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コタロウ 6

遠くの空から赤い鳥みたいなものが飛んでくる。近づくにつれ、姿がはっきりと見えてきた。

『炎の鳥フェニックス、本当に・・・居たのか・・・』

そこから先の記憶はない。気がつくとまたしてもイトがニヤニヤしながら見降ろしていた。

【今回ばかりは流石にダメかと思ったぜ。とりあえず喰え、そして喰いながら聞け。今回の「錯誤地獄」は絶望の中から勇気を振り、出せた奴だけが生き残る事の出来る結構キツイところだ。オマエが見たのは幻術で四人は生きているから安心しろ。だが真実が一つある、お前自身が刃になったという事だ】

『オレ自身が刃?はっきり覚えてないんだが・・・』

【自分で使った力を忘れちまったのか?馬鹿だろオマエ】

『だってよう、マジで必死だったんだからな!兄貴と心中する気で大男の前に立ったはいいものの、叩きつけられてもう死んだって思ったし、姉ちゃんに力を貸せ!って言って・・・そうか、イトの声』

【そうだ。オマエの兄貴を思う気持ちと、娘を思う気持ちが刃属性をお前に宿したんだ。雷の血液としてな。これでお前は雷・癒・刃・水の四属性を手に入れたわけだ】

『え、なんで?いつの間に?』

【オマエ本当にバカだろ。雷の血液飲み込んで自身が剣になっただろ?あれで雷・水・癒に刃も飲み込んだってことだ】

『そういうことか、刃の力・四属性、よし!これでミライさんを超えたってことか?』

【バカヤロウ、ミライは物理四属性だろうが!しかも神剣使うんだぞ?お前なんかまだまだ下っ端だ。それより最後の地獄に行く準備は出来てるのか?】

『おうよ、もう四属性使えるんだぜ?「どこでもこい」って感じだぜ』

【オマエなあ、毎回死にそうになっているくせによくそんな強気でいられるってもんだ。頭おかしいだろ?まあいいや、これ持っていけ】

イトは真っ黒に焦げてすすけた汚い剣をオレに渡した。

『なんだこれ?汚い剣だな、何でこんなものを?それに最後の地獄って』

【つべこべ言わずに行って、オレの胴体と顔を奪ってこい!「血炎地獄」楽しんでこいや!】

そういうとオレは渦の中に蹴落とされた。落とされた瞬間からもう熱気が伝わる、名前からすると熱いところなのであろう。落ちるにしたがってどんどん熱くなっていき、身体の表面から焦げる様な臭いがするほど灼熱の地獄にオレは汚い剣を持った状態で叩き落された。そして着地した場所は地面ではなく、燃え盛る血の池だった。

『燃える、焦げる、あちちち!!』

急いで這い上がったが身体の表面はところどころ焦げている。息をしようにも大きく吸い込むと肺が焼けただれてしまいそうだ。周囲を見渡すと罪人たちが燃える火に包まれて絶叫しながら叫んでいる。

≪もう二度と人殺しはしません!熱い、助けてくれー!お願いしますから≫

そんな奴らが沢山いる中で人間の三倍くらいある大きな影から声が聞こえる。

《汝らは助けを乞う人間を助けたのか?命を奪ってきたのであろう、焼け焦げて苦しくとも決して死の許されない「血炎地獄」、もっと楽しむがよい》

とんでもなくサディスティックなでかい影だ。こいつだけは敵に回しちゃいけない奴だ、本能でわかる。さっきの大男なんて可愛く思えるほど、残忍で強大で激しく、情け容赦の全くない奴だ。

《汝の名を言え》

でかい影はオレに向かって話し掛けた。

『コ、コタロウだ』

《何故この地に足を踏み入れた?そして何故ワシの剣を持っている!!》

そう言うと一段高い所の台座に座っていたでかい影は、一歩踏み出すごとに地面をマグマのように溶かしながらオレに近寄り、その全貌を明らかにした。全身燃え盛り、恐ろしいまでの気迫に押しつぶされそうだ。

(悪魔だ、こいつ悪魔の親玉だ。しかも「ワシの剣」ってどういうことだ?これはイトが落ちる前に投げてよこしたものだ)

