アトリエへの就職と人生設計について
これからアトリエ志向の建築学生の皆さんは就職活動を開始するタイミングであろう。募集する側の設計事務所の主宰者としては「インスタレーションからまちづくりまで!いろいろな仕事があります!」とアピールしたくなるのだが、応募する側の学生は実はそんなことよりも「自分の人生設計をどうサポートしてくれるのか」のほうにより興味があるのではないかと思われる。
自分も設計事務所を20年ほど主宰してきて、かつ40代も後半になってくると、自らの反省を踏まえ、20代から30代にかけてどのように過ごすべきか、事務所の若い世代のメンバーが人生をデザインする環境をいかに整えればいいのか、を考えるようになり、以下のようにまとめてみた。ご笑覧頂ければ幸いである。
設計事務所への在籍期間
そもそも設計事務所の在籍期間は何年と設定するのがよいだろうか。もともとRFAでは標準在籍期間を「6年」と設定し入社時に説明していたが、プロジェクトの規模とスタッフの成長、ライフステージとのバランスなどを見ていると「9年」が現実的なのではないかと感じるようになった。
設計や協議の作法を学ぶ「教育訓練期」が4年、「自立期」が2年、部下の成果を管理し経営に参加する「マネジメント期」が3年だとすると、概ね学部・修士・博士課程に相当するイメージ。設計や協議は6年で身につくとして、経理や会計、税務や労務などを扱う経営会議に参加して経営を学ぶとなると9年はかかるのである。
これは設計事務所が公共施設をメインとしてそれなりの規模の建築の設計を手がけるようになった場合である。住宅やインテリアデザインを専門にしている少人数の事務所(例えば売上1-2000万円程度)であればもう少しサイクルが短いであろうし、再開発をメインにするような大きな事務所(例えば売上10億円以上など)であればより長期にわたるようになるであろう。
もし将来独立してチームを持ち、住宅だけでなく公共施設などを手がける設計事務所(売上1億円程度)を経営していきたいと考えるならば、設計や協議の作法を学ぶだけでなく、経営にも参画してマネジメントの経験も積んだほうがよい。そう考えると25歳で就職して34歳くらいまでかかることを前提に人生を設計する必要があるのではないだろうか。
仮に組織設計事務所やゼネコン設計部、ハウスメーカーなど大きな組織に25歳で就職して60歳まで勤め、最後に役員となって経営者となるとすると、 組織事務所での成長のための期間は35年間となりざっと考えてアトリエの4倍(自立まで16年、自立して8年、マネジメントで12年)となる。
25歳で入社、ジョブローテーションでいろいろな現場を経験して40歳で若手、チームを率いてバリバリ活躍し50代には管理職となって組織全体を見渡す、という大きな組織のスパンに比べれば、アトリエの9年など短く思えてくる。逆に言えば組織の4倍のスピードで成長が果たせるのがアトリエの環境だと言えるのかもしれない。
何から実現するか
もし今自分が大学院を出る頃、建築に対するある程度の知識もつき、関心も定まって世の中に出るタイミングだとしよう。若手建築家の事務所に在籍したい、海外でも働いてみたい、将来は独立したいし大学で研究室を持ちたい、もちろん結婚もしたいし子どもも欲しいし自邸も建てたい、と考えていたとする。
そんなときに先生や先輩に相談しようものなら「今すぐ海外に行け!」とか「30までに独立しろ!」などといろいろな(バイアスに富んだ)アドバイスが飛んでくるかもしれない。こちらが知りたいのはこれらの目標をいったいいつまでに、どういう順序で実現していけばいいのかという人生全体の工程のイメージである。独立にせよ、結婚にせよ、最終的にはそれぞれのタイミングでなされるものであるが、建築家として生きていく際に考慮してもよいいくつかの環境条件もあるということは知っておいて損はない。
たとえば作家型建築家の作品発表の場であるメディアは若ければ若いほど取り上げられやすい。新しいスターを発掘するのがメディアの重要な役割であるからである。作品を何か実現すれば、それが例えまとまった建築でなくインテリアの一部や家具、インスタレーションや展覧会の会場構成などでも、30代までは高確率で採り上げられる。
ところが40歳を超えるとその特権は次世代に譲らなければならない。スキルは上がって仕事の幅も広がり、作風も定まる頃、ようやく実現した傑作だと思った建築作品も40歳を超えるとなかなかページをもらえなくなり、やがて掲載されなくなっていく。そう考えるとデビューは早ければ早い方が有利となる。
30代になると子どもを持つ同級生も増えてくる。統計的に妊娠の確率は35歳くらいまでは比較的高いがそれ以後は低くなる。医療の力を借りたとしても、40歳はひとつの区切り線であろう。
