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【ショートショート】どこを切っても

 金太郎飴の厚さはどのくらいが最適か。
 金太郎が金太郎として表現されていれば、厚みは別に問題じゃない、という向きも、もともとの長い一本を半分に切っただけでは、それじゃ金太郎バーだよ! と文句を言うことだろう。そもそも、子どもが口にくわえたまま遊んでいて、こけて喉に刺さって、金太郎への恨みを募らせられても困る。金太郎には、憧れるべきだ。
「お父さん、まだ食べらんないの?」
 それなら、逆に薄切りはどうだろうと思い、さっきからチャレンジしているのだが、金太郎の姿どころか、飴の体もなしていない。これでは砂糖だ。まるきり粉砂糖だ。
「ほら、金太郎粉だぞ」
 待ちきれない息子たちに列を作らせて、順番に舐めさせているが、不服そうな表情を浮かべている。せっかくの苦労への報いがそんな顔じゃ、やってられない。
 そんなことを言うなら、初めから人数分で割ればよかったではないか、と言うかもしれない。うちは、今どき珍しい七人みんな男という兄弟。どこかのお粗末なご家庭と違い、うちは幸い年子なので、上の子が下の子の面倒を見てくれているので、横並びでの争いは発生しない。とはいえ、序列があればあったでそこへの配慮も必要だから厄介だ。
 次男の分は長男より小さくなくてはならず、三男の分は次男より小さくなくてはならず、四男の分は三男より以下略。これが延々七男まで続く。だから、薄く切ってその枚数で序列を付けようとしてみたわけだが、残念ながら無理があった。
「お父さん! 七郎が食べてる!」
 物思いにふけっている間に、さすがは末っ子、隙をついて半分に切った残りの金太郎をそのままくわえている。まるでチュロスだ。とか、そんなことを考えている間に、七郎はすっころんで、せっかくの金太郎が喉に刺さってしまった。これでは、みんなに行きわたらない。少しでも救わなくては。七郎を慌てて床に仰向けにすると、包丁を手にし、喉に刺さったままの金太郎飴を横ざまに、切った。
 何が起きたのか、七郎の喉にまっすぐ突き刺さった金太郎飴は、さっきまでと同じく、まっすぐに立ち続けている。よく見ると包丁の通ったところできちんと二つに割れている。切れていないわけじゃない。日本刀を扱う達人のごとき技。まさか、この年で自分の才能に恐れおののくことになろうとは。そのまま返す手で更に金太郎飴に包丁を入れる。もう一つ、更に一つ。次々に切り離されていく金太郎飴。どこを切っても金太郎、どれだけ切っても金太郎。
 そのまま深皿を左手に持ち、包丁の峰で金太郎飴を叩いてやると、バラバラと深皿の中に転がり落ちた。七郎の犠牲に上に、金太郎バーは金太郎飴に生まれ変わったのだ。
 さっきまでおとなしく並んでいた太郎から六郎までが深皿に殺到し、誰がどれだけ取ったのか分からないまま、思い思いに手を伸ばし、すぐに深皿の中は空っぽになった。まな板の上に残された、もう半分の金太郎飴はさてどうしたものか、と首をひねっていると、六人の兄弟たちは手を挙げて出て行ってしまった。
「俺たち、もういいから」
 足元に倒れたままの七郎が恨めしそうに喉を鳴らしている。
 安心しろ。お兄ちゃんたちはもういらないらしいぞ。
 残った半分の金太郎飴を七郎の喉に突っ込んでやると、ようやく満足したのか静かになった。
 まな板の上に粉となって残った金太郎を水で洗い流すと、排水溝から消えていくかつて金太郎飴だった何かは、もう何が何だか分からなくなっていた。

Photo by Joanna Kosinska on Unsplash

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