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コタロウ 7

《お母様、お客様をお連れしました!》

彼女が元気よく帰宅すると、ご母堂様は驚かれた様子もなく

≪よくいらっしゃいました。この子が男性を連れてくるのは初めてです。私が若い頃は何名もの若者が試練を目指し、闘神様のお許しが出ずにお引き取り戴きましたが、アナがこんなに嬉しそうに連れてくるという事は(見込みあり)という事でございましょう。この子も女として喜ばしい顔をしておりますし≫

《お母様!そ、そんなことはございません!この方はあのフルールのコジロウ様なのです。オメガを倒すために修行の旅に出られる前に、三名の勇者様のお墓をお参り下さったところに私と出逢いました。これは運命です!》

≪ふふふ、運命ですって。もうアナの心はすっかり持って行かれているようですね。でもコジロウ様、それと闘神様がどうご判断されるのかは別の問題です。まずは試練を受けるに値するかどうか、お伺いせねばなりません≫

「はい、僕は強くならなければならないのです。待っている仲間の為にもこの世の呪いを解く為にも」

≪わかりました、憑依の儀式には少し時間が掛かります。こんなことお願いするのは心苦しいのですが、この家の男たちは皆戦争で命を落としました。川から水を汲んでくるのにも女手では苦しゅうございます。ちょうどアナに水汲みを頼もうと思っていた頃、手伝ってはいただけないでしょうか?≫

「これも何かのご縁ですし、この身体は誰かのお役に立てるように出来ているのだと思っています。水汲みくらいでよろしければ喜んで!アナさん、案内お願いします」

《申し訳ありあません、御客様にこんな事をお願いしまして。どうぞよろしくお願いいたします、こちらです》

彼女のあとについて先程の清流の湧き出ている源流まで歩いた、小一時間は歩いたのではないだろうか。

「失礼を承知で伺いたい事があります」

《はい!いえ、まだ殿方はおりません!》

急に真っ赤になって大きな声で彼女は答えた。

「い、いえ・・・そうではなくて」

《申し訳ありません! 男性の方とお話しすることなど殆ど無かったものですから。やだ、わたし何言ってるんだろう・・・》

「日々貴女の元、いいえ、勇者の墓を訪れる男は物騒でよこしまな輩だと聞きました。こうして僕とお話して下さるのは嬉しい事です」

素直に口から出た言葉が、余計にに彼女を困らせてしまった。

《そんな、恥ずかしい・・・。あの、聞かれたい事とは?》

「そうでした、あれだけの大剣を振るわれる貴女が水汲みにご苦労されるとはどういうことなのかと思いまして」

《あの大剣はお感じになられたと思いますが、凄まじい魔力を帯びています。そしてそれはとても美しく清らかながら時に鋭く、時に恐ろしいまでに強く感じる時があります。輩の腕を切り落としたのは私ではありません、あの剣自身がそうしたのです。そんな剣ですので、私が持っている時はまるで背中から何か一枚羽織っている様な、そんな感じなのです。》

(道理でこんな細い腕であの重さの大剣を背負い、持つ事が出来る訳だ。この大剣は持つ者によって姿を変える、即ちその質量も変わるのだろう。重いながらも僕が振るう事が出来たのは、剣に試されたということか。それでは水汲みも大変であろうに)

「教えて下さってありがとうございます。お礼にこのコジロウ、アナさんのお家の水瓶、満杯にさせていただきます」

《そんな、何十往復もしなければなりません・・・》

「さあ、私にしっかりと捕まってください!」

そう言って持ってきた木の桶と彼女を抱きかかえ、一足飛びに僕は彼女の家へ跳んだ。そして持ってっ帰った水は家屋の中の生活用水瓶に入れ、外に置いてある風呂釜ほどの大きな樽をひょいと担ぎ、彼女を抱いて源流まで跳び、樽が満杯になるまで談笑した後にそれを担いで再び跳んだ。

