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「なっていく」という考え方について-キャリア形成の時間軸について考える。-

昨日こんな本を読んだ。

大学生になるということをキャリアデザインだったり、アカデミックスキルだったりの入口の入口のような本だと認識している。とても、読みやすく、新入生にとっては良いなぁと思った。(これをもとに大学生が対話をしたり、都度振り返る感じが望ましいかもなとも思うところ)

さて、色々と学びがあったが、特に以下の部分が印象に残った。

大学生になっていくライセンスを得たにすぎず、これから本格的に大学生に「なって」いくのです。

鈴木他(2022),大学生になるってどういうこと?[第2版] (大学生の学びをつくる),大月書店,pp.12

新入生に対し、書かれているだろう一文なのだが、「なって」いく、という表現が興味深い表現である。

確かに言われてみれば、大学生になる、とはどういう状態なのだろうか?
翌々考えてみると、大学生だと認められるのは、入学時?卒業時?ということは論点としてあげられるだろう。例えば、入学許可をされ、学生証をもらい、授業を受けている大学生は、大学生になっていると言える。しかし、一方で、入学後すぐに研究できるわけでもアカデミックスキルが身についているわけでもない。そうなると、4年程度の学生生活の中で、成長していく過程を通して大学生として認められていくことになるとも言える。

そう考えると、「なって」いく、という表現は適当なのだろうと思う。

そうなっていくとしたら、自分にベクトルを向けたときも、

「大学教員」になる(すでになっている)

と思う部分もあるのだが、

(まだまだ)「大学教員」になっていく(過程を今も、過ごしている)

ということなのだと思うと、自分自身もまだまだ成長できるのではと思ったところでした。

(研究領域とのつながり)
昨年来、研究手法の一つとして用いているTEM(複線径路等至性モデリング)の中で、2nd等至点、という概念がある。日本語が下手すぎてニュアンスすら伝わらないと思うが、研究者視点のゴール、ではなく、その先に、実はゴールがある、そのゴールも明らかにするためにできた概念であると認識している。つまり、こちら側は、終了点を明らかにしたいものの、本当に終了しているのか、次はないのか?ということにも目を向ける必要があるという視点ではないかと考えた。終わりがないから面白い、進化できるから頑張れる。そんなことにも想いを寄せているのかもしれないとふと思った。

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