『いや、この剣はここに来る前に渡されただけで・・・』

聞いちゃいねえ、大きな口を開けてバカでかい火の玉を吐いてきた。ちょっと腕をかすめるくらいで何とか避けたが、腕の皮一枚焼け焦げもっていかれた。

《キサマがワシを閉じ込めたのか!骨も残らぬように焼き尽くしてくれるわ!》

(ヤバイ、完全にブチギレていやがる。これは出来る事をやってみるしかないな)

『トランス・ベゴマクト・血虎の斬(改)・・・雷水刃癒の最上級剣技』

首を跳ね飛ばす勢いで斬撃を放ってみたが、ビクともしねえ。

《その程度でワシの剣を持つとは愚か者め!》

そう言った刹那、瞬時に作り出した炎の槍で身体を貫かれた。

(自分の身体が中から焦げる臭いって初めてだ、ラドゴーマなんて比較にならねえ・・・)

内部から焼かれ、苦しみもがきオレは死んだ。

【リアラ】

どこからかイトの声が聞こえたかと思うと、オレは生き返っていた。

《何度でも焼き殺してくれるわ!》

『ぐああ!』

【リアラ】

『ごはぁ!』

【リアラ】

『ぎゃああ!』

【リアラ】

焼き殺されることに慣れなんて無い、毎回苦しみなんて生易しい言葉では言い表せないほど、(激死・帰命)を繰り返す。数十回焼き殺されては生き返りを繰り返し、オレはとうとう悪魔に懇願した。

『お願いします、もう・・・死なせてください』

《そんな甘い事が許されると思うのか、ワシを閉じ込め剣を盗んだコソドロめが!万死に値する》

死ぬことが甘い事だと言われた。プライドも何もかも捨てて精一杯懇願しているのだが、聞き入れてもらえないまま、更に数十回焼き殺された。

(オレは剣を盗んでいないし、閉じ込めてもいない。なのになぜこんな目に)

『待ってください。剣はお返ししますから助けてください、お願いします』

《そんな魂の宿っていない剣などワシの物ではないわ!》

身体を焼かれ内臓を焼かれ脳を焼かれながら、

(ワシの剣だと言ったと思ったら今度はワシの物ではないって、意味がわからない・・・)

『ぐわあああ!』【リアラ】

もうすべてがどうでもいい、この苦しみから解き放たれるのであれば何でもする。地獄を舐めていた、こんな思いをするのなら強さなんて要らない。誰か助けてくれ、オレが望んでここに来たのだから、地獄で自決できないのはわかっている。

『イト、頼む。オレを死なせてくれ』

【オマエ舐めてるのか?テメエの生き死になんてどうでもいいんだよ、オレ様の残りの身体を持って帰ってくるまで何度でも生き返らせてやる】

『頼むから死なせてくれ、何でもするから』

オレは心の底から懇願した。もうこの苦しみから解放されるのであれば何でもやる!

【チッ、しょうがねえ。身体は諦めるかポンコツめ!本当に何でもやるんだな?これが出来たら死なせてやるよ】

目の前にいる大きな悪魔がトーエに姿を変えた。

『姉ちゃん!どうしてここに?』

〔コタロウちゃん、もういいの。頑張ったね。イトという人が頭の中に話しかけてきて、私を呼んでくれたの。こんな辛い思いさせちゃっているなんて全く知らなくて、それなのにどんな時でも私を守ってくれて。ありがとう〕

オレは憚らずに姉ちゃんの胸でワンワン泣いた。

〔もう大丈夫よ、私が一緒に死んであげる。そうすればコタロウちゃんはこの地獄から抜け出せるから。イトという人から「一緒に死んでやってくれ」って言われて、あなたの辛さも私が受け止めなきゃって思って来たの〕

姉ちゃんは涙を流してオレの頭を抱きしめながらそう言ってくれた。灼熱ではなく、なんと温かい。これが温もり、何度も焼かれ殺され、求めていたのはまさにこれだ。それにオレはずっとこの温もりを望んでいた。

〔いいよ、大好きなコタロウちゃんの為にこの命あげる。何度もあなたに救ってもらった命だもの、こんな時くらい役に立たせて〕

そう言うと焼け焦げたボロボロの剣をオレに握らせ、刃先を自分の心臓辺りにもっていき、

〔さあ、刺して。私も覚悟を決めてきたんだから迷わないで。大丈夫、トーエ姉さんを信じなさい!笑って死んであげるわ!〕

いつもの優しく天然で、それでいていざという時には心の支えになる姉ちゃんだ。オレは頷き、涙を拭う事もせず剣を持つ手に力を込めた。剣を持っている手から出血するほどの力で握りしめているのに、今更になって迷い苦しむ。

