6年間連載したSmartTimesの連載も最終回となりました。
ご愛読、コメント頂き誠にありがとうございました。
起業家がどうやって事業を大きくするか、その正解を学びたくて新卒でベンチャーキャピタル(VC)に就職した。29才で自分も投資される側になる決意をし、今の会社の前身の一部になる決済スタートアップを起業した。
やってみると、VC側から見ていた景色とは全く違った。「日本の決済を変える」と前途洋々な夢を語っていたが、なかなか伸びない売り上げと増えていく社員を見ながら、金策に走り回る日々だった。夜中にうなされ自分の声で目が覚めることもあった。成功すれば華やかに見えても、スタートアップは孤独で正解の見えない、不安な決断の日々だ。
私たちVCは投資の際にはその分野の成長性、潜在的市場規模(TAM)の大きさ、その会社自身の成長の蓋然性やビジネスモデルを判断する。だが一度選び取った後は「経営陣の力量」を応援するのみだ。それはプライベートエクイティ(PE=未公開株)ファンドとは異なり、直接関与ではなく、間接的な応援になる。
スタートアップが死ぬのは、現金が尽きたときだという。しかし私はそれ以上に、起業家の士気や闘志が尽きたときの方が重要だと思っている。彼らの最後にして最大の経営資源は、経営陣の士気や闘志なのだ。それさえあれば、いくらでも応援の方法は考えられる。あきらめずに粘る経営陣を見るから、集まってきた社員も彼らを支えようと思える。
200社を超えるスタートアップに投資し応援してきたが、最初から順調だった会社は1社もない。とくに起業時のもくろみはほとんど外れる。苦境に立ったところから何をするかで決まる。
今では投資家から300億円近い資金を集め、社員も世界で9000人になっている五常・アンド・カンパニーという会社がある。同社は金融事業を行っており、事業成長のため増資が必須だった。創業者の慎泰俊さんは法人投資家をたくさん回ったが、設立して間もない2015年はまったく資金を調達できず、やむなく方針を変え全国の個人投資家を訪ねたと言う。
1万社以上が利用する、経費精算のデジタル化サービスのバクラクで急成長しているLayerXでも、創業者の福島良典さんは最初の事業を社員30人の時期に根本的に転換したそうだ。ゼロから全員で営業して今の成長軌道に乗ったと振り返る。
経営と投資と両方を20年続けてきて思うことは、最初から正解はないということだ。もがき、不安な決断をくり返したその先に、ある時、奇跡のような成長が生まれる。あの決断が正解だったんだと思える日が来る。
暗闇を模索しそれでも進もうとする起業家の心の灯を、私たちは強く、永く支えたいと思っています。
[日経産業新聞2024年3月4日付]
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