第30話 ビジネス展開
「はじめまして、沖縄から来ました金城です。よろしくお願いします」
「あ、沖縄からバイクで乗り込んで来たとう方ですね、噂は聞いてます。よろしくお願いします」
沖縄からこのビジネスのために上京してくる人がいるという噂が広がっていたようで、ビジネスの名刺交換会で沖縄というだけで有名人になっていたのだった。
このようなビジネス界隈では、その人のドラマが大切になってくるので、ただ沖縄から上京してくるというよりも、リュックを背負ってバイクで乗り込んできたという方が話題性があり、みつおが来る前から大袈裟な情報が広まっていたのである。
「沖縄から身一つでくる人にくらべてお前らは恵まれているんだから、もっと頑張れよ」
リーダーが下の人間を動かすために活用していたのである。
みつおは何が凄いのか分からなかったが、後から考えるとかなり無謀なことだったと知った。
しかし、その時は憧れの東京に来ただけてテンションが上がっていたので、夢の中で生活をしているようなフワフワとした楽しい感覚だったのである。
だが、2ヶ月目になると現実に目を向けなくてはならなくなったのだった。
「ヤバい、貯金が無くなる」
自衛隊を辞め、それまで貯金していたお金の半分を実家に入れ、残りの貯金で何とか上京し一気に稼ぐ予定だったのだが、実際にはそんなに甘くなく、お金になるのはまだまだ先の話だった。
このビジネス一本で生活している人はリーダー格の人くらいで、他の人は仕事をしながら副業としてやっていたのである。
だから、仕事を辞めてバイクで乗り込んできたみつおは伝説の人間になっていたのだ。
しかし、それとビジネスが上手くいくかは別問題である。
居候させてもらっているから何とか成り立っているのだが、毎日の交通費や食事やタバコ代などは、自分でやりくりしなければならない。
みつおはアルバイト情報誌を見つけて睨めっこいていた。
ビジネスの事務所に近い所でバイトができたら都合が良いと思い、いいバイトがないか探していた。
「新宿か、渋谷まで近いからいいかも」
そこは新宿3丁目にある綺麗な丼物専門のレストランだった。
そこで午前中だけアルバイトをして、午後から渋谷の事務所へと向かったのだった。
そこに行けば、仲間が沢山いるので情報の交換や近況報告などをして仕事をしたつもりになっていた。
しかし実績を作らなければお金にはならない。
その仲間の中で流行っていたのがカルガモの話だった。
カルガモは優雅に泳いでいるように見えるが、実は懸命に足かきをしているのである。
ただボーッとして優雅に泳いでいるのでないのだ。
このビジネスも、リーダーは優雅に見えるかもしれないが、実は見えない所で人の何倍も努力しているのだ。
しかし、上手くいかない人は逆の事をやっている。
人前では一生懸命に努力をしているふりをするが、誰もいない所では気を抜いてサボっているのである。
研修会でそんな話を聞いたので、そこのメンバーは、渋谷の事務所に来る時にはとてもゆとりのあるように振る舞っていた。
しかし、実際はみつおのようにアルバイトをしてしのいでいるのが通常だったのである。
しかし、その大変な話をするのではなく、将来の夢や希望の話をすることで盛り上がり、心だけでも豊かになろうとしていたのだった。
そして、そこへ行くといつもみつおが主役になっていた。
「金城さん凄いですね、沖縄グループが盛り上がってますね」
そう、いつの間にか沖縄グループができていたのである。
みつおの同級生が東京に出て就職していたので連絡をとってみつおの近況を話すと
「面白そうだな、俺もやりたい」
と乗り気になり、紹介したら、その友達が沖縄からドンドン紹介して沖縄のグループができたのである。
毎月開催されるビジネスのワンデイセミナーに沖縄から10人くらいの団体が来るようになって話題になっていたのである。
しかし、沖縄のグループができたからといってみつおにお金が入るわけではない。