『姉ちゃん、イト。ごめん、これだけは出来ねえ』

【キサマ、何でもやると言ったではないか、やれ!その女を殺せばお前は晴れて死ぬことができ、現世に戻る事が出来る。やれ、女の覚悟に恥をかかせるな!】

オレは剣から手を放し、燃え盛る地面に頭を何度も打ち付けた。

『イト、他に方法はないのか・・・これだけは出来ねえ』

【情けないにもほどがあるぞ、キサマ!】

『何とでも言え、もう全てがどうでもいい。でも、姉ちゃんだけは殺せねえ、だって彼女はオレそのものだから。』

【バカの為に教えてやる、オマエそのものを殺すからこそ意味があるのだ。心の中にある「絶対にこれだけは出来ない」という業を背負ってこそ死ねるのだ。「生きる事は辛き事」それを当たり前と思い、簡単だと勘違いしている死を受け入れたいのであれば、オマエそのものであるその女を殺せ】

〔コタロウちゃん、もう苦しまないで。一緒に死んであげるから〕

流していた涙はいつしか血の涙に変わっていた。

『頼むよ、イト・・・腕を捥がれようが眼玉を刳り貫かれようが構わねえ。でも姉ちゃんだけは無理なんだ・・・』

【生易しい覚悟で地獄に飛び込みやがってクソ野郎が、この腑抜け野郎!女一人も殺せねえで死なせてくれなんて甘ったれた事を抜かしやがって!】

吐き捨てるように言われたが、できないものはできない。そのやりとりが聞こえていたのか、トーエはニッコリと笑って剣を拾い、

〔コタロウちゃんの為なら死んであげられるから・・・〕

そう言って自らの胸に突き刺した。

『姉ちゃん、ちょっと待て!おいイト、何とかしろ!!姉ちゃん死んじまう』

トーエは約束を守った、呻き声一つ立てずに笑って息を引き取った。この灼熱の中で涼しい顔をして自らの命を差し出したのだ。

『姉ちゃん・・・オレの為に・・・俺なんかの為に・・・くそったれが!』

自分に対する怒りが沸点に達し、身体中の毛穴から血が噴き出した。客観的に自分を表現するならば、血液の霧を纏い、口からは焼き尽くさんばかりの剛煙を吐き、バーサク状態なんて生易しいものではない。自らが悪魔と化した瞬間だった。

『イト・・・テメエ・・・ゼッタイコロシテヤル!!』

【威勢のいいこって、そんなところからどうやってオレを殺すって?さっきまで「しなせてくださいー」なんて言っていたオマエが、笑わせるな】

『ナニガオカシイ・・・』

オレはトーエの胸に刺さっている剣を抜き、怒りと憎しみの炎を宿した。噴き出した血の霧に引火し、身体中が激しい炎で燃え盛っている。剣はまるで炭に着火して激しく燃えるが如く、炎の刃と化した。

『ソコカラオリテコイ!』

「血炎地獄」の空に向かって刃を振るった。時空間の裂け目ができ、イトの姿が見えた。何故だかわからないが、この時はイトの居る場所がはっきりとわかったのだ。トーエに姿を変えていた悪魔が後ろからオレに向かって話し掛ける。

《キサマ、地獄を束ねる「血炎王」を他所に誰と話している!》

瞳は燃え、口から剛煙を吐き身体中を怒りの炎に包んだオレは

『ウルサイ、キエロ!』

と悪魔を炎剣で切り捨てた。自分でもこの状態をはっきりとは思い出せないが、後にイトから聞いた話では(オレを超えていた)と言っていた。イトは裂け目から「血炎地獄」に降り立つと、オレが斬り捨てた悪魔の死体の方に歩いて行った。

『オマエ、コロシテヤル!!』

そう言って斬りかかるとその炎剣を素手で受け止めた。

【よし、これで全部揃った!剣も復活しているな、よしよし!】

ポイと剣を手放され、怒りに狂っているオレが再び斬りかかろうとした時、イトの身体は眩い光に覆われて、先程の悪魔の姿になって言った。

【汝、強き者と認めたり。その力を憎しみではなく怒りの炎として使うがよい。女は現世で無事だ、これよりキサマの心臓として力を貸してやる。我が名は炎神イフリート、炎の神剣をこの地獄で振るってみるがよい】