《す、すごい。聖騎士様とはこの様なお力もあるのですか?しかも殿方に捕まっているのに、全く嫌な感じが致しません》

「あはは、それはよかった。それは私によこしまな気持ちが無いからでしょう。ただ『役に立って喜んでもらいたい』それだけですから」

満杯になった水瓶を静かに降ろすと、憑依儀式用に正装されたご母堂様が外に出ていらっしゃり、

≪おや、この短時間で水瓶を満杯にしてくれるとは。さすが聖騎士様、これくらい朝飯前ということですね、ありがとうございます。準備は整いました故、どうぞ中へ≫

招き入れられた先には美しい祭壇があり、彼女が背負っていた大剣が祀られ、周囲にはお香が焚かれて一層清らかで雅な空気感を漂わせていた。

≪そこにお座りください。初めに伝えておきますが、私は器と化します。闘神様が仰ることは絶対です、もし背いて無理な修行をすればそれは仇となって貴方自身に帰ってくるでしょう。そういう事例はもう嫌というほど、子供の頃から見てきました。ですから貴方にとって良い結果であれ悪い結果であれ、素直に受け入れてください≫

「わかりました。よろしくお願いします」

≪それでは始めます≫

ご母堂様は術式を唱え、しばらく目を閉じていたかと思うと静かに開き、言葉を発した。

【ふむ、君が今回の挑戦者か。しばらく呼び出されなかったから、もう戦士に出会う事は無いのかもしれないと思っていた。なるほど娘アナが見染めるのもわかる、これは気立ての良い男じゃのう】

なんとも優しく慈愛に溢れた口調なれど、ご母堂様とは明らかに別人だ。

【ほう、君からは懐かしい気を感じるな。ほう、サンとアースに認められし者か】

そんな事は一言もしゃべってないし、今の僕は丸腰の水を汲んだだけの男である。闘神様とは何者なのか?

【あいつらが認めた人間に初めて出会ったわ。闘神の試練、受ける事を許しましょう。入り口はこの祭壇の裏側、アナよ、子守歌を歌いなさい】

そう言ったかと思うとご母堂様は静かに目を伏せられ、次に目を開けた時には元の彼女に戻っていた。

≪アナ、闘神様は何と言っていらっしゃったのですか?≫

《この方はサンとアースが認めた者であり、闘神の試練を受ける資格ありと。祭壇の裏が入り口になっているので私に子守歌を歌いなさい、と》

≪それは喜ばしい!私自身も試練を許された男性にお目にかかるのは初めてです。まさかこの裏が入り口になっているなんて、そして代々受け継がれてきた子守歌が門を開ける鍵だなんて。コジロウさん、必ず闘神様の教えを持って帰ってきてください≫

「大変なご苦労をお掛け致しました、感謝いたします」

ご母堂様の顔色が悪く、かなり息があがっていらっしゃる。恐らく憑依とはかなりの気力と体力を消耗する儀式なのだろう。

「失礼いたします。 リファ」

顔色はみるみる良くなり、呼吸も心拍数も元に戻った。

《コジロウさん、回復魔法を使えるのですか?》

「ええ、見習い程度です。それよりご母堂様が元気になられてよかった、安心しました」

≪闘神様、どうかこの清らかな青年に貴女の加護があらんことを。アナ、子守歌を歌って差し上げなさい≫

《はい、お母様》

まるで全ての業が洗い流されるような清らかで繊細な、この世のものとは思えない美しい歌声だ。祭壇の裏側に周ると先程まで無かった真っ白い扉があり、紋章が描かれている。僕が自分の腕の紋章と扉のそれとを合わせると、カチャと音がして扉はゆっくりと開いた。真っ白で先に何があるのかは見えないが、僕は闘神の試練への一歩を

「行ってきます!」

と踏み出した。まばゆい光に一瞬視界を奪われ、それが戻ってくると僕の目に写ったのは・・・地獄絵図だった。夥しい子供達の遺体の数、それを恐らく一人で埋葬供養しているのだろう女性がいた。涙も枯れ果て疲弊し、今にも倒れそうな彼女はそれを良しとせず、素手で穴を掘り子供を埋葬していた。僕は駆け寄り彼女に自分が持っていた水筒の水を飲ませて

