痩せゆく彼女
彼女がダイエットをすると言い出したのは昨年の春頃だった。どうせまた三日坊主になるだろうと高を括っていたが、どうやら今回は本気だったらしい。週2で通っていた大好きなラーメンを月1に減らし、食事制限をしてジムにも通うようになって、88キロあった体重は今や65キロにまで落ちていた。
彼女とは付き合って4年目になる。趣味のSNSで繋がってオフ会で初めて会って意気投合して、2人で会うようになって3回目で告白したのは僕の方からだった。それからここまで、特に大きなトラブルもなく仲良くうまくやってきた。初めて出会った時から太っていて、確か当時は75キロぐらいだったはずだ。彼女は典型的な、『痩せたら美人なのに』と言われるタイプで、学生時代にはぽっちゃりさん向けのファッション雑誌で読者モデルをしたこともあるくらいだった。食べることが何より大好きで、僕が彼女のことを好きかもしれないと思ったのも、冬眠前のリスのようにほっぺを膨らませてから揚げを頬張る笑顔を見たのがきっかけだった。これまでにも何度かダイエットをすると言い出したことはあったが毎回失敗し、その度に痩せる必要なんてないんだよと言って一緒に焼き肉に行くのがパターンになっていた。そんな彼女が、初めて本気でダイエットに取り組み、そしてきちんと結果を出している。しかし僕は複雑だった。
僕はぽっちゃりした女性が好きだ。もちろん太っていたからというだけで彼女のことを好きになったわけではないが、彼女のことを好きになったきっかけのひとつではある。恋人として、健康のため美容のために彼女がダイエットをしようとしていることを応援する気持ちは当然ある。ダイエットの結果が出るにつれて彼女がどんどんポジティブになっていくのは素晴らしいことだと思っていた。しかし一方で、彼女が痩せていくことを残念に思う気持ちや、痩せて(一般的な基準での)美人になっていく彼女が他の男に取られるんじゃないかという不安もあった。正直ダイエット前の、88キロあった時の彼女が外見だけで言うなら一番好きだったし、なんならまだもうちょっと太ってくれてもいいと思っていたくらいだった。でもあの時の彼女はもういない。僕の隣にいるのは65キロに痩せてすっかり美人になってしまった彼女だった。
ぽよんぽよんのお腹は随分とすっきりして、くびれのようなものが観測出来るくらいになった。まんまるかった顔もシュッとして、元々くっきりと整っていた目鼻立ちが際立つ美人になっていた。小玉スイカ2個分くらいあった大きなおっぱいは、それでもまだ充分なボリュームではあるが随分と縮んでしまった。僕自身、デブと付き合っている変わり者からぽっちゃり美人を捕まえた先見の明がある男に、仲間うちからの評価も昇格した。それでも僕は前の彼女の方が好きだったという気持ちがあるのがつらかった。そして何よりつらかったのは、彼女がダイエットを決心してここまでやり抜いてくれているのは、他ならぬ僕のためだということだ。昨年の春、僕が彼女との結婚を考えていると言った時から彼女は一念発起してダイエットを始めたのだ。僕のためにと思ってやってくれているダイエットなのに、僕はどんどん痩せて綺麗になっていく彼女に対してがっかりしてしまっている自分がつらかった。
そんな葛藤がストレスになっていたのだろう。僕は先週、彼女と付き合い出してから初めて浮気をしてしまった。相手は職場の先輩で、2人で飲みに行った流れでつい彼女が痩せていくことに対しての愚痴を話してしまって、気がついたらホテルに行ってしまっていた。先輩も75キロぐらいあるぽっちゃりさんだった。太ってさえいれば誰でも良かったのか?僕は自分で自分が嫌になった。痩せて綺麗になった彼女はそれでも何も変わらず、僕だけをまっすぐ愛してくれていると言うのに!彼女のことが大好きだった。彼女のことを愛していた。結婚するなら彼女しかいないと思っていた。しかし僕はこのまま痩せゆく彼女と一生添い遂げることが出来るだろうか?あと5キロも痩せれば彼女は50キロ代に突入してしまう。そうなった彼女を今まで通り愛せる自信は、今の僕にはもう、ない。