第34話 堕落


「俺やっぱりいいわ、お金ないから…」

飲み会に誘われて断ろうとしたのだが

「何言ってんすか?今日の主役は金城さんですよ、主役は金出さなくていいから行きましょう」

「えっ?何で俺が主役なんですか?」

「金城さんのエピソード、他にもあるでしょ、今日はそれを肴に酒を飲むんですよ」

立ち話で盛り上がった延長で飲みに行くことになったらしく、会費はいらないと言う事で一緒に飲みに行くことになった。

酔っ払ったみつおは、自衛隊の時のエピソードや船で上京した話などを話して盛り上がっていた。

「金城さん、最高っすね、小説にしたら売れるんじゃないですか?」

誰も経験できないような事を沢山経験しているみつおの話は、みんなにとって最高のネタだったのである。

そこは道玄坂の横道を入った所にある安い居酒屋だった。

「今日はマージンが入ったから俺が奢るよ、もう一軒行こう」

酔っ払って太っ腹になっているメンバーの誘いで、半分の5人くらいで二次会に行った。

久しぶりに浴びるほど飲んだみつおは記憶がなくなるくらい、ベロンベロンに酔っていた。

終電に何とか間に合って、電車に乗ったのはいいが…

新宿から秦野までは急行はなく、各駅停車で帰るしかなかった。

急行でも2時間かかる所まで各駅停車だと3時ちょっとかかってしまう。

幸いに座る事ができたので、気長に帰ることにした。

しかし、酔っ払った状態に電車に揺られて寝ないはずがない。

ぐっすりと眠ってしまったのであった。

「お客さん、終点ですよ」

遠くから声が聞こえた。

しかし、夢だと思ってまた眠りにつくと

「お客さん、お願いします。終点ですので降りてください」

それは夢ではなかった。

「終点?」

頭がボーッとしていた。

「終点ってなんだ?」

イマイチ状況が把握できなかったが、だんだんと記憶が蘇ってきた。

「えっ?終点?」

秦野で降りるはずが寝過ごしてしまったのである。

「終点ってどこだ?」

そこは、小田原だった。

寝過ごして終点の小田原まで来てしまったのである。

しかも終電だ。

「えーーーーっ、マジか?」

昼間なら折り返しの電車で戻ればいいのだが、もう電車はない。

真夜中の2時過ぎである。

辺りに空いているお店もない。

新宿なら24時間空いている喫茶店があるのだが、当時の小田原には何もなく、真っ暗闇だけが遥か彼方まで続いていた。

みつおは、駅の明かりが消えて誰もいなくなったあと、駅構内に潜り込んだ。

構内のベンチで寝過ごすしかない。

ベンチに横になって寝ようとしたが、寒すぎて眠れない。

みつおは、暖かい場所はないか探し回り、販売機の裏の方が風を防いで少しはマシだと思った。

そこでうずくまっていると、

「寝過ごしたんですか?」

声が聞こえた。
 
びっくりして顔を上げると、そこには同年代の青年が立っていた。

「こんな所で寝たら凍死しますよ」

と話しかけてきた。

「えっ、そうなんですか?」

と答えると

「そうなんですかじゃないですよ、こんなに寒い日に外で寝るのは自殺行為ですよ」

とみつおの無知さにびっくりしていた。

「ところでおたくも寝過ごしたんですか?」

と聞くと

「そうなんですよ、それで困っているんです」

「まいりましたね」

同じ境遇ということで、話をしていると

「ところで家はどこなんですか?」

と質問されたので

「秦野です」

と答えると

「秦野だったらまだ近いですね、僕は厚木だからタクシーで帰れる範囲ではないんですよ」

「厚木は遠いですね」

厚木は、新宿までの半分の距離である。
急行でも1時間かかるということは、タクシーで帰ったら何万円になるか分からない。

秦野はまだ3つ駅くらいなので、タクシーで帰っても5,000円くらいである。

しかし、みつおの5,000円があるはずもなく、タクシーで帰ることも不可能だった。