「手伝わせてください」

とお願いした。道具も何もなく、彼女の爪はとうの昔に剥がれ落ち、それでも素手で掘るしかないのにたった一人で埋葬し続けてきたのだ。

「なぜこんな悲惨な事が。そして何故貴女は一人で弔いを?」

〔この子供達はね、親から捨てられ飢えて死んだ子供たち。私はこの子供達を天使の元へと返して次の新たなる命へと繋ぐお手伝いをしているのです〕

(先ずはこの女性に回復を、リファ?魔法が使えない)

〔ここでは道具や魔法は使う事が出来ません。心を込めて人の手で、天使に引き渡してあげてこそ次なる未来があるのです〕

手を止めるどころか、更に指先から血を流しながら穴を掘っている。

「お願いがあります、僕の方が元気ですし力もあります。どうかお手伝いをさせて戴けないでしょうか?」

〔ただ穴を掘り埋葬するだけでは意味がありません。慈愛を持って(次は幸せに生まれ変わるのよ)と願いを込めて祈りが通じた時、天使が迎えに来ます。迎えがあって初めて子供達は救われるのです、貴方にはそれが出来ますか?〕

そう話しながらも一向に手を止める様子はない。僕は見様見真似で穴を掘り、子供を埋葬して祈った。

(僕は両親を早くに亡くして、幸いにもトーエのお父さんとお母さんに育ててもらった。申し訳ないが空腹の苦しみや辛さはわからない、でも大好きな親に捨てられて、寂しかっただろう・・・。どうか、次に生まれ変わる時には今回よりも少しだけでもいいから、温もりを知ってほしい)

すると二人の天使が舞い降りてきて、埋葬した墓の中に手を伸ばし、子供の魂だけをまるで子供達が楽しそうに遊ぶが如く、手を繋いで連れて行った。それを見ていた彼女は知らず内に流れていた僕の涙を拭い、

〔闘神様が来ることを許した勇者ですね、勇者とは勇ましいだけではなりませぬ。自身が張り裂けそうな時にも常に誰かを思いやり、慈愛の心で接するのです。今の気持ち忘れてはなりませぬ〕

初めて手を止めて僕に微笑んでくれた。僕は決して気を抜く事なく、一人埋葬しては涙と共に祈り、天使を見送った。天にのぼってゆく子供達は皆一堂に嬉しそうで、その瞬間だけ安堵を覚える。自分の指先の爪が無くなり、皮膚が破れて骨が見えそうになっていたり、そんな事は全く気付かずに大切に見送った。子供の遺体は徐々に減っていき、最後の一人となった時

〔どうか、送ってあげてください〕

そう促され、僕は全身全霊を込めて祈り、そして次なる温かい人生を願い、天使と共に子供を見送った。果たしてどれくらいの間不眠不休で見送ったのだろうか、最後の一人を涙の笑顔で見送った後に僕は記憶をなくしてその場に倒れた。気が付くと額の上には濡らされた布が置いてあり、僕は女性の膝を枕にした状態で目が覚めた。

「申し訳ありません、とんだ失礼を!」

〔よいのです、私が望んで行った事ですから。子供達の笑い声が聞こえます、(お兄さんありがとう)って聞こえます〕

耳ではなく頭の中でもなく、心臓に直接聞こえるような感覚。そうこれこそが(心で聞く)ということなのだろう、子供達の無邪気な声が僕にも聞こえる、何て幸せそうなんだ。本当に良かった!介抱してくれていた女性の傷だらけだった手は細く美しい手になっており、僕の手は薬草と包帯で治療されていた。

〔貴方は己の痛みや苦しみに一切妥協する事なく、全ての子供を見送りました。闘神様はとてもお喜びです、ここ「慈導の間」の修練はこれで終了です、さあ次の間にゆきなさい〕

