第9話 奇跡の選抜
学生時代の部活は軍隊である。
年功序列で下級生に無理難題なことを言いつけて喜んでいるのが、ほとんどの部活動の実態である。
中学の時の野球部の先輩は特に怖かった。
鬼の二年生である。
三年生の先輩に怒られると、そのとばっちりが一年生に及び、訳もわからず並ばされて、ケッツバットをされるのであった。
鬼の二年生
そして、三年生は神様であった。
神様の言うことは絶対である。
逆らえば、即リンチだった。
それも、三年生は手を出さずに、三年生から罰が下るのである。
今では厳しくなって、ありえない話ではあるが、昔はそれが常識だったのである。
それに懲りて、自分達の時代からはそんなことを無くそうと下級生に優しくしたつもりだったのだが、不満を持っている同級生が陰で下級生をイジメていたのは後から知ったのだった。
そんな中学生の部活生活を送ってきたので、高校に入ると、更に修羅場が待っていることは覚悟していたのだが…
ついつい調子に乗って三年生を怒らせたのだった。
「おい、お前ふざけるな、サッカーを知らんのか?
お前がいたら練習にならん、出て行けー」
絶好のチャンスをものにしようと張り切っていたみつおだったが、わずか十五分で退場させられたのだった。
(ヤバいなー、かなり怒らせてしまった。
このまま逃げて帰ろうか?
部活が終わってからの部室が怖い…)
みつおはかなり動揺していた。
今日で命が無くなるのだろうか…
あの三年生が言う通りサッカーを全く知らないみつおだった。
攻撃の形を作るために、レギュラー陣が攻め、補欠選手がバックをやって守る練習だったのだが…
張り切っているみつおは、三年生がドリブルをしてくるのを必死に止めようとした。
しかし、相手はレギュラーである、もちろん軽くかわされるが、その後またその選手を追いかけブロックする。
軽くかわされる。
また追いかける。
三回続けたとき、その三年生が切れたのだった。
「おい、ふざけるな、お前はいったい何人いるんだ?
シツコイ、これじゃ攻撃パターンの練習にならんだろ!」
そうなのである、本当はその三年生がドリブルで突破し、一人抜いたところで逆サイドにパスをし、守備が薄くなっているところから突破するという練習だったのだが、みつおがしつこいために、逆サイドにパスができなかったのである。
最後の大会前でかなりピリピリしている三年生を怒らせてしまったのである。
その工業高校は、伝統のある高校で、サッカー部はつねにシード高になるほど強いチームだった。
優勝を目指している高校の部活は迫力があり、常に真剣モードだった。
部活が終わり、ボールやゴールを片ずけ部室に戻ると…
三年生はすでに着替えていて、おしゃべりをしていた。
(やべー、まだいるのかよ)
三年生が先に帰っているのを祈っていたのだが…
みつおは静かに着替えてとっとと帰ろうと焦っていた。
しかし…
「おい金城、ちょっと来い」
さっきの三年生に呼ばれたのだった。
(終わった…)
みつおは覚悟をきめて、その三年生の所へ向かった。
いきなり殴られるのか、それとも罵声を浴びせられるのか、みつおは生つばを飲み込んだ。
しかし、その三年生の口から出た言葉は意外なものだった。
「お前、足速いなー、あんな動きされたら皆んな嫌がるぞ、絶対に敵に回したくないよ
頑張れよ」
なんと、とっても優しい先輩だった。
「おー、こいつが切れたの久しぶりに見たぞ、明日も入ってこいつの邪魔をしてやれ
あはは(笑)」
横から笑っているのは、その先輩と共にチームを引っ張っている三年生だった。
ギョロさんと、運転さん
(ギョロさんは、あだ名しか覚えていない)
その二人の大先輩に認められたのであった。
その日から、みつおの素晴らしいサッカー生活が始まったのだった。
三年生の最後の大会にも、なんとベンチ入りできたのである。
一年生からベンチ入りできたのは、みつおともう一人のホープの一年生の二人だけだった。
もう一人は、中学時代から国体選手で有望な選手である。
そんな奴と一緒に、三年生の最後の大会にベンチ入りできたのは、まさに奇跡であった。
そして、その三年生が引退した後、みつおは二年生のチームのスタメンになり、以後三年間は不動の右ウイングとして、レギュラーの座についたのだった。
何年も野球を続け、一度もレギュラーになったことがなかったミッチャンが、高校に入り、わずか三ヶ月でレギュラーに君臨したのは、まさに奇跡である。
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