が、一応リーダー的な存在になっていたので、建前上はリーダー的な振る舞いをしながら、新宿のレストランで皿洗いのバイトをしてしのいでいたのだった。
だから、その目に見えない足かきをバレないように、優雅な話についていくのは大変なことだった。
食事もなるべく一緒にとらないようにしていた。
誰もいない安い店を探して、そこでこっそりと食べていたのである。
新宿の◯◯横丁という通りに美味しいチャーハンを出す店があった。
目の前で作ってくれる中国人の料理を見ながら、いつもチャーハンを食べていた。
そことても安かったが、本格的な美味しいチャーハンだったので、いつか自分で作ろうと料理を眺めていたのだった。
これもいつかは自分の人生のドラマになると思って楽しんでいたのだった。
しかし、みつおの人生ドラマは想像以上の出来事が押し寄せてくるドラマだった。
みつおの話を聞いた同級生は怒っていた。
「お前、情けないな、沖縄人として恥だよ、よくそんな所に居候できるな、バカじゃないの?」
「しょうがないだろ、とりあえずそうするしかないだろ、だから早く稼いで自分でアパート借りたいんだよ」
「しょうがないじゃないよ、恥ずかしい」
久々に渋谷の安い焼き鳥屋でお酒を飲んで酔っ払っていた2人はお互いに言いたいことを言い合っていた。
「じゃ何か?渋谷の駅の地下でゴザ引いて寝ればいいのか?」
「そうじゃないだろ、お前はそこが心地いいから抜け出そうと言う気がないんじゃないか?」
それはズボシだった。
みつおは毎日の晩酌で木村と話すのが楽しくてずっとこのままでいいなと思っていたのである。
「しょうがないなお前は、俺の所に来い!全然関係ない人の所に居候するよりマシだろ」
その友達の言うことは確かだった。
苦しくても甘んじるじゃなくて、沖縄人としてのほこりを持てと言われたのである。
その同級生は、高校の時のサッカー部の仲間だった。
その友達だけがみつおを信じて、誰もいない所にボールを蹴ったのがキッカケでみつおシフトができたのである。
最初は変な作戦に誰も疑問を抱いていた。
常識外れである。
誰もいない所にパスをするという作戦だったのだ。
誰もいない遠い所にボールを蹴ると、追いつくのはみつおしかいないので、みつおにパスしたことになり、フリーでボールをもらいチャンスになるのだ。
その友達本当に誰もいない遠い所に蹴り込んだボールは転がってゴールキックになるだろうと誰もが思った。
所がみつおが追いついたのである。
これには敵も味方もびっくりして、慌てて引き返したのだった。
そしてそのチャンスからゴールが決まり、それ以来みつおの高校の作戦はこの、カウンターのみになったのだった。
そのサッカーのチームメイトで、私生活でも良く遊びに行っていたなかである。
その友達のアパートに引っ越すことになったのだった。
「金ちゃん、そんな気を使わなくて大丈夫だよ、金ちゃんがいなくなったら淋しいじゃん、もうとょっとここにいたらいいのに」
木村さんは本当に淋しそうだった。
その顔を見ていると心が揺らぎそうになるのだが、友達の言葉を思い出して
「ですよね、僕も毎日木村さんと晩酌するのが楽しみだったんですけどね、ちょっと友達にも頼まれていることがあって、友達の部屋を管理しないといけないんですよ」
何とかこじつけて断ったのだった。
実際に、友達はほとんど部屋に戻らず彼女の部屋に入り浸りだったのである。
だからみつおが部屋にいてくれるだけで防犯にもなり、またみつおがいることにこじつけて、彼女の部屋に入り浸る事が正当化できたのでよかったのである。
そして、日曜日に友達が車を借りてみつおの引っ越しにきてくれたのだった。
といっても、みつおに荷物はほとんどなかった。
道案内できてくれたのである。
友達の車の後ろからバイクでついていったのだった。
そして、友達のアパートに着いてみつおはびっくりした。
そこは何と…