そう言うとどこからともなく表れた真っ白い扉を開け、僕を促した。一歩踏み込み視界が開けてくると、「審判の間」という場所に僕は脚を踏み入れていた。そこは生前行われてきた業に対する審判が下される場所で、老若男女沢山の人々が列をなして順番を待っていた。その中の規律を守らせるべく守衛がいるのだが、全員真っ白な衣装に身を包んだ女性であることが不思議な光景だった。審判前の列なので、転生する人もいれば罪人もいるのだろう。子供もいれば老人もいる中で何とも不思議な雰囲気を持った女性が視界に入った。審判前の人達は一様に同じ服を着ていて、色分けされていた。よくよく観察してみると、列の後ろの方から前に進むにしたがって同一色だった服の色が徐々に変わっていくというものだ。恐らく生前の行いによって何色に変化するのか決まるのだろう、まるでリトマス試験紙のようである。何色がどうなのかはわからない、でも暗い色になっていくにしたがって(恐らく罪人であろう)という予測は出来る。僕が気になった女性は真っ黒に変色した服を纏っていた、何らかの罪人であると思われるが実に寂し気な、もの悲しい雰囲気である。ここにどんな試練で送られたのかはわからないが、とにかく気になって仕方がない女性の元に歩み寄り、僕は話を聞いてみた。

「はじめまして、コジロウと申します。差し出がましい事を伺いますが、貴女はどのような罪を犯されたのですか?失礼ながら僕には貴女が罪人には見えないのです」

《私は自分の子供を殺害しました・・・》

悲痛な面持ちで彼女は声を絞り出した。やはり何かおかしい、我が子を手に掛けた罪人がこんなにも「もの悲しい雰囲気」を醸し出している事が不思議で仕方ないのだ。

「貴女からは大きな慈愛を感じます、そんな女性が我が子を殺害したとして罪人扱いされる事が僕にはわからないのです。よかったら詳しくお聞かせ願えませんか?」

そう言って守衛に許可を得て彼女を列から外し、僕はじっくりと話を聞く事にした。

《初めて宿った命でした。十月十日大切に守り、(産まれて来てくれてありがとう)と私は産み出したのです。しかし医師はなかなか子供と面会をさせてくれません、【身体が小さいから保育装置にいる】と。出産後一ヶ月が経過し、我が子にどうしても一目会いたかった私は医師の制止を振り切り子供に逢いに行きました。しかしそこにはもう我が子の姿は無かったのです、どこに連れていかれたのか想像は付きました。(オメガは新生児の新しい命を闇の錬金術に使用して悪の力に変える)という噂を耳にしていたからです。私は研究所に忍び込み、沢山の並べられた赤ん坊を目にしました。我が子を必死で探しようやく見つけた時、ショックを受けました。【錬金不適合】と背中に書かれてゴミ捨て場のような所に捨てられていたのです、医師が私と子供を合わせなかった本当の理由、天使の様な可愛い顔と胴体、でも頭部が二個あったのです。奇形児でした、それでも私には可愛い赤ちゃんです。(幸せになろうね)と拾い上げて連れて帰ろうとした時、『貴様何をしている、呪われた赤子を拾い上げる事はならん!』と。国家軍兵士に囲まれ、彼らは剣を振り上げ私の赤ちゃんんを斬ろうとしたのです。私は子供を庇い瀕死の重傷を負いました、そして(国家軍に子供を殺されるくらいなら)と自身の手で我が子の首を刎ねたのです。その後私も絶命したようで、気が付くとここにおりました。『子供殺しは業火の地獄行』と言われていますから、きっと私もそこに行くのでしょう。我が子を手に掛けたのですから仕方ありません、せめてあの子だけでも生きていて欲しかった・・・》

(こんなに子供の事を思って断腸の思いで失った我が子と、自らの命なのに罪人扱いなんて絶対におかしい、僕は認めない)

僕は守衛に事の顛末を話し、審判を下す「ジャッジメント」に合わせてもらう様頼んだ。ちなみに「ジャッジメント」とは「閻魔大王」のことである。忙しそうに罪人に審判を下していた閻魔だが守衛からの話により

