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【ショートショート】超高層コロッケパン動画
超高層ビルの屋上のぎりぎり端っこに立って、コロッケパンを食べる動画を撮影する。
満票で選ばれたのが、その企画だった。
学園祭のクラス企画で作るような動画じゃない、と文句を言いたいところだが、僕自身、一票を投じてしまったのだからしょうがない。ぎりぎり端っこに立つ人間をくじで選ぶとして、四十分の一の勝負に負けるような運の悪さは持っていないつもりだ。もしかしたら、目立ちたがりのバカが立候補してくれるかもしれない。目立ちたがりのバカなら、何人も取り揃えているのがうちのクラスだ。
「分担を決めまーす」
「はい! 俺、コロッケパン買ってくる!」
真っ先に手を上げたのが山田だった。
山田は、公立のこの高校に、なぜか二時間半かけて通っている。家族関係の複雑な事情のせい、ということだったが、それより重要なのは山田のコロッケパンだ。
山田は一学期に二度、大量のコロッケパンを持って登校したことがあった。そして、登校するなり、出席を取る担任をガン無視してコロッケパンを販売し始めた。もちろん、みんなスルー。しかし、一人だけ、とにかくコロッケに目がない西村が、担任の点呼の声をかいくぐってコロッケパンを入手し、あろうことか、早弁したのだ。
「う、ま、い、ぞー!」
そこからは暴動だった。担任も交えたバトルロイヤルの結果、クラスの三分の一と担任がコロッケパンを手に入れた。二度目は、あの時と同じ袋を持って登校する山田を発見した朝練中のサッカー部員が、昇降口で山田を拉致って、それはそれで後で暴動が起きた。
「しかも、前に買ってきたのとは違うよ。プレミアムコロッケパン」
クラス中がざわめいた。何人かが、死への挙手を考え始めたのが、その手の動きで分かった。
「私、コーヒー買って、応援しに行く!」
沢尻さんが手を上げた。クラスのアイドル沢尻さん。彼女から、手渡しのコーヒーに加え、応援までもらえるなんて! 男子たちが色めき立つ。
「だから山田君、私の分のコロッケパンも、おねがい」
その手があったか!
そこからは、早い者勝ちで役割分担が決まっていった。コーヒーフレッシュにスティックシュガー、おしぼりにゴミ袋、衣裳にメイク、傘に日傘、次々と出てくる係に、僕は重要な欠陥を発見した。みんな、隙間をつこうとしすぎて、最も重要で、最も安全な役割を忘れている。
「はい」
「沼野君」
僕は必要もないのに立ち上がり、周りをゆっくり見渡した。沢尻さんが期待感に満ちた目で僕を見つめている。
「だれもやりたがらないみたいだから、撮影やるよ」
クラスが静まり返る。沢尻さんが目を見開いている。山田が立ち上がって、ゆっくりと手をたたき始めた。クラスメイト達も、忘れていた何かを取り戻したみたいに手をたたき始めた。山田が手をたたきながら僕の方に向かって歩いてくる。
「え、そんなに? いや、全然撮影くらいやるし」
拍手は大きくなりこそすれ、収まる様子はない。
僕の目の前にたどり着いた山田が手を差し伸べる。僕は迷わずその手を握り返した。
「プレミアムコロッケパン、楽しみにしてるよ」
「僕も、君の勇気をたたえて、最高のコロッケパンを、最高の状態でお届けするよ」
握った手の中に、何か棒状のものがあった。山田が手を放し、僕の中にその棒状のものが残った。
再び拍手が大きくなる。
視線を落とすと、そこにあったのは自撮り棒だった。
Photo by Yeshi Kangrang on Unsplash