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【ショートショート】ストリート紳士
横断歩道の反対側の信号が赤に変わった。道は、右から左に向かって下り坂になっている。右を見て左を見るが、車が来る様子はない。
もう一度右を向いたその時、カプセルが二つ、三つと転がってきて、目の前をかなりのスピードで通り過ぎていった。もちろん錠剤のカプセルではない。カプセルトイ、いわゆるガチャガチャのカプセルだ。
坂の傾斜は、そんなスピードが出るほどではない。道の先に目を凝らすが、反比例のグラフのごとく断崖絶壁になっていたりはしない。
その代わりに、と言っては何だが、スーツにステッキ姿の紳士が、十メートルほど先の道路の真ん中に立っていた。その隣には執事風の男性がしゃがみこんでいる。その風貌に似つかわしくないトートバッグを左肩に掛けており、その中から何かを取り出すと、紳士の足元に置いた。紳士は顎を軽く上げた姿勢のまま、ステッキを両手で持ち、執事が置いたそれを打った。強くはない。ゲートボールと言うより、ゴルフのロングパット。
ステッキから放たれたそれは、車道のセンターライン上を外れることなく、まっすぐに私の前を通り過ぎていった。カプセルだった。
ナイスショット。
心の中でつぶやいたその時、信号が青に変わった。もう少し見ていたい気持ちもあったが、信号が進めと言っている。わたしは仕方なく横断歩道を渡り始めた。すると、横断歩道の半ばに差し掛かったところで、左足にコツンと当るものがあった。
それを拾い上げて坂の上を見ると、紳士がステッキの先端をこちらに向けて挑発している。
青信号が点滅しているが、構わずにカプセルを二つに割ると、中から白い手袋が出てきた。
執事になれというのか。
私は、カプセルを再び一つにすると、手袋を左手に握りしめたまま、紳士に向けてカプセルを投げつけた。紳士は半身になると、両手でステッキを握って構え、体を後ろに捻った。バッターのフォームだ。カプセルはセンターラインの上をわずかにスライスする。紳士は軽く上体を下げ、ステッキの芯でカプセルを捉えた。快音が誰もいない通りに響き渡り、私のはるか頭上をカプセルは二つに割れながら飛んで行った。
上等だ。
私はそのままセンターラインの上を、ランウェイを闊歩するモデルのように歩き、紳士の前に立った。紳士はステッキでアスファルトを二度叩いた。ひざまずけとでも言うのか。
私は左手に持った手袋を右手に持ち替えると、そのまま紳士の足元に投げつけた。
決闘だ。
Photo by Gregory Hayes on Unsplash