犬の娘
母の母の母の父、つまりはひいひいおじいちゃんが犬だったと聞かされたのは私が高校1年生の時だった。
母の家はもともと高知の山の方の農家だったらしい。ひいひいおばあちゃんが子供の頃、猟師が仕掛けた罠に掛かって怪我をした犬を助けた。数日経ってやってきた若い男が、助けてもらった恩返しにとやってきたあの時の犬だったらしい。住み込みで家のことを手伝うようになった男はやがてひいひいおばあちゃんと恋仲になり、結婚して婿入りして養子になった。その子孫が私なのだ。
私は人よりも少しだけ毛深いことを気にしていた。思春期の女性にとっては由々しき問題だ。むだ毛の処理について母に相談していた流れでその話を聞かされたのだ。随分驚いたものだが、だから少し毛深いのかと思うと妙に納得した。山の方では犬や猫、狐や狸やその他の山の獣と結婚するようなことが昔はよくあったらしい。私自身、驚きはしたが不思議と嫌な気持ちではなかった。
当時私は、バスケ部の猿田先輩のことが好きだった。猿田先輩はその名の通り猿の血を引く家系であった。江戸時代、小さな藩の大名の家臣だった猿田くんの先祖は、江戸に向かう大名行列の途中の山道で山賊に襲われた。その時山にいた猿たちが助けてくれたのだという。猿たちに感謝した殿様は猿を家臣として登用し、猿田くんの祖先はその猿と縁組みをし、家名も猿田と改めた。由緒ある猿の血を引く家系なのだ。
『犬猿の仲』なんて言葉があるくらい、犬と猿というものは相性が良くないものだ。私は猿田先輩に何度も告白をしたが、全く受け入れてもらえなかった。今思えば猿田先輩はずっと女バスの部長と付き合っていたというだけだったのだが、当時は犬の血を引いているせいでフラれたのだと思い込んで随分呪ったものだ。今となっては懐かしくさえある。
どうして私だけ犬の血が覚醒して能力者になったのか。それは私にも分からない。しかしこうして政府直属の戦士として人ならざるモノと戦うことが出来ているのもこの能力のおかげである。人間の能力を遥かに凌駕する嗅覚と身体能力、そしてこの爪と牙がなければ、私はおそらくあのまま大学を卒業して田舎の教師として平凡な人生を送っていたことだろう。私は今の自分の仕事に誇りを持っている。
急に昔のことを思い出したのは、見習いとして部隊に新しくやってきた少年が高校1年生だったからだ。彼は私と同じく先祖から受け継いだ血が突如覚醒したものの、まだその力をコントロール出来ずにいた。彼の名前は猿田ユウキ。そう、あの猿田先輩の子供だった。なんという運命なのだろう。ユウキ少年はあの頃の猿田先輩にそっくりな目をしていた。彼を立派な戦士として育てることが私の宿命なのかもしれない。カチコチに固まって挨拶をする猿田少年の頭を、私は無造作に撫で回してやった。