「どうですか、僕がタクシー代を出すので家に泊めてもらえません」

その男性が提案してきた。

何万円もかかるなら、5,000円は安い方である。

みつおは、凍死すると言われてビビっていたので、

「あ、本当ですか?ぜひよろしくお願いします」

その提案を受け入れる事にした。

酔っ払って寝過ごした者同士が協力しあって出した苦肉の策であった。

家に着くとその人がタクシー代を払ってくれた。

みつおは部屋に案内し、布団を出してあげて二人ともすぐに眠りについたのだった。

翌朝、その人は目を覚ましてトイレに行ったので、みつおも目を覚ました。

「おはようございます」

と言ったのだが、その男性は返事もなく無愛想のまま部屋を出て行った。

朝の6時を過ぎていたので、とっくに電車は走っている時間帯だった。

しかし、あの態度は何なんだ?

みつおには理解できなかった。

泊めてあげたにも関わらず、挨拶を無視してそそくさと出て行った態度は、まるでみつおが何か悪いことをしたかのような態度に見えた。

ま、どうせ二度と会う事のない人間なので気にしない事にして、みつおは二度寝をして昼過ぎまでたっぷり寝た後に起きて、外に出たのだった。

暖房のない部屋なので部屋でゆっくりすることはできないのである。

布団にくるまっているときはいいが布団から出たら速攻で着替えて暖房のある喫茶店か、電車で東京まで行ってゆっくり休める所を探すのだった。

新宿までは定期券買っていたので、何度でも乗れるので、ただで東京に行ける感覚だった。

どうせ暇なので、各駅停車でゆっくりと本を読んで新宿に着く頃にはもう夕方の4時くらいになっていた。

駅から出るのも面倒くさいので、駅地下にある安いコーヒーショップでコーヒーを飲んで時間を潰し、夜はなるべく遅く帰って部屋に着いたら即効で風呂に入り、湯冷めする前に布団に潜り込んで眠りに着くのだった。

そんな日々が続いたある日、その日は東京に住んでいる沖縄メンバーが渋谷に集まっていた。

「俺の家で飲もう、近くだから歩いて行けるよ」

そのメンバーは、渋谷から近い三軒茶屋という所に住んでいた。

近いと言ってもけっこう歩かなければならなかった。

しかし、電車代ももったいないので、男6人でおしゃべりしながら歩いて行くことにした。

ワンルームの狭い部屋に、男6人があぐらをかいて酒を飲んでいる姿は、学生時代を思い出すような光景だった。

それぞれの高校時代の話で盛り上がっていた。

やはり同じ沖縄県人だと気軽に話せてストレスがなかった。

そんな中、

「ピコピコピコ、ピコピコピコ」

みつおのポケベルが鳴った。

それは沖縄の電話番号である。

この電話番号は、おそらくお姉さんだと思った。

「ちょっと電話してくるわ」

「何?仕事か?」

「お姉さんからポケベルが入った」

「外に出て、右の方に歩いて行ったら100mくらいで電話ボックスがあるよ」

その部屋の主が教えてくれた。

みつおは、千鳥足でゆっくり歩きながら電話ボックスを目指した。

ポケベルをみて、その電話番号に電話をかけると

「えっ?マジで…」

お姉さんは…

それは衝撃的な内容だった…

つづく 

※ポケベルとは?
今から30年前は、まだ携帯電話は庶民が持てるよう金額ではなく、通常はポケベルを持ち歩いて、それが外部の人と連絡を取る唯一の手段だったのである。

そのポケベルの番号に電話をかけると、自分のいる所の電話番号を発信する事ができたのである。

ポケベルが鳴ると、電話ボックスを探してポケベルに乗っている電話番号に電話をかけるという仕組みだった。

今の若い人たちは、ポケベルの存在すら知らない人が多いようですが、当時の人にとって、ポケベルは画期的なアイテムだったのです。


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