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#30 克服したい弱点/泖
【往復書簡 #30 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈行き着くのは、“脱・田舎”への思い〉
水曜日:泖〈こんな思いはしなくて済むのに〉
金曜日:くろさわかな
こんな思いはしなくて済むのに
わたしは笑い上戸です。
つまり、「ゲラ」ってやつです。
面白いことがあるとすぐにクスクス笑い出すし、面白いことがなくても勝手にいろいろ想像して自分だけ楽しくなってクスクス笑うこともあります。
お酒を飲まなくても笑い上戸です。お酒が入ると、ますます笑い上戸に拍車がかかります。
笑い上戸だと、「毎日楽しそうでいいね」とよく言われるのですが、相応しくない場所でも笑い上戸が発揮されると、それはもう地獄の始まりです。
たとえば、会社。
社内メールのやりとりで、先輩はわたしがゲラと知ってか、業務とは全く関係のないエッジの効いた画像も添付して連絡してきます。
笑わないように、と必死になると、なおさら笑いが止まらなくなってしまう。
そんなときは、トイレに一旦逃げて、ひとしきり笑ってからデスクに戻るようにしています(わたしに画像を送りまくる先輩たちは、わたしが笑いを我慢しながらトイレに立つと「やった!」って思うみたいです。一体なんのゲームをしているんだろう……)。
やりとりのなかで一番辛かったのは、志村けんのひとみ婆さんです。
みんなが黙々と作業してるなかで声を出して笑うなんて言語道断。毎日こんな調子の社内メールのやりとりがあるので、肩を揺らしながら笑いを堪えるのが大変です。たまに笑いを堪えすぎて、息が吸えずにこのまま死ぬんじゃないかって思う瞬間もあります。
ゲラじゃなかったらこんな思いはしなくて済むのに。命の危機を感じなくて済むのに。
もっと辛いのは、お葬式の場です。
祖父が亡くなったとき、葬儀屋の行きすぎた演出に笑いました。我慢していた笑いが決壊したのは、式終盤の「礼拝」への感情の込め方です。
「らい、はい……」みたいなテンションだったら何も感じなかったのですが、当時の葬儀屋は「らいっ…………、はいっ…………」というかなりドラマチックな仕上がりになっていたのです。合掌をしつつ下を向いて笑ってしまった自分が、いまでも恥ずかしいです。
祖母が亡くなったときは、社内メールで送られてくる画像の比じゃないくらい大変でした。この事件がきっかけとなって「笑い上戸って最悪」と思ったくらいです。
発端は祖母のお葬式で、兄や妹と一緒に ”お別れの言葉” を読んだことです。
わたしと妹は紙に書いた文章を読み上げたのですが、兄は「俺は紙に書かない」と言って事前に作った文章を暗記して、それぞれ ”お別れの言葉” に臨んだのです。
本番当日は兄妹3人が、妹・わたし・兄の順で横一列に並んでお別れの言葉を読み上げました。
しかし、トップバッターの妹が、お別れの言葉を読み上げている途中、わんわんと泣き出してしまいました。妹が泣いたおかげで、会場からはいくつかすすり泣く人がちらほら。不思議なのもので、他人が泣いているとどんどん冷静になる自分がいて、状況を客観的につかみたくなります。
横にいる妹は泣いていて、もう何を言っているのか分からない。隣の兄を見ると、妹が作り上げたしんみりした雰囲気に耐えきれず緊張してソワソワ。かっこつけて「俺は紙に書かなくても大丈夫だから」とか言ってたのに、きっともう暗記したものなんて忘れたに違いない。
そう思ったらもうダメ。ついに自分の順番になってお別れの言葉を読んでいる途中、笑いを我慢できず吹き出してしまいました。
兄はというと、やっぱり「緊張して何を言うのか忘れました」と会場に宣言してから、なんとかお別れの言葉を絞り出していました。
お葬式が終わったあと、両親からは苦い顔をされました。父親からは、「まともなやつがいねぇ」と言われました。
自分が一番わかってます。
こっちだってまともに生きてぇよ。
まともになれるなら、なりてぇよ。
クールになれるもんなら、なりてぇんだよ。
笑い上戸ってどうやったらなおるの?
ゲラですみません。
追伸。
今日の帰り、車に乗ろうとしたら、ドアをSuicaで開けようとしていました。こわ。何やってんだろう。