子どもを持つと欲しくなるのが自邸である。ところが現在の日本の銀行(を監督する省庁)のスタンスであると、住宅ローンの審査は法人に勤める社員には開かれているが、法人の役員となっている者には厳しく、独立して法人の役員になってからでは組めなくなることが多い。ローンの期間は35年であるとしても、あくまで70歳くらいが返済期間の終了であると考えると30代後半にはローンの返済が始まった方がよいであろう。
これらを総合すると、アトリエを構える作家型建築家の人生には「40歳の壁」があると考えた方がよい。いま25歳であったとしても、夢の実現のために残された時間はたった15年なのである。
そうなると理想の順序としては「一級→結婚→子ども→自邸→独立→作品(→博士号→単著→大学に着任)」の順となるのかもしれない。先に独立してしまうと選択肢が狭まるので「30までに独立」というよりは「35までに独立しつつも外部パートナーとして業務委託を受け40までに完全独立」が現実的なのではないだろうか。
設計事務所に求められる環境とは
以上のように考えれば、設計事務所の環境としては(1)資格取得サポート(休日や手当など)→(2)育児サポート(育休制度や時短勤務など)→(3)住宅取得サポート(30歳前後で35年ローンを組んで住宅を建てられる給与水準かどうか)がクリティカルになる。
資格取得サポートに関しては平日の残業が多すぎないか、週末に時間が確保できるかどうか、資格学校への学費へ手当できるかどうかなどがポイントとなるだろうし、育児サポートに関しては短時間勤務(時短)や子どもが発熱した際などのリモートワーク、出張の頻度の調整などの配慮が可能か、などがポイントとなるかもしれない。
給与について、上を見ればキリがないが、肝心なのは住宅ローンに申し込む時点での年収が居住地の住宅取得に届くかどうかであって、設計事務所というビジネスモデルの性質上、初任給の額面が水準より高ければ短期間で収益化しやすい商業系に特化するなどの偏りがあるかもしれないし、住宅を年に数件受注するだけなのにスタッフがたくさんいるような場合は低賃金・長時間労働などが常態化して環境に課題がある可能性がある。
学生のうちにインターンなどでいくつか事務所をのぞいて自ら事務所の雰囲気を感じ取るのが確実である。総じて言えばスタッフが平均的に長く働いている事務所は過不足なく働ける環境が実現されていると言えるだろう。
もし順調に資格を取り、育児しながら住宅を手に入れたとしても、そこから独立するとすると35歳から40歳くらいの30代後半にメディアから着目される建築作品も仕込みつつ子育てにも取り組まなければならないためハードワークになってしまう。そこで独立後しばらくは業務委託などで一定の収入を確保できるような独立サポートについても予め想定できると見通しが立てやすいだろう。
これらの資格取得・育児・住宅取得・独立などの、ライフステージ上の課題について態度をはっきり表明している設計事務所はZ世代から選ばれる事務所になるのではないだろうか。
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いかがでしょうか。これが正解というわけではないですが、これまで設計事務所の主宰者として事務所のメンバーと話すなかで、教員として就職活動に望む多くの学生と話すなかで感じたことをまとめさせて頂きました。
将来建築家として独立したいので建築家のもとで働きたいけれど人生設計が不安という学生の皆さんや、意欲ある若者を迎えたいけれど建築への情熱のまえに待遇ばかりを気にするZ世代とどのように接してよいかわからない設計事務所の主宰者の皆さんは参考にして頂ければ幸いです。
私が主宰するRFAではこれらの考察をもとに労働環境の制度設計や働き方へのフィードバックを行っています。メンバーによってそれぞれですが、20年にわたる試行錯誤の結果、資格を取り、結婚を果たし、土地を購入し自ら設計した住宅に住んで子どもを育てているメンバーも出てきたので労働環境として一定の水準に達した(少なくとも障害は解消した)のではと考えています。複数の子どもを育てながら働く人、子育てがひと段落した後に復帰した人など、さまざまなケースがあります。
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RFAでは2025年3月修了予定者を対象とした面談を実施しています。上記の考察も踏まえ、応募される方の人生設計、RFAのチーム設計、それぞれの選択肢を豊富にすることが目的です。エントリーお待ちしています。
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