「トーエは現世で無事・炎神イフリート」それを聞いてオレは正気に戻った。言われた通り憎しみを静め、怒りの炎を体内でコントロールして一気に爆発させる感じで剣を振るった。

『炎神の斬・・・炎の神技』

業火はすさまじい斬撃となって地獄の炎を一瞬で沈下させ、まるで火に油を注ぐが如く爆発炎上した。

【汝には炎神が力を貸す。これで「炎・雷・水・刃・癒」の五属性に炎神が付き、キサマは「勇者コタロウ」を名乗るがよい。五属性剣技も使えるはずだ。ここでやってみるがいい、もう内臓は焼けはせぬ】

体内にて炎を爆発させ、他の四属性を練り剣を地面に振り下ろした。

『閻龍の斬(改)・・・炎雷水刃癒の最上級剣技』

地獄の地が裂け、燃える池の血が地面の裂け目に流れ落ちて大きな滝と姿を変えた。

【仲間の元に戻るがよい、皆が待っている】

オレはみんなの元に戻り、修行の成果を説明した。中でもミライさんとミレイさんは瞳を輝かせて聞いてくれた。更に姉ちゃんが腰を抜かす出来事が起こり、我々も片膝を地面に着き礼儀正しく会話を聞くことになった、面白い事が起きたからだ。

両神がミライとコタロウから出てきて話し始めたのだ、氷神シヴァと炎神イフリートの対談である。

〔其方、邪神ムーンによって五体バラバラにされ地獄に封じ込められたと聞いていたが、この者があの難攻不落と言われた地獄からお主の身体を集めてきたのか?復活するには炎の剣に魂を宿さねばならなかっただろうに〕

【うむ、こやつの怒りと憎しみの力は一瞬ではあるが、この炎神を超えおった。凄まじい負の力で燃え朽ちた剣に命を宿しおったわ、まあその負の感情は剣に吸い取らせて本人は普段通りに戻っておる。そこで相談なのじゃが、コヤツ、ムーンの資格ありとこの炎神見極めたのだが其方はどう思う】

〔怒りに任せて剣を振るう様では資格ナシかと思ったが、貴殿がそう言われるのであれば充分資格は持ち合わせておるのじゃろう。ムーンの凍結は溶こう〕

こうしてムーンの鎧と剣は帰ってきた、剣を握って見て感じた事がある。こんなにすさまじいパワーを秘めていた剣であったことが今ならわかる。

『両神よ、オレの剣に曇りがないかどうか見てはもらえないか?』

【その剣を炎剣と化すか、面白い。氷神にも見せてやれ】

〔うむ、みせてみよ。炎上したら鎮火してやる〕

オレは呼吸を整え集中し、体内で爆発させるが如く剣を地面に振るった。

『炎神の斬・・・炎の神技』

地面は深く割れ、溶岩が噴き出す。

〔加減をせぬか、バカものめ〕

氷神が強力な冷気によって地面を元通りに戻してくれた。

〔しかし、その刃に怒りや憎しみは感じぬ。よいか、ミライ・ミレイもよく聞け。神剣とは天地を揺るがすほどの剣、コントロールできなければただの破壊兵器となってしまう。これから日々、修練せよ〕

そう言い残して氷神と炎神は各々の腕に戻っていった。

[地獄の炎神とは噂に聞いていたが、ここまで凄まじいとは正直驚きました。しかもあの氷神が認める、炎神イフリートをその手に宿すとは。僕等は二人で氷を宿しました。コタロウさんは一人、さすが勇者だ]

『何度も心はぶっ壊れたし、何度も死んだよ。地獄っていう所を舐めていた、あそこを束ねているんだから炎神はとんでもないヤツだよ。それはそうと、姉ちゃんのほうは進んでいるのかい?』

[それが・・・。白魔法だけならほぼ大丈夫なのですが、召喚となると毎回氷神シヴァに頼るのも本人の為になりませんし、そもそも召喚士が召喚できる条件として「勇者二名と魔法剣士二名に守られるとき」という条件があるのです。今はまだ勇者一名が足りない状態ですので、回復魔法の修練をしている所です]

