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#28 何度でも見返したい大好きな映画/泖

【往復書簡 #28 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈幸せになりたいんです〉
水曜日:泖〈この際だからワガママ言っていいかな〉
金曜日:くろさわかな

この際だからワガママ言っていいかな

大好きな映画はたくさんあって、何度も見返したい映画もたくさんあります。一本に絞るのが大変で、かなり悩みました。

わたしが何度も見返したい映画か。あれもこれもだな。って思ってたんですけど。単館系の映画館ではよく「観たい映画を教えてください」みたいなアンケートがありますよね。

そのアンケートに答えるとき、わたしはなんの映画が観たいって書いてたかなって考えてみたら、一貫してある一本の映画のタイトルを書いていたことを思い出したんです。

それが、『アラヤシキの住人たち』です。
もう、本当に好き。

とか言って、まだ一回しか観たことがありません。わたしが新潟に住んでいたときだから、かれこれ4〜5年は経ったでしょうか。
え。もうそんなに時間が経ってるの。こわ。

『アラヤシキの住人たち』の舞台は長野県の北アルプス、山すそにある真木共同学舎です。ちなみにここには徒歩でしか行けません。

共同学舎の理念は「競争社会ではなく協力社会を」。

身体的、精神的、またはさまざまなストーリーや差異を持つ老若男女たちが、得意なことや苦手なことを補い合いながらお互いを支え合って暮らしています。

一般的な福祉施設のように、世話をする人/される人という関係性は一切ありません。一人ひとりの個性を尊重して、動物への世話や農作業、家事など分担しています。

映画の予告編の最後のほうに板にカンカンカンと打ちつけるシーンがあるのですが。

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これは時間を知らせる合図です。起床時は「あ・さ・だ・お・き・ろ!」と6回、食事やおやつの時間には「ご・は・ん!」「お・や・つ!」と3回ずつ繰り返し叩く決まりだそうです。

しかし、当番によっては勝手な回数を叩く人もいるのだとか。それでも共同学舎では何も言われません。出る杭は出たままです。

「社会」というかなり大きな枠から少し外れるだけで、いつの時代も世の中にいるのが苦しくなってしまう人がいる。しかし、共同学舎ではそうした社会のはみ出し者が助け合って暮らしている様子が、わたしの目には理想的な「社会」のように映りました。

共同学舎を創設した宮島眞一郎さんはこう言っています。

あなたという人は地球が始まって以来、絶対いなかったはずなんです。
あなたという人は地球が滅びるまで出てこないはずなんです。
わたくしはそう思っています。

監督の本橋成一さんは映画のパンフレットで「世界はたくさん、人類はみな他人」というメッセージを送っています。

「他人」という言葉には少し冷たい印象を持っていたのですが、この映画を見てからは安堵を感じるようになりました。
自分を相手から他人だと認識してもらえると、ちゃんと認めてもらえてるような気がしてくるんです。
自分のワガママを主張して異質さを全面に出しても、他人だからこそ受け入れてもらえる。それってかなり心地がいいことなんだな、と気づかせてもらいました。
宮島さんと本橋監督のお言葉の包容力たるや、拝みたくなりますね。

そして、なぜこの映画を何回も見返したくなるかって、真木共同学舎に暮らす人たちが忘れられなくて、会いたくなるんです。

ミズホさんは時間を止められます。田植えをしながら動きが止まっちゃいます。エリヤくんはふらっといなくなって、ふらっと帰ってきます。エノさんは早口だから何を言っているのか聞き取れません。

というか、映画では字幕がないので、住人たちが何を言っているのかは全部わかりませんし、住人たちや「アラヤシキ」についての説明はほとんどないし、時間はゆっくり流れるし、音楽もないので、観る人によっては早送りしたくなる映画かもしれないです。

でも、人には人の時間の流れ方があるし、山独特のスローな生活を無理にエンタメ化していないところが、わたしは大好きです。

競争社会、資本主義なんてクソくらえ。
そこから抜け出せない自分もクソくらえ。

そんなに大好きで、何回も観たいなら「観たい映画を教えてくださいアンケート」で『アラヤシキの住人たち』とか地道に何回も書いてないで、DVDを買って、いつでも家で観りゃあいいじゃん。
いや。そうじゃないんですよ。
わたしは、これを、映画館の大スクリーンで観たいのだよ。
最高の音響で、真木共同学舎の生活音を聞きたいのだよ。
お願い、どこかの映画館さま。
『アラヤシキの住人たち』を1年間くらいずっと上映してくれ。

これはわたしの完全なるワガママだ。
わたしはあなたの他人だから認めてはもらえないだろうか。


追伸。
調べていたら、本橋監督のエッセイが出版されているのを知りました。この記事を投稿したらすぐに買おうと思います。

あと、すりおろし生姜が入っている「カナダドライ」のプレミアジンジャーエール、すごくおいしい。

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