第38話 白旗


高速道路の穴掘りは来る日も来る日も続いた。
ひたすらと道路脇の穴を掘り続けるという、何の変化もなく、ただ毎日同じ作業の繰り返しだった。

誰も喋る元気もなく黙々と掘り続けていたのだが、唯一元気な作業員がいた。
彼は中国からの留学生だったが、このアルバイトが気に入って本国へ帰らずに日本で働いているとのことだった。

「何で中国に帰らない?」

「チュウコクよりもニッポンたのしいよ」

彼は確かに仕事も楽しそうだった。
通常の日本人なら、こんな単調でキツイ仕事は嫌がるのだが、その中国人は楽しそうに仕事をしていた。

「はいっ、はいっ、はいっ、はいっ」

いちいち掛け声を上げながら掘り続けている。
飽き飽きしていたみつおは、その中国人と一緒になって、

「はいよっ、はいよっ、はいよっ、はいよっ」

訳のわからない掛け声で、二人で競争しながら掘り続けていると、不思議と疲れないのだった。無駄な労力のようでいて、実は掛け声を上げながら精一杯に穴掘りをしている方が楽なのである。

中国人と二人で笑いながら、あっという間に昼休みになった。
弁当を買ってきて食べながらおしゃべりをする。

「日本の何が楽しいの?」

質問すると

「ニッポン、何でもオッケーね、チュウコクではできないことも、ニッポンではできるよ」

「何が?」

するとその中国人はニヤニヤしながら

「キンジョーさん、オンナスキか?」

と逆質問されたので

「そりゃ、好きにきまってるだろ」

「ニッポンはオンナといいことできる所がイッパイ、チュウコクにはないよ」

その中国人は風俗にハマっていたのである。
それが最高だから、キツイ仕事も楽しいのである。穴掘りもそこへ行くまでのプロセスなのだ。

「あはは、チョウさんスケベだな」

「スケベじゃないよ、ちょっとエッチなだけ」

理由はともあれ、とにかく楽しい人間だった。
そのおかげで、キツイ仕事も楽しくすることができた。

それも楽しい思い出になる日が近づいてきた。
9月に入ると急に涼しくなってきた。
沖縄とはえらい違いである。
沖縄は8月も9月もあまり変わらない日々が続くが、東京は夏は馬鹿みたいに暑いが9月になると急に涼しくなるのである。