『なるほど、そういう掟があるんだな。ってことは兄貴はまだ帰ってないんだ』

[はい、コタロウさんの方が元のスキルも上でしたし、彼の場合は強いといっても「サンの力あってこそ」というのが正直なところです。コタロウさんの様に悪魔になり切る事も彼には難しいのではないかと思います]

『おいおい、そんな元は悪魔ですみたいに言わないでくれよ。でも確かにそうかもな、兄貴は優しいからな。俺と同じ道を歩いたら即死んでると思う』

ミライ・コタロウは互いに腕組みして黙ってしまった。


― コジロウ編 ―

コタロウ達と別れ、サン・ムーン・アースの眠る場所に向かったコジロウ。彼もまた氷神シヴァによってサンの意志である鎧と剣を凍結されて丸腰である。幾度かレベルの低い悪魔に出会うものの、彼には劣らず体術がある。ミライが肉体改造から行ったのに対し、コジロウはコタロウには及ばないものの鍛え上げられた肉体がある。伝説の勇者三名の墓には綺麗な花が供えられていた。

「綺麗な花だ、毎日誰かが手入れを欠かさずに行っているのであろう」

墓の前で礼を尽くし祈りを捧げていると、

《あの・・・、何か御用ですか?》

と花々を持った美しい女性から声を掛けられた。

「初めまして、怪しいものではありません。伝説の勇者の眠るお墓があると聞き、修行をするのならば先ずはご挨拶に伺ってからと思いまして、今祈りを捧げていたところです」

《まあ、礼儀正しいお方だこと。どちらかの町に伝説と言われる聖騎士になられた方がいらっしゃると風の噂に聞きましたが、きっと貴方の様なお方なのでしょうね》

丸腰の状態で(はいそうです)というわけにもいかず、何か伝説の三名について知っていることは無いかと訊いてみる事にした。

「毎日お花を手向けていらっしゃるのですね、心の美しい証拠です。なぜ貴女はこの三名にお花を?」

その問いかけに先程の穏やかな女性とは思えない気迫で肩から後ろに掛けていた剣を抜き、構えて彼女は僕に言った。

《さては貴様もこの聖なる墓より何かしらの情報を盗もうとする輩か!》

そう言うと問答無用とばかりに彼女は大剣を僕に振り下ろした。僕はそれを両手で挟み止めた後に、両腕を上げ敵意がない事を示して

「いやいや、違うのです。確かに敬愛する伝説の三名より何か告げられることがあったら幸いかとは思いますが、そんなよこしまな気持ちで参ったのではありません。ですからどうぞ剣を納めてください」

その言葉を聞いて彼女は剣を背中に納め、

《この剣を受け止めるとは、貴方只者ではないですね。よこしまな奴らはことごとくこの剣で葬ってきました。そうでしたか、大変失礼いたしました。ガイアに墓を荒らされてからというもの、そういう輩が毎日とまで言わないまでもよく来るものですから。私は勇者の墓のお世話を代々受け継いでいる一族の末裔で名を「アナ」と申します、非礼お許しください》

「いえ、こちらこそ貴女の気持ちも考えずに不躾な発言をお許しください」

僕は女性に丁寧に頭を下げた。

《女の私に命乞いするでもなく、そんなに綺麗に頭を下げられた方は初めてです。きっと心の真っ直ぐな、清らかな方なのでしょう。どうぞ頭をお上げになってください》

彼女は丁寧な口調で穏やかに僕に話し始めた。

《オメガという禍々しい化け物が墓を荒らし、闇の錬金術を行使して聖なる魂を生贄にしていると聞きます。私一人でも闘いに行きたいのですが、なにぶん私は師を持ちません。この背中に背負う大剣だけが私と墓を守ってきました。方々の町や村がオメガによって呪われてしまったと聞きます、私には勇者の墓のお世話をする事くらいしかできないのがとても歯がゆいのです》

瞳に涙を浮かべながら彼女は僕に訴えた。

「アナさん、僕はそのオメガを倒すための修行にゆく第一歩としてこの墓を訪れたのです」

(この女性ならわかってくれる、話してもよい)と思い、僕は自分の身に起こったことを様々伝えた。彼女はとても興味津々で聞いてくれ、ミライが砂になった事や僕自身がリスに姿を変えられたこと、ガイアサンの事やレイワさんの事、そして氷神シヴァとの出会いまで全部話した。

