第12話 自衛隊ー教育隊


「イッチ、イッチ、イッチニー」

「ソーレッ」

「イッチ、イッチ、イッチニー」

「ソーレッ」

「ぜんたーい、とまれ!」

「右向け〜右」

「右へ〜習え」

「解散」

そこは山口県にある、教育隊だ。

みつおは、結局、航空自衛隊に入隊していた。

噂では、自衛隊の訓練はかなり厳しいと聞いていたが、高校のサッカー部の時の夏の合宿に比べたら、それほどでもなかった。

自衛隊になど全く興味がなかったみつおだったが、地連の人(自衛隊のスカウトマン)に言われた一言で、入隊を決めたのだった。

「大学は四年間通わないといけないですよね、お金もかかるし、その点航空自衛隊は3年で任期満了ですよ。しかもこの間に航空機整備士の免許をとれば、航空会社にも簡単に入れますよ。
給料を貰いながら資格を取って辞めればいいんじゃないですか?」

みつおはそれを聞いて、なるほどと思ったのである。

一度は無謀に受けて、棒にも箸にも引っかからなかった航空会社に、給料を貰いながら資格を取って、確実に就職できるかもしれない。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。

誰もが航空機整備の職種につけるわけではなかったのである。

一つの班から平均、一人がその職種につけるのだが、航空機整備の職種は一番人気であったため、優先的にその職種を手に入れるためには、その班でトップの成績で卒業するしかなかった。

座学だけではなく、体力測定もその基準の一つである。

座学は、とにかく勉強するしかない。

でも問題は座学よりも、体力測定の方だった。

走る事が得意なみつおにとって、短距離や長距離のタイム、走り幅跳び、垂直跳びなどは何の問題もなく、トップの成績なのだが、腕の力が弱かったのである。

握力や、鉄棒でのけんすいがとにかく苦手だった。

それで、毎晩、近くの鉄棒でけんすいの練習をしていたのであった。

体力的には、部活の延長のようなものではあるが、規則はかなり厳しかった。

まず、朝六時のラッパから一日がスタートだった。

ラッパとともに跳ね起き、急いで実習服に着替え、重ねて掛けている毛布を約3枚、キチンと耳を揃えて綺麗にたたみ、ベッドに丁寧に揃えてから、朝礼場へ集合して点呼を取るのである。

それをラッパが鳴ってから五分で全員が整列していなければならなかった。

点呼に遅れた班は全員がその場で腕立て伏せをさせられるのである。

朝礼に出たときに着ている実習服もちゃんと規定通りに身なりを整えているか?
ハンカチは持っているか?
名札は付いているか?
実習服は折り目の線が出るくらいキチンとアイロンがかかっているか?

全てチェックされ、一つでも欠けていたらその場で腕立て伏せである。

朝礼が終わっても気が抜けない。

自分の班の部屋に帰った途端に、台風の後のようになっていることがあるからである。

綺麗に耳が揃っていない毛布は、全てベッドの横にぐちゃぐちゃになって投げ出されているのである。

その生活態度も、成績に含められるので、みつおはバカバカしいと思いながらも、念願の航空機整備の職種を手に入れるために、必死で守っていたのだった。

その後、全員で整列して掛け声を出しながら食堂まで行進し、全員揃って朝食を頂く。

日中は、座学と訓練の繰り返しだった。

そして、夕方になると、全員揃って整列して、食堂まで行進して夕飯を済ませて、今度は行進して風呂場まで向かうのだった。

そして、夜は自由ではあるが、九時前に点呼があり、九時に消灯で、宿舎の全ての灯りが一気に消されるのだった。

日曜日は休みであるが、教育隊では泊まりの外出は禁止だったので、外出しても夜の点呼前に帰ってこなければならなかった。

その厳しい規則と訓練を乗り越え、そして夜には自主トレをした甲斐があって、みつおは体力一級褒賞といのも貰い、その班では間違いなくトップの成績で3ヶ月の訓練期間を終えたのであった。

そして、卒業前に一人一人が班長に呼ばれ、職種を命令されるのである。

みつおは、当然、航空機整備だと思っていた。

体力一級褒賞というのは、その時の全隊員、600名近くから、わずか十人という、かなり優秀な成績である。

班では間違いなくトップだと思っていたのだがら…

「金城2士を無線整備に任命する」

「えっ?」

みつおは耳を疑った。

無線整備と聞こえたからだ。

「航空機整備じゃないんですか?」

班長が間違えたのだろうと思ったのだが…

「金城、ごめん、今回は譲ってくれないか?高村の奴が航空機整備じゃないと辞めると言いだしたんだよ、そのかわり、術科学校が終わった後の任地はお前の希望通りにするように、術科学校の小隊長に伝えておくから、勘弁してくれないだろうか?」

それはあまりにも理不尽である。

航空機整備士になるためだけに、ひたすらと訓練し、自主トレをし、真面目に規則を守り頑張ってきたのである。

「いやだぁ〜」

と大声で叫びたい気分だった。

しかし、かなり頭を下げて懇願してくる班長を見ていると、どうしても断ることができなかった。

「そんなの有り得ないよ、だったら俺も辞めてやる」

と、大騒ぎしても良かったのだが、そこが琉球の血が流れているみつおには、できなかったのである。

琉球は礼儀を重んじる。

仮にその班長が横柄な態度で威圧的だったののら、みつおは徹底的に対抗しただろう。

その基地の隊長の所まで怒鳴り込んでいたかもしれない。

航空機整備士になるために、素直に頑張って、努力して納めた成績を、全く関係ない理由であっさりと覆してのである。

それだけのことをやっても、筋が通るとみつおは思っていた。

しかし、班長の顔を見ていたら、その人を救うために自分が我慢しようと思ったのだった。

そして、その教育隊の訓練が終わり、一週間の休暇の後に向かったのは、埼玉にある大きな基地だった。

そこで、自分の職種に関する基礎知識を学ぶのである。

夏の始まりとともに、そこでの訓練が始まったのであった。


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