【しばらく休憩とする、キサマからは大きな慈愛を感じる。ここにいるべきものでは無かろう・・・もしかして闘神の試練か?】

僕がコクリと頷くと

【何百年ぶりかのう、よかろう。話を聞こう】

と僕の話に耳を傾けてくれた。見た目は恐ろしく身体も大きいのだが、冷静にしっかりと耳は傾けてくれる閻魔だった。

【ふむ、それで?】

「いや、それで?ではなく、この女性を救って戴きたいのです。断腸の思いで我が子に手を掛けた痛みを知る母親です。慈悲を戴きたい」

【それはできんな】

話のわかる奴だと思っていたが、僕の意見は一蹴されてしまった。

「なぜですか、母親が我が子を手に掛ける痛みが貴方には判らないのか!」

【熱くなるな小僧、この閻魔毎日何百人の業を捌いておる。確かにあの女がやむを得ず我が子に手を掛けたのは事実、それは酌量の余地もあろう。しかしキサマはあの女の心の声を聞いたのか?「慈導の間」で何を学んできたのか、上っ面の綺麗事に騙されて心理が見えていない様では次の間には進めぬぞ?ここから再度、あの女の心を透かしてみて見よ】

閻魔に言われ僕は言われた通り、心の中を透かす様に彼女を見た。何という事だ、彼女の身体は無数の子供達の魂で出来ている。彼女自身が闇の錬金術から力を得ていたという事ではないか!閻魔は我が子を手に掛けた事では無く、闇の錬金術によって他の子供の命を犠牲にしてきた彼女に罪を言い渡そうとしていたのだ。

【見えたようだな、よいか。真の理とは目や耳だけではなく心に宿るもの。貴様は慈愛は大きいが些か甘い、その甘さは時に判断を狂わせ守らなければならないものを見落としてしまう事態にも繋がり得る。キサマには無差別に選んだ千人のジャッジメントを命ずる、審判された人間の運命をキサマが背負うのだ。間違いが許されない事は勿論だが、心理の見極めという点ではキサマ自身が心の刃で自らを斬るほどの痛みを伴う事もある。しかしそれが出来るようにならなければ勇者とは言えぬ。サンが弟の為に自らを奇跡の石に変えたように、キサマの弟が自らの命を顧みずに地獄の罪人共を救おうとしたように、心の中で血の涙を流さねばならん時が必ずある。それを越えなければただの甘ったれだ、見事超えて見せよ】

僕は心の眼でジャッジメントを行った。

(飢えてやせ細った妹を救おうと盗みを行い、もみ合いになって誤って店主を殺害してしまった子供。痛みはわかる、気持ちもわかる。でも店主には何の落ち度も無かった、むしろゲンコツの一つでもくれてやれば、余分に果物を持たせようと思っていた優しい店主を殺害した子供は、子供といえども地獄)

(両親から自分と弟が毎日虐待を受け、弟が寒い冬の夜に縛られて井戸に落とされそうになったところ、「このままでは弟は死んでしまう!」と思うとを助ける為に体当たりしたところ、父親と自分が井戸に落ちて溺死。結果長男は実の父親を殺害となっている。この子供は罪の意識に苛まれ、現世に残してしまった弟の幸せを毎日願っている。これは一刻も早く転生させてあげるべきだ)

そして話を聞いた彼女が僕の前にやってきた。

「私は心の眼で貴女を見ました。貴女は私利私欲のために他の子供の命を闇の錬金でその身に宿し、贅の限りを尽くして生きてきた。産み落とす母親の覚悟や苦しみは心で理解します。産まれてきた子供に何ら罪はないが、そこに至るまでのあなたの行動は厳罰に値する。子供は天使に託しましたので、貴女は地獄で自分の罪を償いなさい」

