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課題設定力

多くのコンサルティング依頼者に会ってきたが、それらの人たちが共通して持っている能力がある。それは課題設定力だ。課題設定力とは何か。その能力を持っている人と、持っていない人とでは何が違うのか。私のコンサルティング実施経験を踏まえて考察していきたい。

まず“課題”の定義をしよう。様々な場面で使われる汎用的な用語なので、ここではビジネスの場面に絞っていきたい。課題を一言で表すと、”解決すべき問題”と私は定義している。課題と問題は混同しがちだが、その違いを明確にするためだ。

「うちの会社は問題だらけ」「あの組織では次から次へと問題が発生する」といった会話は当たり前のように聞かれる。これらの発言には、当人の主観がかなり入っているが通常だ。客観的に見てそれは本当に問題なのか、という評価プロセスを経ていないからだ。当人にとっては大ごとでも、会社組織にとっては大したことではないことが数多く存在する。中には放っておいていい問題もあるし、時間が解決してくれる問題もある。今ではなくて、来年に解決すればいい問題もある。つまりビジネスにおける問題という事象は、一旦主観を取り除いた上で、客観的に事象を評価し、さらに優先順位をつけるというプロセスが必要になってくる。

問題自体を評価するプロセスを経て、この問題は解決すべきという認識が得られた段階で、その問題は課題に転換する。大概その段階になると、頭の中では解決に向けてのイメージが沸きつつあるので、課題は具体的な考え方や指針めいた表題に進化していくことがある。課題のことを、”テーマ”に書き換えて表現されるのはその故だ。

解決すべき問題として課題が設定されると、どうやって解決していくかという次の思考段階に入る。この流れは、私の執筆記事「目的と手段」に記載したWhy, What, Howの思考過程と同じだ。

課題設定力とは、会社組織にある数々の問題を客観的に見つめ、問題の重要度について評価ができ、かつ問題解決に向けて行動を起こせる能力のことをいう。課題設定力を持つ人は、問題を解決することが最大の関心事であり、それが目的となる。その人は、自分ひとりのだけ力で解決しようという気はさらさら無い。解決に必要なリソース(資金、専門知識・専門能力を持つ人、設備や道具)を集めることに全力を注ぐのだ。課題設定力がある人が、対価を払ってでも外部コンサルタントに依頼をするのは、上記の理由からだ。

課題設定力がある人は会社組織の中で仕事が出来る人として認められているが、仕事が出来る人の中には、別の人種もいる。問題処理力のある人だ。組織の中で顕在化した様々な問題に対し、そつなく、そして失敗することなく対応していける人だ。学力テストで言えば、5教科7科目でどれも平均点を超え、偏差値は60以上を常にとれる秀才型のタイプがこれに当たる。このタイプの特徴は、問題を解くことにおいては質・量・スピードに卓越した能力を発揮する。しかし問題を作成する側に回ることは決してないのが特徴である。

“課題設定力”と”問題処理力”の違いを、分かりやすい人物を例にして説明していこう。石原慎太郎氏と小池百合子氏。どちらも都知事という要職を経験しているが、その都知事時代の実績を比べるとその違いが見えてくる。

石原氏は典型的な課題設定型だ。彼の発想は独創的であり国民を引きつけるだけの魅力ある課題の設定を重ねた。ご存じの排ガス規制、東京マラソン、東京オリンピック招致はその代表格だ。羽田空港の国際機能拡充や、日比谷高校を筆頭とする都立高名門復活も有名だ。また就任当初、財政再建団体への転落危機にあった都財政を見事に回復させたのも彼の功績だ。誰もが及び腰になる公会計制度の改革に切り込んだのだ。もちろん、あれだけの独断専行型のキャラクターなので失敗もあった。新銀行東京の設立は有名な話だ。(それぞれの詳細内容は、ネット検索すれば多くの情報を得られるので此処では割愛する) 石原氏は大きな成功を重ねながら時に大きな失敗をした。成功と失敗の差し引きで、その人の評価が決まる。石原氏の高い評価は、その差し引きの結果である。

