第52話 リベンジ
「おい、今日もバイト行くのか?」
「はい、9時からです」
「そうか、たまに家で飲もうよ、いつが休み?」
「あっ、そうですね、今度の僕の休みは木曜日です」
「じゃ、家で食事とビール用意しておくから」
「ありがとうございます」
親方はみつおが仕事の後すぐに帰るので淋しそうだった。
東京が長がったため、地元にはあまり知り合いが少なく飲み仲間もいないので、みつおとビールを飲むのが楽しみだったのである。
「休みの時はここでメシ食っていけばいいのに、冷たいなぁ」
「いや、休みの日だけメシくださいというのも逆に図々しいかなと思って遠慮してました」
「そんなのいらんよ、みつおとビール飲むのが楽しみなのに」
「ありがとうございます」
みつおは、居酒屋が休みの時は家で自炊してそこから、行きつけのスナックへと向かうのが日課になっていた。
結局、どんなに忙しくしても、どんなに稼いでも、ちょっとした隙間を見つけて飲みに行くので同じことだった。
支払いは何とか間に合うのだが、残ったお金は全部酒代になるので貯金をする事はなかった。
飲み代欲しさにパチンコに行って、勝ったら飲みに行こうと思うのだがほとんど負けて、負けても飲みに行くので、いくらお金があっても余ることはなかったのである。
アルバイトをするようになって1ヶ月後にある事件が起こった。
ちょうどその頃、若い兄弟が入ってきた。
みつおに後輩ができたのである。
はやり年が近い方が話も弾むし、親方の家で飲んでいても楽しかった。
兄貴の方はおとなしかったが、弟の方は口が達者でみんなを盛り上げていた。
「おい、お前は飲んでる時は元気だな、仕事場でもこれくらい元気にやれよ」
リーダー格の儀間さんが突っ込んできても
「仕事場でも元気ですよ、みんなより動いてますよ」
と言い返すほど元気だった。
中年以上のおじさんばかりの職場が一気に明るくなったのは確かだった。
その兄弟とは、たまに飲みに行ったりパチンコに行ったりしていた。
お金がない時はみつおの家に呼んで部屋で三人で缶ビールを飲んでおしゃべりをしていた。
「お前らモテそうなのに彼女いないの?」
「お金が無いからそれどころじゃないですよ」
その兄弟は、みつおの従兄弟の奥さんの弟の子供だった。
血は繋がっていないが一応は親戚ということになる。
その父親は事業が失敗して、やる気をなくし何もしないで家でゴロゴロしているとの事だった。
離婚しているので、父親とその兄弟の三人暮らしだが、父親は子供達の給料を当てにして、家賃を払い酒を飲みにいっているのである。
だから、その兄弟が働いたお金は全部父親に持っていかれるのである。
「まぁ、大変だけど頑張れ、できる事は応援するから」
そう言ってあげるのが精一杯だった。
可哀そうだがみつおにはどうすることもできなかった。
そんなある日…
居酒屋のバイトが終わっていつものように家に帰ってきた。
それはまだ家出をしていない実家に住んでいる時だった。
裏にまわって自分の部屋に入って明かりをつけると、
「えっ?何?」
ベッドの横のテーブルの上にビールの空き缶と灰皿には見慣れぬ吸い殻があった。
誰かが勝手に入って、みつおのビールとツマミのさきいかを食べた形跡があった。
「泥棒?」
一瞬訳が分からなかった。
取られたものは何か考えたが取られるような物はなかった。
しいて言えば、安物の腕時計が無くなっていたが、大した損失ではない。
それよりも仕事の後の楽しみのビールを飲まれたことがショックだった。
しばらくして、そのタバコの吸い殻で思い出した人物がいた。
そう、あの兄弟である。
2人の吸っていたタバコの吸い殻である。
一瞬、腹が立ったが、逆にあまりにも惨じめに思えて同情してしまったのだった。
次の日に職場で会ったが何事も無かったように普通に接して冗談を言っていた。
お金で頼られても、たいして貸せるお金を持ち合わせていないので、せめてビールくらい出してやろうと思ったのだった。
