
大宜津比売の正体?!
こちらの続きを
https://note.com/ryu_0666/n/n53e5c6b29b1e
天石別八倉比売神社の御祭神を調べると大日靈女命であり、卑弥呼の墓があると言われている場所だが、直感が?を示す。
八倉比売とは何者か??
天石門別八倉比売神社の論社であり、参拝予定の上一宮大粟神社を調べてみると御祭神は大宜津比売である。
大宜都比売命 またの名を天石門別八倉比売命(あまのいわとわけやくらひめのみこと)あるいは大粟比売命(おおあわひめのみこと)としているが、史料によっては天石門別八倉比売命・大粟比売命は配祀神であるとしている
さらに、社伝によれば、大宜都比売神が伊勢国丹生の郷(現 三重県多気郡多気町丹生)から馬に乗って阿波国に来て、この地に粟を広めたという。
ん??!!
多気郡?丹生??
そこで閃いた
おおげつひめ=多気都姫 なのではないかと。
多気の都の姫
ふと、伊勢の都ってどこだったのだろう?と調べてみると
伊勢の都とは、三重県にある伊勢神宮の斎宮(さいくう)を指し、その斎宮があった場所は三重県の明和町だという。
三重県明和町がどこにあるかというと…
三重県中南勢地域に位置する町。多気郡に属する。
ビンゴ…
伊勢国丹生の郷から来た多気の都の姫=おおげつひめ
丹生都比売
さらに丹生と言えば、丹生都比売…
そもそも、今回の四国行きへと導かれた裏伊勢の旅の中で出てきていたワードが「丹」
丹と言えば、辰砂。徳島には丹田と言う場所があるし、弥生時代終末~古墳時代初頭にかけての辰砂採掘遺跡の若杉山遺跡がある。
丹を支配する丹生都比売と、丹生から来た大宜津比売。
果たして偶然だろうか?どちらも都の姫であるとするならば、他にも共通点があるのではないか?
丹生都比売といえば、こちらもいく予定がなかったのに導かれ、昨年訪れた丹生都比売神社。第三殿に、大宜津比売が祀られているのだ。
そして、丹生都比売神社の神職は、古来より天野祝(あまののほうり、丹生祝/丹生氏)が担う。丹生都比売神社は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にあり紀ノ川が流れている。
その紀ノ川を遡ると、奈良県で吉野川へと名前が変わり、同じ名前の吉野川が徳島〜高知まで流れているのだ。(こちらの記事も面白い&地図が載っているのでぜひ参照ください)
再び、話は大宜津比売が祀られる上一宮大粟神社に戻り…
現在では大麻比古神社が阿波国一宮となっているが、それ以前はここが阿波国一宮だったらしい。ということは、まさにここがモトアケ=阿波国の原点だと言える。
そして、上一宮大粟神社の後方の本殿が、真っ赤だという記述を見かけたので見てみたら本当だ…ここでも「丹」とつながった

偶然を超えて、意図を感じるのはわたしだけだろうか…
卑弥呼の墓の正体(仮説)
個人的な直感にすぎないけれど、天石別八倉比売神社の奥ノ院にある、卑弥呼の墓とされる五角形の磐座に眠るは、大宜津比売ではないだろうか?
そもそも卑弥呼とは個人名ではなく、太陽神の祭祀を意味する役職名(シャーマン)のこと。であれば、卑弥呼と呼ばれた人たちのお墓は一か所とは限らないし、実際に卑弥呼の墓は他にも存在する。
その土地のシャーマン(祭祀)だとするならば、阿波国の名前にもなっている大宜津比売と考えるのが一番しっくり来る。
丹生都比売と大宜津比売が重なる場所、四国。
いよいよ明日から旅が始まるー
実際に現地に足を運び感じてこよう♪