White out
食べるものが何もない。日差しを浴びるときにいつも座っていたあのクッションの上に注がれていた、どの季節の陽射しより暖かい視線がなくなってから何度夜を過ごしたのだろう。部屋にこもっていても仕方がないので、窓から外に出てみた。
風が冷たかった。何も見えないし、何も聴こえない。……見ているものは色褪せ、聴いている音はぼんやりとしている。そこに心が見当たらない。だから何も見えないし、聴こえない。
いつかもらった魚が食べたいと思った。あの柔らかくて、脂の載った魚を。あれをくれるときにはいつも膝の横に背の高い瓶があった。あの飲みものがなんだったのか、いまもよくわかっていない。どうも水ではないらしかった。あれを飲んでいるとき、いつにも増して優しかった。普段よりよく構ってくれた。
体が冷えてきたので、部屋に戻った。部屋に戻ると、なんとも気分が落ち着かない。最後に匂いを嗅いだとき、真っ黒で危ない匂いがしていた。僕はひたすらに鳴きまくった。いつもより影が色濃く見えた。
僕は置いていかれた。今頃どこで何をしているのだろう。ガラスの瓶は持っていったのだろうか。僕は何も食べていない。それより、水が飲みたいと思った。要求したいことがあっても要求する相手がいない日々に、僕はやがて、声の出し方を忘れていった。なんだか真っ白だと思った。昼間でもないのに、すべてが眩しく見えてきた。体から、余計な力が抜けていくのが薄らぐ意識の上にもよくわかった。
***
どこか遠くから、あの魚の匂いがしてきた。それは使い慣れた小皿の上に載っていた。僕は夢中で貪った。ふと見遣ると、傍らにいつもの瓶があった。ああ、世界は何かを見るには白すぎる。いま食べているこの魚を差し出してくれたのがいったい誰なのか、僕の目にはもうわからなかった。
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