その日から、毎日二人分のビールとツマミと、タバコ代として五百円をテーブルの上に置いてアルバイトにでかけた。
バイトから帰るとビールとツマミの殻があり、五百円は消えていた。
しかし…
一週間もしないうちにその兄弟は仕事に来なくなり、みつおの部屋にも来なくなってしまったのだった。
この事件の後、みつおはアパートで一人暮らしを始めたので、その後に来たかどうかもわからないまま、その後は会うこともなかったので、その兄弟がどこで何をしていて、どうなったのかは分からないままである。
そんなこんなで一年が過ぎようとしていたある日のことだった。
「ピーピピピッ、ピーピピピッ」
久しぶりにポケベルが鳴った。
表示された電話番号に電話すると
「みっちゃん元気ね?今何やってるの?」
あのリフォームの営業に誘った友達だった。
「今は型枠大工しているよ、お前はまだあそこで営業しているのか?」
「最近までやっていたんだけど、来月から独立して自分の会社を立ち上げることになったわけさ」
「マジで?凄いな、独立するためのお金も貯めるくらい儲かったの?」
みつおには難しい営業だったが、その友達は口が上手いので、上手くいけば稼げるだろうと思っていた。
「まぁ、ボチボチだな、それよりお前に話があって電話したんだけど、ちょっと話する時間ないか?」
「あー、今は昼は型枠大工でその後居酒屋でバイトしているから中々時間がないわけよ、今週の木曜日だったらバイト休みだから夜はあいてるよ」
「そうか、じゃ木曜日の夜8時に行くよ、家はどこね?」
その友達が家まで来てくれるというので、場所を教えて約束をした。
その当日…
「独立するって凄いなぁ」
みつおは、夜ではなく昼間の仕事で成功したいと思っていたので、自分で事業をする友達が羨ましかった。
「その事で話があるんだけどさ、みっちゃん一緒にやらないか?」
「えっ?俺?無理無理無理、営業に向かないよ俺はお前と違って口下手だから」
「営業は口の問題じゃないよ、成功する唯一の方法って知ってるか?」
「えっ?いや沢山あるとは思うけど唯一の方法は知らない」
「簡単だよ、決して途中で諦めないこと、成功するまでやれば絶対に失敗はないよ」
「おぉ、いい事言うね、確かに諦めた時点で失敗だけど諦めなければ、まだ途中だからね」
凄い腑に落ちる事を言われて納得したのだった。
「お前は何でそんなに前向きなの?」
率直に聞いてみた
「俺か?俺は他人とは違うと思っているから」
何だか知らないがその回答にも感動してしまったみつおは、一緒にやりたいと思ったのだが
「めっちゃやりたいけど、今支払いが多くて簡単には飛び込めないよ」
すると
「毎月いくら必要なのか?」
「アパート代とか車代と生活費で15万円は最低必要だよ」
「じゃ三ヶ月は15万円保証するよ、一件も仕事が取れなくても15万円は払うよ、三ヶ月もあれば普通に一件は取れるから、それなら心配ないでしょ」
「おぉ、それなら安心だな、決めた!やろう!」
そこまで考えてくれるならやるしかないと思ったのだった。
条件はフリー営業マンで、物件の金額の10%がマージンで、平均してリフォームの価格は250万円くらいなので、一件でも契約すれば25万円はマージンとしてもらえる計算であるが、もし取れなかった場合は給料は0ということになるので、心配だったので、15万円は保証してくれるということで安心できたのだった。
営業と言っても、興味のありそうなお客様を探してくるだけだった。
後は友達が見積もりをしてクロージングもしてくれるので、楽な営業である。
しかし、金額が金額なだけに簡単に売れるものではなかった。
でも友達と話しているうちに、フリー営業マンの魅力を知り、これで成功できるかもしれないと思ったのだった。
自衛官を辞めて目指したビジネスでの成功も失敗に終わっていたので、そのリベンジとして今度こそは成功したいと思ったのだった。
果たしてみつおの営業は上手くいくのだろうか…