片や小池百合子氏は問題処理に長けている。築地市場の豊洲移転問題は、世論やマスコミを巻き込み彼女が問題を大きくした訳だが、結局二年間の移転延期という時間を上手く使って、問題の幕引きを演じた。新型コロナ感染対応では、世界にも類を見ない人口密集地帯である東京において、近隣の都道府県知事を巻き込んで対策を講じている訳だが、今のところ世界各地で起きているような暴動は起きていないし医療崩壊にも至っていない。豊洲移転とコロナ対応に共通しているのは、既に顕在化した問題に対して取った対策ということだ。問題処理力を持つ人の特徴は、顕在化した問題への対処が非常に上手いことだ。彼女の2016年と2020年の都知事選公約を見ると一目瞭然だが、どれも顕在化している問題対策の列挙である。

 石原都知事と小池都知事の発言を比較してみよう。石原氏は排ガス規制対策で「国がやらないから都がやるのだ」と言った。小池氏はコロナ対応で「これは都のやることではない。国の責任だ」と何度も発言している。この二つの発言で、課題設定型の人と問題処理型の人の違いがよく分かる。課題設定型は自らの範囲を決めない。問題を解決することが最大の目的であり、そのためには既存のルールや組織の壁を逸脱することは憚らない。問題処理型は役割と責任論から入る。自らの責任枠を定め、そこから逸脱しない。ある意味、自分の責任外のことは他の人の責任にするのが非常に上手い。自らで責任枠を決めることは、自分の出来る範囲でしかやらないということだから、失敗することも極めて少ない。

周りを巻き込んで大きな事をやるが時に失敗するのが課題設定型。課題設定型には社内に信奉者も多いが敵も多い。一方、失敗せず(時にうまく誤魔化しながら)要領よく事と進めることができるのが問題処理型。問題処理型は社内に敵を作らないように行動する。どちらが良いとか悪いとかではなく、会社組織を上手く回していくためには、どちらも必要な人材だ。

課題設定力のある人、問題処理力のある人に加え、会社組織にはもう一種類の仕事ができるタイプがいる。作業遂行力のある人だ。課題が設定され実行段階に移ると、莫大な量の作業が必要となってくるが、その作業を滞りなく、そつなくこなせる人材がこれに当たる。何をどんな順番で作業すればいいか、誰にどう働きかけて作業をお願いすればいいか、といった作業の段取りをデザインでき、そして実務を進めていける能力だ。

「課題設定型」「問題処理型」「作業遂行型」、どのタイプも会社組織にとっては必要な人材だ。上手く機能している会社では、この3タイプの人材たちが絶妙なバランスで配置されている。課題設定型ばかりいると会社の中が取っ散らかってしまうし、問題処理型ばかりでは未来のビジョンが描けない。作業遂行型ばかりでは、指示待ちの受け身組織になってしまう。理想的な比率でいえば、課題型:問題型:作業型で2:3:5といったところだろうか。

これまで日本で輩出された大企業の社長の顔ぶれは、問題処理型のタイプが圧倒的に多かったと思う。世界を見れば常にどこかに先例があり、それを上手く自社に取り込むことができれば成功につながったからだ。自らリスク取って、誰もやっていないような難しい課題設定をしなくてもよかった。先例を参考に着手しながら、進めていく過程で次々と発生する問題を解決をしていけば結果が出ていた。加えて、出世の過程において、減点主義の評価制度が問題処理型のタイプに有利に働いたというのもあるだろう。

現在の社会や企業を取り巻く環境は、加速度的なテクノロジーの進化、地球環境の変動、米中露欧の綱引きによる地政学リスク、コロナ対策による消費者心理の変化など、誰にとっても過去の経験則が活かせない未知の領域だ。先例が出てくるのを待つことなく、勇気をもってチャレンジしていくことが必要だ。それはまさに課題設定力のあるリーダーが望まれていることを意味している。私は、その能力と気概を持ったリーダーたちとの新たな出会いをいつも楽しみにしている。

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