《そ、そんな!私の可愛い赤ちゃんを殺そうとしたヤツ等に錬金の材料にもされず捨てられていた我が子を救い出して、それでも国家軍の手に掛かるよりはという思いでこの手に掛けた思いがあんたにわかるのか!!》

「その考えが傲慢だと言っているのです、子供は親を選べない。故に命は等しく平等に扱わなければならない。貴女は自分の子だけでなく、他の子が錬金に使われようとしている時に止めるべきだった」

《どうせ育てられないからって捨てられた命でしょう?錬金されても仕方がないじゃない!》

「貴女には炎血地獄行を命じます。せめて来世では慈愛を持って生きられますよう、祈ります」

《ふざけるな!お前みたいな奴が公平な審判だと?あはははは・・・》

女性は高らかに笑いながら連れられて行った。

【うむ、公平な審判である。もっと自らの心を引き裂かれんばかりの審判を下さなければならない、続けるがよい】

人間の愚かしさや残忍さ、逆に清らかさや美しさを感じながら、僕は千人の審判を終了させた。

【表層的な現象に惑わされず、心の眼で真実を見つめられるようになった。これを持って「審判の間」完了とする、これを持って次の間に行くがよい】

閻魔にそう言って渡されたのは『断罪』という名の短剣だった。これをどういう風に使うのか、何の為に必要なのかは教えてくれなかったが、僕は短剣を受け取って再び白い扉を潜った。

「蘇情の間」と呼ばれた次の部屋には子供と女性ばかりが集まっていた。みんな一様に生と死の狭間をさまよっている状態、言い換えれば現世では意識不明の重体という状態だ。戦争に巻き込まれ、身体のさまざまな部位が欠落している。短剣の鞘には

≪聖騎士たるや、己の一部を分け与えよ、さすれば救う事ができる≫

と刻んである。

(慈愛を持ち己の身体を分け与えろって事か・・・)

戦争で右目を怪我している子供に僕の髪の毛を一本与えてみた。すると驚く事に右目は回復し、浄化されて現世に戻っていった。これを目にした人々はちゃんと列をなして子供から優先に与えられる様、僕の前に並んだ。最初は髪の毛一本とか爪の一部から始まった救いだが、とうとう髪も無くなり分け与えられるものは己の血肉しかなくなった。それでもまだ多くの救いを求める人間が順番に並んでいる。この世界でも痛みはあるし、大怪我をしている人を救おうと思ったら「髪の毛一本」などというものでは足りず、錬金等価交換の原則に従って「指一本」とか「眼球一個」を与えなければ救う事が出来ない状況の人ばかりが残ってしまった。一瞬でも苦悶の表情を見せてしまったら人々は迷うだろう、痛みなんていう感覚は慈愛で捨てなければ誰一人ううことは出来ない。肉を削がれ指を与え眼球や内臓も与える、その為の短剣だったのだ。最期の一人となった時、身体はほとんど残っていなかった。しかもその残った一人は下半身を地雷で吹っ飛ばされた少女だった。

「ごめんよ、もう君にあげられるものはこの首しかない。でもきっと役に立つから迷わず持って行きなさい」

そう伝え、僕の中で何とか保ってきた意識も完全に遮断されてしまった。

(これでいい、修行とか次の間とかどうでもいい。目の前の一人を救う事が出来なくて何が勇者だ、何が慈愛だ)

ハッと目を覚ますと身体は元通りになっており、アナの家で聞いた闘神の声が頭の中に聞こえた。

【あれだけの苦痛の中、声一つあげぬとは、なかなか見上げた根性です。慈愛というものに関してはサンとアースの認めし勇者と言ったところですね。体力も知力も心も問題ない、後は剣技です。これはゆっくり習得することも出来れば、最短距離を走ることも出来ます。ただし最短距離を行こうとすれば常に自分を回復しながら、「蘇情の間」なんて比較にならないほどの激痛を伴う事になります。ここまで来た奴が居ないから一概には言えないけれど、君でもまともでいられるかどうかわからない。どうする?】