今回はチケットを予約しているので、15日は安心して船に乗り込むことができるので、安心して待つのみだった。

そんなある日、友達が彼女の車でドライブに行こうと誘ってきたので、その友達が運転して、男3人とその彼女の4人でドライブに出かけた。

しかも、それは夜からのドライブだった。
そのアパートの主の友達が、夏にやろうと思って大量に買った花火をやりに行くことになった。

「なんで、こんなに沢山の花火があるの」

「花火やりながらビール飲もうと思ったけど、ベランダで花火やったら怒られたわけよ」

「そりゃ怒られるだろ、ってかこんな花火、ベランダでやったら危険だろ(笑)」

「やっぱりダメか」

そこには、大量のロケット花火があった。
何も考えずに感情だけで行動するその友達に、常識が通じるわけがなかった。

そんな花火ができる所…

それで思いついたのが湘南だった。

「道分かるのか?」

「分からん、標識見ながら行けば大丈夫じゃないか?」

沖縄特有の行き当たりばったりである。
地図もないので適当に行くしかなかったが、何とかなるもので、長いドライブの後、ついに湘南にたどり着いたのだった。

近くに車を停め、花火を持って砂浜へと向かった。湘南の砂浜は沖縄のように白い砂浜ではないので、夜は真っ黒な泥のように見えた。

しばらく風を受けながら、沖縄の砂浜と妄想の中で比べていた。
すると

「ビューーーーーッ」

後ろからロケット花火の音が聞こえた。
振り返ると、みつおだけ一人で歩いてきたみたいで、他の3人は後で花火をやっていた。

そして、何と今度はみつおに向けてロケット花火を発射したのである。

「あぶね」

思わずしゃがみ込んだ頭の上を花火が通過していった。

「おい、危ないだろ、もう少しで顔面だったよ」

ちょっと怒り気味に言ったのだが

「ごめん、ごめん、手が滑った」

絶対狙っただろと思ったが、夏の終わりの贅沢な時間を台無しにしたくなかったので、笑って済ませることにした。

東京にビジネスで一旗上げるつもりできたので、必死でビジネスと生活のことばかりを考えてきた一年だったが、初めて楽しい日を過ごした気分だった。

そして、その一週間後

「今度こそ、沖縄に帰るね、今までありがとう」

友達2人に別れを告げて再び東京湾を目指した。

沖縄へ帰る船の二泊三日は、来るときと違ってかなり長く感じた。
ビールを飲む仲間もなく、一人でボーッと過ごすしかなかった。

何回も甲板にでたり、部屋に入ってゴロゴロしたりしながら、一日を過ごし、夜は眠れないので自販機でビールを買って飲むのだが、一人で飲んでも美味しくないので、一本で充分だった。

寝つきが悪くてなかなか眠れなかったが、どうせ次の日もまる一日ひまなので焦る必要もなかった。

島も何もない太平洋を眺めながら船は進んでいくが、どのあたりを走っているのかも検討がつかない。
果てしなく続く、海、海、海

海上自衛隊じゃなくて良かったと、今更ながら思ったのだった。

そして、また一泊して次の朝、ようやく那覇港へと入ってきた。
やっと帰ってきた。
バイクをら受けとると、速攻で家へと向かった。

バイクを停めて家の裏に回って、裏庭にある自分のプレハブ小屋へ荷物を下ろした。
父親は仕事に行っているのか、家にはいなかった。

荷物を整理して、すぐにバイクで出かけ、懐かしい場所へと行ってみた。
子供の頃から遊び場だった瀬長島である。
沖縄の9月はまだまだ真夏である。
暑い日差しの中、瀬長島にたどり着いたが、当時の瀬長島には何もなく隠れる影もなかったので、バイクで島を一周してそのまま帰ってきたのだった。

高校生の頃にバイトをしていた、ファーストフードの店でゆっくりくつろぎながら今後の事を考えていた。

とりあえず仕事をしないと生活ができない。
実家暮らしとはいえ、ガソリン代や食事代を何とかしないとと思いながらも、仕事を探すきになれなかった。

東京では、帰るためのお金が必要なので必死で穴掘りをしていたが、沖縄に戻ってくると、全てのやる気がなくなり、完全な脱力感だけがハンパなかった。

「一旗上げるつもりが、白旗だな」

完全な敗北感に、笑えない冗談でしめくくるしかなかった。

その夜には正気に戻って、夜のバイトを探すことにした。
手っ取り早く、アルバイトで稼ごうと思ったら夜の店に入るのが一番だった。

アルバイト情報誌を見ていると、夜の松山の店でボーイを募集している店があったので、問い合わせて見ると

「履歴書もって、明日の夜8時に来てちょうだい」

とのことだった。
次の日、履歴書を準備して面接へと向かった。
そこはテナントビルの2Fの店だった。

「ここだな」

店のドアを開けて挨拶をしようとすると

「いらっしゃーい、どうぞ」

客と間違えられてしまった。

「いえ、あの面接できたんですけど」

「面接?ちょっと待って」

「マーマー、面接ってよ」

大きな声でママさんに伝えているのが聞こえた。
ママさんはすぐに出てきたのだが

「そうか、今日面接だったね、ごめんね今日は急に予約が入って忙しいのよ、明日もう一度きてくれない」

「あ、そうですか、分かりました」

忙しそうなスナックの雰囲気に圧倒されていたので、かえって好都合だと思った。
しかし、下に降りて歩いていると段々と腹が立ってきた。
履歴書を用意して、緊張しながら面接にきたのに、また明日来ないといけないのかと思うと、すぐにでもどこかにの店に入りたい気分だったので、近くの喫茶店に入り、また情報誌と睨めっこしていると

「おっ、あった」

近くで別の店が募集していたので、速攻で電話をしてみた。

「すみません、情報誌を見て電話したんですけど、まだ募集してますか?」

「はい、してますよ、すぐにでも来て欲しいわ」

と言うので

「今近くにいますのですぐに行きます」

と言って本当にすぐに来たので目を丸くしてびっくりしていたが、すぐに奥のシートに通されて面接が始まった。

「真面目そうな方だから良かったわ、明日から来てちょうだい、通常は19時出勤だけど、いろいろと教える事があるから明日は18時に来てね。よろしくね」

すんなりと決まったのだった。

これで一安心である。

そこからみつおの夜の世界が始まったのだった。

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