第20話 昇任


島に来てから数年後、みつおは空士長になっていた。

空士長になると毎年昇任試験を受け、合格したら2次面接試験を受けて、その中から合格した数名が、3等空曹へと昇任するのだった。

みつおは昇任試験はいつも合格していたのだが、年功序列というのがあり、先輩から先に昇任していき、同年代になるとその中から更に目立つ人間が先に昇任するのだった。

目立つ人間とは、基地のマラソンの選手とか銃剣道の選手とか、柔道、剣道など基地の代表として活躍するような隊員である。

みつおには特別な特技はなかった。

サッカーならまだマシだが、この小さな島の基地にサッカー部はなかった。

あってもやるつもりは無かったが、この基地にあるのは、マラソンか剣道か銃剣道だけだった。

どれもキツそうで絶対にやりたくないと思っていた。

みつおの同期は、剣道で有名なので同期で一番に昇任したのだった。

しかし、その他の同期は誰も目立つ選手はいなかった。

ましてや、みつおはお酒やパチンコで悪いイメージはあっても、良い噂は一切無かったのだ。

ある時、クラブではなく各班対抗の野球大会があった。

みつおは野球は好きなので率先して参加した。

2回戦まで勝ち進んだのだが、準決勝で惜しくも負けてしまったのだった。

「金ちゃんがせっかく盗塁したのにな、山崎さんがまさかの三振とはな、いつもの山崎さんやったら、かっ飛ばしてるところやのに、どうしたん?」

空気を読まずにズバズバ言う先輩である。

「ま、そう言うなよ出口、準決勝までいっただけで凄いことじゃないか、そんなの遊びなんだから、とにかく楽しく飲もうや」

他の上司がフォローに入って収まったのだった。

みつおはどうでも良かった、勝っても負けてもお酒が飲めるのが何よりの楽しみだった。

もちろん、この後のお目当ての女の子がいるお店に行くのが目的なのだが…

「金ちゃん、今日もあそこ行くんやろ、俺も一緒に行くわ、久しぶりやな金ちゃんと飲みに行くのは」

「えっ?出口さんも行くんすか?」

「何や、たまにはいいやないか、人の恋路は邪魔せーへんから心配するな」

(いや、その存在が邪魔なのだが…)

何を言っても無駄なので諦めるしかなかった。

先輩といると盛り上がることは盛り上がるのだが、お目当ての女の子がいる店には一人で行きたかったのである。

しかし、先輩にはそれが読まれていて、どこまでもついてくるのであった。

「おい、金城、明日は日勤だろ、あまり遅くまで飲むなよ」

班の大先輩に警告されたのだった。

「大丈夫ですよ、金ちゃんは朝まで飲んだってちゃんと出勤しますから」

「えっ? 朝までは飲みませんよ」

その先輩は次の日休みのクルーなのでみつおを朝まで付き合わせようとしていたのだった。

みつおは早めに切り上げようと思っていた。

しかし…

コンコンコン

「おい、金城!起きろ!」

みつおが目を覚ますと職場の上司の顔が見えた。

「あ、おはようございます」

状況が掴めないまま挨拶をした。

「おはようございますじゃねーよ、お前何やってんだ、今日は日勤だろ!」

「えっ?…あっ!」

やっと状況が分かってきて焦りまくるみつおだった。

そこはサトウキビ畑だった。

何と、サトウキビ畑に車ごと突っ込んで、そのまま寝てしまったのである。

「いいからついて来い!バカタレが!」

朝の点呼でみつおがいない事がわかり、大事件になっていた。

島にいる非番の自衛官が総出で島中をみつお探しで走り回っていたのだ。

自衛隊で、朝出勤しなかったら事件である。

通常の会社なら、無断欠席でその人のポイントが下がるだけだが、自衛隊では脱走兵扱いになるのだ。

教育隊の時も、一人脱走してヘリでの探索で山の上の古屋にこもっているのを見つかった事件があった。

それと同じ扱いでみつお探索が開始されたのだった。

「こちら小島1曹です。金城士長を無事に確保しました。今から隊長室へ向かいます。」

さすがのみつおも、超ビビっていた。

いつクビになってもいいとは思っていたのだが、この状況はかなりヤバいのは間違いなかった。

怒鳴られる覚悟をして、隊長室へ入っていった。

「金城士長、入ります」

無表情の隊長が座っていた。

「まず、昨日の行動の細かい状況を報告してくれ」

「はい、昨日は朝から野球大会があり、無線班の代表として参加していました。そしてその後打ち上げで居酒屋で飲みに行きました」

「ま、そこまでは班長も一緒だったんだよな、その後はどうした?」

「は、はい、解散したあと1人で飲みに行きました」

「一人で? 出口と飲んでたって聞いたぞ」

「あ、はい、一人で飲み行ったんですが、そこで出口3曹と会い一緒に飲みました」

「次の日は日勤だと分かっていて飲んだのか?」

「はい…、早めに帰ればいいと思いました」

「で? 何時まで飲んでたの?」

「えっ? いや、あの、その…、12時過ぎに帰ろうと思ったのですが…、その後出口3曹と別れてから、また1人で飲みに行ってしまいました」

「で?何時まで飲んでたの?」

「すみません、その後は記憶がありません」

その後、隊長は何も言わずに部屋で待機するように言われたのだった。

怒鳴られる覚悟をしていたのだが、怒鳴られるよりも怖い緊迫感だった。

その後、班長から処分の内容を言い渡された。

小さな島なので、自衛隊の本部には報告せずに、基地内での処分となった。

通常なら、懲戒処分なのだが、1ヶ月の外出禁止で収まったのだった。

基地としても、なるべく不祥事は公にしたくなかったのである。

しかし、みつおにとって外出禁止は懲戒処分と同じくらいの痛手だった。
 
しかし、くよくよしていても始まらないと思ったみつおは…

つづく

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