「仲間が、アナが帰りを待ってくれています。最短距離でお願いします」

【ならば最終「聖剛の間」に進みなさい、そして七つの大罪「高慢・物欲・嫉妬・怒り・色欲・貧食・怠惰」全てを倒すのです。これら全てを倒した時、君は本当の勇者となれるでしょう。しかし君がいくら聖騎士といえども丸腰では彼らに立ち向かう事は困難でしょうから、私の剣を貸して差し上げます。使いなさい、その名は聖剣エクスカリバーです】

空から祭壇に備えられていたはずの大剣が降ってきて僕の前に刺さった。

【今の君ならば思うままに振るう事ができるはず、来なさい】

刺さった剣を抜くと・・・軽い!重さなんてあって無いようなものだ。アナが「心で振る」と言ったのはこういう事だったのか。こんな大剣がまるで空中に羽でも舞っているような感覚で振るう事が出来る。僕は最後の試練、「聖剛の間」への扉を開けた。踏み出すとそこは森の中で、最初に待っていたのは『高慢』だった。

≪何だよメンドクセエなあ、テメエみたいな勘違い野郎、一番嫌いなんだよ!さっさと終わらせてオレは自由になるぜ!≫

両手に鞭を持ち、音速のスピードで振り回している。周りの木が鞭の攻撃によっていとも簡単に切り倒されていく、この鞭は鋭利な刃物で出来ているようだ。

≪テメエの身体なんかよう、痛みも感じる暇なく切り刻んでくれるわ!≫

音速の鞭は早すぎて目で追う事は不可能だ、だがこういう時の為の心だという事は学んできた。静かに目を瞑り鞭の気配を感じる、邪念の鞭など心の眼で見ればその姿ははっきり見える。

≪オレの為にさっさと死ねや≫

エクスカリバーは容易く鞭をはじき返した。そもそも自分で言うのも変だが、僕自身が努力と我慢の人間で、高慢なんて考えた事もない。

≪うそだろ?オレの攻撃が見えるはずがねえ!≫

「爆鳴の斬(改)・・・火と雷の最上級剣技」

出し惜しみはしない、最短距離を行くと決めたんだ。高慢の身体は振り下ろされた刃によって縦に真っ二つに割れた、声もなく斬られたのは彼の方だった。斬られた体は光の粒となり、僕の手の甲にある紋章に吸い込まれていった。これと言って何の変化も苦しみもない、僕の中に高慢という概念が無かったからかもしれない。次なる扉が現れた、僕は躊躇なく進む。

物欲が現れた。装飾品をギラギラつけて、舌なめずりをする僕の嫌いなタイプの女性がそこには居た。

≪アンタ倒したら奇跡の石が手に入るんだって?あんたの血でこの愛おしい宝石たちを染めてみたいねえ≫

この言葉を聞いてカチンときた僕は彼女に言い返した。

「奇跡の石は装飾品ではない。サンが自らの命と引き換えに・・・」

≪あー、そんな事どうでもいいのよ。私にとっては美しい宝石、それを聖騎士の血で染められたら美しいだろうねえ≫

だめだ、この女性は完全に物欲しかない。幸いな事に今回も僕には物欲という概念がない。彼女は地面から身の丈の倍ほどもある長い槍を引きずり出すと、まるで小枝でも振り回すかのようにクルクル回し、その勢いで僕に攻撃を仕掛けてきた。

(とんでもなく重い、見た目に騙されてはダメだ。奇跡の石の話を遮ったのも僕を冷静にさせない為か、油断は禁物だ)

今回の攻撃は目で追う事が出来る、攻撃を受けながら少しずつ間合いを詰めていったその時

≪アンタ、甘ちゃんだねえ。ラドゴーマ!≫

突然降り注いできた溶岩に、僕が剣で切り避けていると、脇腹を槍が貫いた。油断した、魔法も同時に来るとは。

≪ほーら、聖騎士様の血を吸って獲物も喜んでるよー。もっと宝石達にアンタの血をよこしな!≫

彼女の言う通り甘ちゃんだった、物理攻撃以外に魔法攻撃をされても当たり前の事なのに、槍だけだと完全に思い込んでいた。脇腹の傷も魔法で何とかなりそうだし、良い気付けだ。

