第31話 思えば遠くへ…


友達のアパートは神奈川だった。

ルート246をひたすらと下っていく

かなり長い距離だったが、久しぶりにバイクでツーリングしている気分で楽しんでいた。

どれくらい走っただろう、ようやく246を右折して住宅街へと入っていった。

そして友達のアパートに着いたとき、みつおは感動していた。

「うぉー、すげー」

なんと、富士山が目の前に大きく見えるところだったのである。

秋晴れの天気の良い日で、富士山が綺麗だった。

しかし、それと同時に

「えっ?てことは渋谷までかなり遠いということ?」

何時間もツーリングをしてきた道のりを折り返す元気はないくらい遠い所だった。

「遠いよ、急行に乗っても渋谷まで2時間かかるよ」

「マジで…」

ちょっとショックだった。

そこは小田原まで3駅くらいの場所だった。

その日はその友達と近くの居酒屋で飲みに行った。

駅前にはちょっとした繁華街があるが、渋谷とは比べものにならないくらい静かな場所だった。

次の日からは、友達はアパートに来ることはなかった。

彼女の部屋に入り浸っていたのである。

みつおは、その田舎でほぼ一人暮らしがはじまったのだった。

せっかく働いていたレストランには事情を話し辞めていたのだが、そのバイト先の女の子に惚れていたみつおは、ちょっと残念な感じだった。

その女の子は、代々の江戸っ子でとても楽しい子だった。

みつおが東京の人に抱いているイメージを話すと、バイト先の人たちは爆笑していた。

「金ちゃんがイメージしている東京の人って、地方から東京に出てきた人たちが作り上げた東京のイメージを生きている人たちだよ、本当の東京人にそんな人はいないよ」

東京にいる人口の半分以上はみつおのように地方から出てきた人たちである。

その地方から出て来た人たちが、みつおのように東京人のイメージを持っていて、田舎もんだと笑われないように一生懸命に東京人ぶっているのである。

元祖東京人からすると、訳が分からない事が多いのだそうだ。

言葉自体も、標準語を東京っぽくしゃべっている人が多いが、本当の東京人はあんな喋り方をしないらしい。

生の東京人と仲良くなる事で、地方にいては気づかないことを聞けて良かったと思っていた。

沖縄の人もよく

「東京の人は冷たいから気をつけなさいよ」

とアドバイスしてくれるのだが、実際には東京の人は温かかった。

冷たいというイメージになっているのは、地方から東京に出てきて必死で戦っている人たちなのだ。

自分たちが生き残るために、他人を蹴落としてでも東京に残りたいのである。

それが田舎者のサガなのである。

つまり、地方の人がイメージしている東京の人というのは、地方から出て来て東京で暮らしている人たちのことで、手っ取り早くいえば、東京に住んでいる田舎者なのである。

純粋な東京の人たちは、沖縄の人と同じように人情持ちで優しかったのである。

みつおは、田舎者の思い込みで東京をイメージしていたことが恥ずかしく思えたのだった。

もちろん、純粋な東京人にも悪い人はいるに違いないが、それは東京でも沖縄でも同じ事である。

沖縄でもいい人ばかりではない。

意地悪な人もいれば冷たい人もいる。
 
どこにでも、いろんな人がいるのであって、特別に東京の人が冷たいわけではないのである。

そのバイト先ではみんな楽しくて人情が温かい人ばかりだった。

そんな人たちと別れて、今度は家に帰っても木村さんもいない一人で孤独な時期が待っていた。

とりあえず、毎朝電車で渋谷に通うのだが、座れない時は2時間立ちっぱなしで電車に乗っているため、通うだけで疲れるのだった。

それでも、一人で田舎にいるよりは渋谷に出てきた方が気晴らしになるので、渋谷の事務所に行ってビジネス仲間とおしゃべりをして働いた気になっていた。

しかし、バイトを辞めたためそろそろ次のバイトを探さなければならなかった。

渋谷の安いコーヒーショップでバイト情報誌を見ていた。

結局、渋谷が拠点なので東京で探すしかなかった。

新宿のレストランは朝の7時から出勤なので、始発に乗っても真に合わないので断念したのである。
 
今度は昼から出勤できるバイトを探した。
 
すると、みつおにとって都合の良いバイトを発見!

それはイベントスタッフで、出勤するかしないか自分で選べるので、みつおは自分のビジネスの空いた時間でそのバイトをしようと思って応募したのだった。

登録をして、仕事がある時に連絡が来ることになっていた。

着物のイベント会場の設営
デパートでのイベントの案内
交通量の調査

などなどいろんなイベント企画のスタッフとしてのアルバイトである。

登録をしてすぐ翌日に電話が来た

「金城さん、イベントの仕事じゃないんだけど池袋の駅構内での仕事だけどできない?」

「えっ?大丈夫ですけどどんな仕事ですか?」

「雑誌をキヨスクに運ぶ簡単な仕事だよ、ただ単発じゃなくて長期でお願いしたいんだけどとうかな?」

「えっ?いいですけど、他にも掛け持ちでやっているので、休みとかは選べるんですか?」

「前もって言ってくれたら、俺が代わりに入るから大丈夫だよ」

「では、大丈夫です。よろしくお願いします」

「良かった、誰もいなくて困ってたんだよね、じゃ明日池袋に9時にきてくれる?西口で待っててよ」

「分かりました」

うまい具合に仕事が決まったのだった。

池袋なら渋谷にも通えるからいいなと思った。

しかし、毎日電車通うのはかなり苦痛だった。

初日は感覚が分からないので、早めに出た。

2時間かかるので、5時半の始発に乗ったのだが、池袋に8時に着いたので、朝マックで朝食をとってちょうどいい時間だった。

しかし、次の日は6時半の電車でも間に合うと思ってゆっくり出たのだが、それは事件だった。

電車はすでに満席で、2時間立つしかなかったのである。

そのうえ1時間もすると通勤ダッシュでぎゅうぎゅうに混み合ってきたのである。

これに懲りて次の日からは再び始発で出勤することにしたのだった。

朝が早いので、夜は早く帰りたいのだが、渋谷に寄るとリーダーとかにミーティングに誘われて夜遅くなることもあった。

終電で帰ると着くのが夜中の2時前である。

次の日は始発に乗るので4時半には起きなければならない。

2時半に寝ても2時間しか眠れないので、始発で何とか席を確保して2時間寝るしかなかった。

しかし、始発でも座れるかどうかは分からなかった。

タイミングで座れない時もあるのである。

そういう時はすぐに降りそうな人の前に立ち、降りると同時にすぐに座る事ができるのだが、勘が外れると新宿までそのままの時もあった。

寝不足で眠い時は渋谷の事務所に行く前に図書館で居眠りをしたりしていた。

そんかこんなで、この生活のリズムにも慣れてきたが、それも長くは続かなかった。

ビジネスが疎かにになっていたのである。

ある日の帰りに同級生の友達と久しぶりに酒を飲んだ時に、口論となったのだった…


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