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うえすぎくんの そういうところ Season.8 本当の優しさ編 『第104話 せやろがい!』

第104話 せやろがい!


「たくみ、おはよう。来週からテスト期間だけど、大丈夫そう? 」

「おはよ。神谷さんがお手本のようなノート作ってくれていて、見返しながら驚いているところさ。もの凄く細かく丁寧に書いてくれているんだけれど、要点になる部分には色分けしてマーカーを引いてくれているんだよ。先生ごとの癖とか傾向まで反映されていて、これ一冊で問題用紙が出来ちゃうんじゃないかっていうくらいのハイレベルでさ、ノートというよりまるで解説書だ。そっちはどうなんだ?」

「コハクちゃんクラスの人気者だから授業中はもちろんだけど『兄ちゃんのノートを作るから協力して!』っていろんな人に助けてもらいながら作ってくれたんだ。教科書見なくてもテストクリアできそうなレベルに仕上がっていて、彼女自身も勉強になったと思うから安心してる。そういえば、いつものメンバー以外にお見舞い来てくれた人って、いた?」

「ああ、退院三日前に神谷さんが来てくれたかな。まだヒキガエルみたいな声しか出せなかったけど、滞在時間五分くらいだったよ。そっちには顔出していないのか?」

「こっちには来なかったけれど、クラスが違うからじゃないかな」

普段休み時間は復習に費やして教室を出ないのだけれど、一緒に苦難を乗り越えたことで以前よりも仲良くなり、こうして朝から二組に足を運んでいるという具合。ここまでの会話から『彼の病室にだけ神谷さんがお見舞いに来てくれた』のは理解したけれど、なぜご家族が誰一人来てくれなかったのかに関しては非常にセンシティブな問題だけに未だ訊けずにいる。

たくみは僕よりも四日早く退院し、その時も一人で病院を去った。高熱でフラフラと来院したであろう時と同じように、誰の付き添いも無く荷物も一人でまとめ、母さんに感謝の意を伝え自分には『頑張れよ』とエールを残して病院を去っていった。家族や幼馴染に恵まれているこちらとは全く別の世界に生きているような、彼の歩く道には『ひとりぼっち』しか選択肢が無いような、何とも不思議で寂しい思いをベッドの上で感じたのを覚えている。

「ねえ、たくみ。今日さ、体育館裏でお弁当一緒に食べないか?」

今まで誘われることはあったけれど、自分から誘うのは初めてだ。いつも通りクールに顔色一つ変えず

「ああ、わかった。たまにはそれもいいな」

まだ声にガサガサ感は残っているものの、低い声で返ってきた。

体育館裏の階段部分に並んで座って弁当箱を取りだす。とても兄思いの優しい妹は『ちょっと固めのお米』が好きなにの、一緒にお弁当を作ってくれるにあたって全体的に薄味でお米も柔らかめに炊いて作ってくれている。

(コハクちゃんありがとう、いただきます)

手を合わせたところに両手をポケットに突っ込んだたくみが静かに近づいてきた。

「あれ、お弁当は?」

「ああ、済ましてきたから気にしないで食べてくれ」

「一緒に食べようって言ったじゃん」

「悪かったって。ところで何か話したそうだったけれど、なんだった?」

「入院中からずっと気になってたんだけどさ、香中家って不仲なの?」

「なんで? そう見えるか?」

「以前みんなでちらし寿司ご馳走になったじゃない? あの時は全く感じなかったんだけれど、自宅に新聞記者が押し寄せた事件やご家族が全くお見舞いに来てくれないなんてのを見てるとさ、そんな気がして」

足元に転がっている小石をつま先で器用にコロコロしながら、横一文字に結んでいた口を開いた瞬間『グ~』とお腹の鳴る音が聞こえた。

「たくみ、ウソついたね? お弁当食べてないんでしょ?」

間の悪そうな顔をしながら僅かな沈黙があり

「スマン、たっぷり水飲んできたんだけどな」

「二人の間くらい隠しごとは止めようよ。何があったの?」

「普段は購買でパン買って食べてるんだけど、まだ喉が辛くてさ。だから水だけで昼はなんとかしてる」

「そんなので部活や道場まで体力持つわけないじゃん! 僕の弁当食べなよ」

「いや、それは申し訳ないからいい」

「良くないって! こんな時くらい言うこと聞きなって」

「いや、大丈夫だから」

友達が目の前で苦しんでいるのを黙って見ている方が耐えられない。昔の自分ならできなかっただろうけれど、みんなと出会ってから『たまには暴挙に出るスキル』ができるようになってきたところだ。弁当をたくみに押し付けて立ち上がり、校舎に向かってガサガサの大声を張り上げる。