僕は再び集中し、気を溜めて剣を振り払った。

「爆鳴の斬(改)・・・火と雷の最上級剣技」

今回も出し惜しみはナシだ、まだ第二段階だというのに既に傷を負ってしまった。自分が甘かったから招いた当然の結果だ。彼女の上半身と下半身はゆっくりとズレていき、上半身が地に落ちたかと思うと光の粒になって手に吸い込まれた。今回もこれといって苦しみはない。

次なる扉を開ける、もう先程の様な油断はしない。嫉妬が爪を噛みながら岩に座ってブツブツ言っている。

≪あいつらばかり、いい思いしやがって。オレはいつものけ者にされて≫

顔をあげたかと思うとすごいスピードで目の前に来られた。

≪あんた聖騎士なんだって?貧乏人は放っておいて聖騎士様はチヤホヤされてよう、お前殺したらあのアナって女はおれの女にしてやるんだ、ヘヘヘ≫

「アナはモノじゃない。清らかで美しい女性だ、お前なんかの女にさせるか」

≪何だあ?お前、あの女に惚れてるのか?聖騎士様だもんな、モテるよな。いいねえ、そういう奴から奪う女ってのは最高だよなあ、ますますお前を殺したくなったぜー≫

先程の鞭よりも体全体の動きが早い、ヤツの攻撃はその鋭い爪だ。恐らく毒か、魔法攻撃も織り交ぜてくるのか、全く予測がつかない。

≪ラドフリーズ! いくぜえー!!≫

凍てつく波動を放ちながら、すごい速度で動いている。今回は前二人の様に簡単にはいかなさそうだ、僕の中にアナに対する想いがあるからだろうか。こいつの安い挑発に言い返したのも、僕の嫉妬心なのかもしれない。

(心を乱されるな、集中しろ!)

地面に足を着けているとたちまち凍ってしまう、僕も動き続けないとだめだ。体術の基本を思い出せ、先ずは相手に追い付け追い越せだ。

眼と心でヤツを追う、それに同調するかのように動きを合わせていく。速度が合ってきた、僕の体術はコイツに対応できるかもしれない。

≪キサマ、この俺様のスピードに追い付くだと?≫

嫉妬は更に速度を上げてきた、しかし僕もまだ余力はある。体術で負けるわけにはいかない、今度は逆に僕が速度を上げて嫉妬の速度を抜いた。

≪バカな!この俺様を上回るだと!≫

こちらが止まっているから早く感じるのであって、相手よりも早く動く事が出来れば逆に止まってすら見える。毒の爪も何ら恐怖にはならないのだ。

壁を蹴って空中高く飛び、回転しながら剣技を繰り出した。

「冥期の斬(改)・・・火雷癒の最上級剣技」

かろうじて爪で受けられたものの、それごと粉々に砕け散った。そして僕の腕に吸い込まれていった。

(息が苦しい!!嫉妬が入ってきた途端に呼吸が苦しい、落ち着け、受け入れろ。嫉妬だって僕の一部だ、大切に思う事と相手を思いやることなく欲しがることは違う。僕はアナを大切に想っている、彼女の意志を無視して欲しがっている訳ではない)

そう理解できた途端に呼吸は落ち着いた。そして今の理解で自分が属性を一つ飲み込む事が出来た事がわかった、【毒属性】だ。聖剣エクスカリバーは紫色に光りはじめた、(ああ、わかったよ)

「ベゴマイト」

僕もまた紫の閃光と化した。高慢・物欲・嫉妬は閃光無しで倒せたが、次の怒りはそんなに簡単にいかないだろう。僕自身、怒りに取り込まれて我を忘れた事があるからだ。心して掛らないと呑まれてしまう、そんな不安を持ちながら僕は次なる扉を開けた。




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りゅうこころ
重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。