「課題先進国」でイノベーションの橋渡し
インド・バンガロールの洒落た一軒家のオフィスで、その若者は「僕たちのサービスはインド史上、いやアメリカでも見たことがないスピードで広がっています」と自信たっぷりに言った。
1年前、米国のピッチイベント「YC Demo Day」で知り合った起業家を訪ねた時だ。
Khatabook(カタブック)というそのスタートアップは2018年の創業。
アメリカのトップベンチャー・キャピタル(VC)たちから投資を受け、今年5月には60億円以上を調達、時価総額は300億円を超えていると言われる。
インドには通称「キラナショップ」という、米やシャンプーなどの食品・
日用品を売る小さな路面店が、町、村のあらゆるところにあり、人々の日常生活を支えている。多くは家族経営で、なじみの顧客にバイクで配達もする。
インドにはフランチャイズ化したコンビニはほとんどない。全国で1000万店以上あるこのキラナショップが、小売りの9割以上を占めている。
顔見知りの常連客相手ゆえ「つけ払い」も多い。帳簿づけは紙と鉛筆だ。
だから「請求忘れ」や「払い忘れ」が日常だった。
カタブックはこのキラナ用に帳簿づけアプリを作った。請求書が買い物客のスマホに届く、というシンプルなアプリだが、これが爆発的に普及した。
サービス開始1年で、1日の利用者が100万人を超えてしまった。年換算するとなんと10兆円以上の請求データがこのアプリ上で記録された。
これは大国インドのGDP3~4%に相当する規模だ。
今年(2020年)、同じことがインドネシアで起きた。8月のYC Demo Dayで私たちは、インドネシアの同じ問題に挑む起業家にオンラインで会った。「僕たちはインドのカタブック社を研究し尽くしたんです」と彼は自信満々に語った。
私たちは「今度は見逃すまい」とこのBukuWarung(ブクワルン)に投資した。米国の大手投資家などもこぞって投資していた。ブクワルンはプロダクト改良のため、広大なインドネシアの町、村を歩き回った。小さな売店の店主が使う廉価版のアンドロイドスマートフォンでも動くよう設計したほか、通信環境が悪くてもオフラインでアプリが動くようにした。
インドやインドネシアには、上のみを見つめてのぼって行く熱狂的エネルギーがある。両国の人口は世界第2位と4位の規模を誇る。スタートアップには大きなチャンスがある。
米国で成功したサービスが数年後に日本に上陸し、その数年後に東南アジアで普及する。それを見越して投資に参加したり、類似のサービスを日本で立ちあげるという「この20年間やってきたタイムマシン戦略」はもう機能しなくなってきた。今起きているのはインド⇆インドネシアという「課題先進国」の間での、イノベーションの橋渡しである。
[日経産業新聞SmartTimes「課題先進国で技術橋渡し」2020年10月30日付]
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