第46話 沖縄のユタ
ある日いつものように夜の店に出勤すると、シャッターが上がっていた。
中のドアも開いている。
「えっ?昨日閉め忘れたのかな」
と不安に思いながら入って行くと、ママさんと見知らぬおばさんが雑談していた。
「あっ、おはようございます。どうしたんですか?」
「ちょっとお祓いしてもらったのよ」
「じゃ、私はこれで」
見知らぬおばさんはみつおとすれ違いで帰っていった。
「お祓いって何ですか?」
「実はね…」
ママは今までのいきさつを話してくれた。
お客さんの中に霊感の強い人がいて、カウンターの電話の横の席にいつも女の人が座っていると言われたらしい
みんなに言うと大騒ぎになるので、誰にも言わないでと口止めしたあと、知り合いのユタにお願いしたとのことだった。
ユタとは、沖縄に多くいる霊能者である。
沖縄では、お葬式や地鎮祭の時もお坊さんではなく、ユタをよんだりするのだ。
昔の琉球にはお寺も神社も無かったので、全てはユタが担っていたのである。
お坊さんの文化は後から入ってきた文化なのである。
「で、お祓いできたんですか?」
「うん、大丈夫よ、でもその幽霊は悪気があったわけではなく、賑やかだから楽しみにきてたみたいよ」
ユタいわく、1Fにあるお店はそういった楽しみたいという幽霊が入ってきやすいのだそうだ。
まだ天国に行けない浮遊霊がたくさんいるらしい
だから、そのユタが幽霊を天国に上げてくれたので、もう来ないだろうということだった。
しかし、悪気がないとはいえ、普通の人は幽霊を怖がるものである。
そんな噂が広がったら商売に影響するので
「みっちゃん、この事は女の子達には内緒にしていてね。噂が広まると困るから」
と口止めされたのだった。
最高の話のネタなのに残念だと思ったが、確かにホステスは口が軽いので危険だと思ったのだった。
そんな幽霊がいる店で寝泊まりしてたんだと思うとゾッとしたが、幽霊よりもママさんの方が怖いと思ったのだった。
その夜、なぜか知らないがユタの話題で盛り上がっていた。
「うちの知り合いに聞いたんだけど、よく当たるユタがいるってよ」
「へぇ、どこにいるんですか?」
「確かね与儀とか言ってたね」
地鎮祭やお葬式だけではなく、ユタは占いみたいな気分で普通の人も利用するのである。
「ユタっていくらくらいなんですか?」
「金額は決まっていないよ、最低の気持ちとして三千円は包むけど、本当に良かったと思ったらもっと包んでもいいんだよ」
三千円くらいなら安いから一度見てもらおうと思った。
「詳しい住所は知らないんですか?」
「何で、ユタ買いに行くの?」
沖縄では、ユタに見てもらう事をユタ買いに行くというのである。
「面白そうさ、よく当たるんでしょ」
話の流れでユタに興味を持ったのだった。
通常は、何か困った人や、あるいは事業をうまく行かせたい人が見てもらうのだが、みつおはただ目の前に座れば自分の未来を見てアドバイスをくれるのだと勘違いしていた。
沖縄では、ユタの言葉は信頼されていて、病気になると、ユタ半分、病院半分という言葉があって、病気になると病院ではなくユタの所に行く人も少なくないのである。
「あぁ、お仏壇の水は毎日替えてるね?うがんぶすく(拝み不足)だからこんな病気になってるみたいよ」
と言われ、毎日仏壇の水を替えて手を合わせていたら病気が治ったという話はよく聞く話なのである。
また沖縄では人が亡くなって三週間目にユタに行くと、死んだ人の遺言が聞けるという風習があるところもあり、そこでの遺言が優先されたりするのである。
「財産は長男が継いで平等に兄弟姉妹に分けなさい」
と言われると、それが正式な遺言状と同じくらいの効力があるのである。
「そんなの信じないよ、俺が長男なんだから全部俺が貰う」
と言って遺言通りにしないと、その人やその家族に災いが起こり、事故で失明したりするのである。
それで慌ててユタの所に行くと
「お父さんが怒ってるよ、言われた通りに平等に財産を分けなさい」
と、ユタに言われて初めてハッとして心を入れ替えたりするのだが、それでも言う事を聞かないともっと災難が待っていたりするのである。