《もしや貴方ならこの剣を振るう事が出来るのではないでしょうか?》

話を聞き終えた彼女は、僕に背中の大剣を差し出した。

(確かに大きい、女性が持つには重かろう)

受け取って驚いた。重いなんて代物ではない、彼女が普通に背負っている事も不思議ならば、これを僕の頭上に振り下ろしたその腕力も凄まじいと言えるほどの重さだったからだ。

《その剣は力で振るうものではなく、心で振るうものです。私の様に剣技も何も知らぬ者にはせめてこの重さを持って悪党を薙ぎ払う必要があり、この剣は代々受け継がれてきたのです。体格は勿論の事、心の澄んだ貴方ならこの剣を振ることが出来るのではないかと感じましたゆえ、ただしお気を付けいただきたい事がございます。その剣は持つ者によって姿を変えます、過去に身体の大きなよこしまな輩が私を抑え込んでこの剣奪い取って振ろうとしましたが、持った瞬間にある者は剣に押しつぶされ、ある者は持ち手側が刃に変わり腕を落としました。墓を守る者、それ以外には心の清らかなる者でなければ自身が刃に倒れましょう。その覚悟がおありなら、どうぞ振ってみてくださいませ》

これは脅しじゃない。禍々しさは微塵も感じないが、とても神々しく力強い魔力をこの剣からは感じる。

「わかりました、失礼します」

そう言って上半身に来ていた上着を脱ぎ棄て、横の清流で身を清めた後、気を集中させて紫の閃光と化した僕は彼女から剣を受け取った。

(重いながらも立派な剣だ、この女性はこれを背負ってずっと勇者たちを守ってきたのだろう。僕達がオメガを倒すまでの間、今しばらく彼女に力を貸してやってください)

そう願いながら剣を持ち、頭上高く持ち上げた。今のところ剣が僕に攻撃してくるような感じはない、それどころか僕の腕にある紋章と共鳴して紫の閃光から金紫の閃光に僕は変わっていた。例えはおかしいかもしれないが、まるでトーエが隣にいるかのような安心感と癒しを感じる。僕は宙に剣を振るった。

「彗蓮の斬・・・火水癒の上級剣技」

本来火と水は相いれないものだが、そこに(癒し)が入る事により融合して水蒸気爆発を起こすのがこの剣技の特徴だ。そして爆発後には癒しのミストが降り注ぎ虹を作る。この光景を見てアナは涙を流し、

《貴方ならきっとやり遂げられる事でしょう、闘神様の試練を是非お受けになってくださいませ!》

こう言って硬く両手を握られた。

「アナさん、闘神様の試練とはどのようなものなのでしょうか?」

《古代より伝えられし伝説の試練です。墓をお世話する当家の記録によれば、この試練を超えた者はまだ一人もいないと記されておりました。清い心で屈強な肉体と精神を持ち合わせた人間が、この試練に挑むことが許されるのです》

「僕はまだその試練を受けるに値する人間かどうかわからないですよね」

そういうと彼女はハッとして

《私の母が一時的なものではありますが、闘神様の意志をその身に憑依させる事が出来ます。この家の女は代々齢を重ねると同時に闘神様が憑依なされるように日々身と心を清めております、でも仰る通りまだ闘神様のお許しを戴かなければなりませんね。もしよろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか》

「申し遅れました、僕はコジロウと申します」

《コジロウさん?あのフルールのコジロウさんですか?》

「は、はい。そうですが、ご存じなのですか?」

《ご存じも何も、お役人に盾突いた聖騎士様って有名です!それも悪い事には一切染まらず、良い行いをしたのに投獄なされたと》

なんだかここまで言われると聊かこそばゆい気もするが、ガイアさんの一件もあった事だし、投獄されていたところをコタロウに助けてもらったのは事実なので名が知られていても仕方ない。

「はい、お恥ずかしい話ですが僕がそのコジロウです。先程もお話ししました様にオメガを倒す為の修行の第一歩としてこの地を訪れました。宜しければご母堂様にお目通り願えませんでしょうか?」

《もちろんです、こちらへ!》

彼女は嬉しそうに僕の手を握って自分の家に走り出した。






重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。