて大慌てで近づき店員の鼻の両の穴にイヤホンを突っ込み
店員を降ろし、私がタクシーに乗車。
最後に店員が何かツッコんでいたが、うまく聞きとれなかった。
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