「ゴハクぢゃーん! 窓がら顔出じでー!」

何事かと色々な教室から視線が注がれているけれど、それがどうした。この堅物を何とかできるのは彼女しかいないのだから。声を聞きつけて窓から顔を出して手を振り返してくれるかわいい妹。

「兄ちゃーん、どうしたー?」

「お弁当っで、まだ残ってるー?」

「まだ食べてないよー!」

「ごめんだけど、ぞれ持って降りて来てぐれなーい? お願い!」

「あいよ! すぐ行くー!」

驚くほどスピーディーに登場した彼女を僕は笑顔で迎え、たくみは気まずそうな表情。赫々然々と事情を説明したところ

「なに考えてんだ! あたしはパンでも何でも食べられるんだから、この弁当を食べなさい!」

一喝。

「いや、あの……」

「ウダウダ言ってないで、購買行って焼きそばパンとカレーパン買ってきて。売り切れちゃうからダッシュ!」

押し付けられた弁当箱を再びこちらに返し、猛ダッシュで走りだす。ものの数分で言われた物と一緒にパックのリンゴジュースも買って戻ってきた。

「お、お待たせしました。パンとジュースです」

「よし! あたしがそれ食べるから、たくみんはこのお弁当を今ここで完食すること。言い訳は一切聞かないから、とりあえず座る!」

さっきまでの太々しい態度は何だったのか、従順な飼い犬が芸を披露するかのように大人しく座って受取ったお弁当箱を開け、上目遣いで申し訳なさそうに目の前で仁王立ちしている彼女を見つめる。

「あたしが作ったお弁当が食べられないっていうの?」

「いえ、そんな! 謹んでいただきます!」

「それでよし! 完食するまで見てるから!」

決してお行儀が良いとは言えないけれど、彼の前に立ちはだかったまま焼きそばパンに噛り付いている。僕は隣でパックのリンゴジュースにストローを刺して渡してあげる。

「もう、兄ちゃん優しいー。たくみん、こういうとこ見習いなさい!」

申し訳なさそうにおかずを一口、続いてお米を一口。

「味が薄いし、お米が柔らかい……」

この一言に落雷が降り注ぐ。

「なに、あたしのお弁当に文句でもあるわけ? ちなみに兄ちゃんが食べているのと同じなんですけど!」

「上杉家はこういう味付けなんですか?」

(なんで敬語なんだ)

「兄ちゃんはまだ喉が回復していないから、味は薄めでお米も柔らかめに作ってあるの!」

「コハクさんのお弁当まで何で柔らかめなんですか?」

「あのねえ、一緒にお弁当作るのにあたしのだけわざわざ固めの濃いめなんて朝の忙しい時間に出来るわけないでしょ? で、どうなの? 美味しいの、美味しくないの?」

「もちろん美味しいです。そして何より自分もまだ喉が痛いから、食べやすいです」

「せやろがい! 感謝の意を込めて完食しなさい!」

(せやろがい……って。でもこうでもしてもらわないとたくみは食べないからな、効果は絶大だ)

自分よりも喉の回復は進んでおり、食べやすかったらしい。パクパクときれいに平らげて両手を顔の前で合わせて『ごちそうさまでした』の仕草。

「ごちそうさまでした。すごく美味しかったし、食べやすかったです。弁当箱は洗って……」

「男がそんな細かいことを気にしなくてもよろしい! 兄ちゃん、よろしくね」

コハクちゃんは早起きしてお弁当を作ってくれる、僕は持って帰って弁当箱をきれいに洗って伏せておく、我が家のルーティーンだ。立ったまま彼から空になった器をひったくるように奪って、こちらに笑顔で渡す。

「で? 明日からまた水で過ごすつもりなの? それともあたしのお弁当食べたいの?」

「いや、そんな迷惑は……」

「そんなこと訊いてないでしょ! 食べたいのか、食べたくないのか!」

「た、食べたいです!」

「よし! じゃあ明日からたくみんの分も作って来てあげるから、しっかり食べて体を整えて、早くあたしから一本取りなさい!」

視線をこちらに向けてまだ食べている僕の前にしゃがみ、穏やかな表情で頭を撫でてくれる妹。

「兄ちゃん偉いよ、喉痛いのに大きな声でよくあたしを呼んでくれたね。大丈夫?」

「うん、大丈夫。今日もお弁当美味しいよ、ありがとう」

「喜んでもらえて嬉しいよ。兄ちゃんも元気になろうね、じゃ!」

スカートを翻して疾風のごとく校舎の中に走り去っていった。

#創作大賞2024#漫画原作部門



重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。