それくらい住民に浸透しているのが、ユタ信仰である。
だからみつおと縁のないことだと思っていたのだが、近年、占いの代わりにユタに見てもらうのが流行っているのを聞いて、面白い話のネタに行ってみたいと思ったのだった。
翌日…
「だいたいの場所は教えてもらったけど、細くは分からないみたいよ、行ってみたらいいんじゃない?だいたいユタは縁がある人じゃないと会えないから、行ってみて会えたらラッキーと思ったらいいよ」
年配のホステスが教えてくれた。
その翌日にさっそく教えてもらった所へと行ってみた。
バイクを止めて歩きまわる。
「ここかな?」
何となく怪しいと思った家のチャイムを押してみた。
この辺でユタの人がいるか聞こうと思ったのだが
「そこに靴を並べて中に入ってちょうだい」
いきなり中に入るように言われた。
「いや、あのこの辺でユタの人がいると聞いてきたんですけど…」
と言うと
「だから、入ってちょうだい、ドアをちゃんと閉めてね」
建て付けの悪い引き戸を最後までキチンと閉めて中に入った。
どうやらここらしい事が分かった。
奥の部屋で仏壇ののような所に背を向けて座っているユタの前に対面で座った。
とりあえず座ったら何か言ってくれると待っていたのだが、しばらく沈黙が続いた。
痺れを切らしたのはユタの方だった。
「何しにきたの?」
「えっ?いやあの最近いろんな事が起こったので見てもらおうと思って…」
「兄弟はいるの?」
「はい、上にお兄さんとお姉さんが二人いて僕は末っ子です」
「じゃ四人兄弟?」
「そうですね、あ、本当は一番上にお兄さんがいたらしいですが、僕が小さい頃に亡くなってます」
「あ、そう、それで?」
「えっ?何がですか?」
みつおは初めてのユタ買いで、全く意味が分からなかった。
いろんな事を根掘り葉掘り聞かれて、そんなの聞かなくても分かるのがユタだと思っていたのだが・
「いろんな事があったって、何があったの?」
「実は、最近、バイクを盗まれたり、置いていたバイクに車がぶつかって廃車になったりと、バイク関係のトラブルが立て続けに起こっているもんだから何かあるのかなぁと思って…」
別にどうでも良かったが、問いかけられたのでついつい最近の事を話してみた。
母親が天国から心配でもしているのだろうかと思ったのである。
そのユタは仏壇に線香を焚いて手を合わせてから、みつおの方に向き直した。
そして…
「オートバイは危ないから気をつけた方がいいね」
(えーーーーーーーーーっ?)
みつおは心の中で叫んでいた。
(そんなの、隣のおばちゃんでも言えるだろ)
「そうですね、気をつけて運転します」
その後、いろいろと根掘り葉掘り聞かれたが、それに応えても何も面白いアドバイスはもらえなかった。
「じゃ、この後仕事があるので帰りますね」
みつおは、三千円入れて用意していた封筒をお供えして帰ったのだった。
それ以来、みつおはユタ不信になった。
結局言い当てるのではなく、質問して話を聞くだけなので、期待していたように何かを言い当てる訳ではないと分かったからである。
そんな目に見えない世界の事よりも、目に見える現実の方が大切だとつくづく実感したのだった。
ある時、お店で大量のゴキブリが発生し、業者に依頼して大掛かりな害虫駆除をした事があった。
その翌日に、ゴキブリが出てきたのでホステスは怒り心頭だった。
「ゴキブリ駆除したばかりなのに、何でで来るの?本当にちゃんとやったのかね、嫌だねぇゴキブリは、どうにかならないのかね」
みつおは、気持ちは分かるのだがこれが現実だと思っていたので
「どんなに頑張ってもゴキブリが沖縄からいなくなる事はないですよ」
とボソッと発言すると、一瞬沈黙になり、その後みんなで大爆笑したのだった。
この店で駆除をしても、隣の店のゴキブリが入ってくるのは必至だった。
沖縄全体でゴキブリ駆除をしなければどこからかやってきて繁殖するので一緒なのである。
みつおはユタの一件以来、現実主義になったのだった。
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