#06 初めての時間
急に呼び出された。
僕も来たことがない場所だった。
どうやら日和もそうらしかった。
とにかく海、海、海。イメージがなかなか難しい場所で。
城を彷彿とさせる駅。拡がる景色と自分の解像度が釣り合っていない。
「仁人?で合ってる?」
後ろから鼓膜を掠めた声は明るくて、振り返ったそこに彼女がいた。
待ち合わせた日和はイメージと違って快活そうな感じがした。
少し失礼かもしれないがもっと病弱そうなイメージがあった。
もちろん僕もそこまで馬鹿ではないので
口は閉ざして胸にしまっておくことにした。
でも言ってしまっても良さそうな気もした。
もっと脆くて傷つきやすそうなイメージがあった。
理由は明快で口を開けば死にたいと呟いていたから。
日和の服装もまた僕の好みというか、男なら誰でも心惹かれるような
そんな服装で。そんなにアパレルに精通してるわけでもないので詳しくは
分からないが、足元はクリアなパーツに黒のマーブル模様がかかった
ような指留めのウエッジソールでグレーのプリーツパンツに白に黒のニットを
合わせたワンショルダーベストが上着で、そんな感じの服装で。
僕はというと白と黒をあしらったミドルカットシューズで黒のパンツに
緑と赤のチェック柄のクリスマスカラーのようなシャツで赴いた。
今日ここで何が起きるか、おそらくデート?みたいなものになるのかな。
察しがあまりよくない僕でも流石にわかる。日和の頬が紅潮してる気がする。
初めて会うから緊張してるのかな?化粧のせいかな?どうなんだろう?
「仁人、私、顔赤いかな?」
「うん。初めて会ったけれどそんな気がする。」
「やっぱりか、、昨夜ね、今日があまりにも楽しみすぎたのか、熱出たみたいで。」
思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの?」 ちょっとムスッとしながら日和が言うもんで
声だして笑った。
「ねーーーなんで初めて会って私笑われてんの?」
「いや、可愛いなあって。」って素直に言えたら良かったんだけど。
気恥ずかしくて言えなかった。代わりに堪えきれずに出たのが笑った声だった。
ん、おかしい、笑いすぎた?声が出ない。日和のこと呼んでるつもりなのに。
「仁人??どしたの?」
咄嗟にメッセンジャーバッグからノートといつものペンを取り出して
走り書きで拙いとすら言えないような文字で
【日和、声が出ない。】と書いて見せた。
「え?本当!?嘘?今やっと隣で声聴いたばっかりだよ?」
【本当に出ない。笑いすぎたかも。ごめん。】とまた書いてみせた。
「そっか、じゃあ今日は筆談デートだねっ!」
明るく努めていてくれてるのか、そう言ってくれた。
自然と手を繋いで歩き出す。僕の右手をそっと、すくってくれた。
僕の左手には筆談具。
景色を見ては、ノートに感嘆を記し、日和に見せる。
その都度、日和は、わあとか本当に?とかすごいねーとか綺麗だよねとか
感覚が符号してくれていて、とてもありがたかった。
都心からさほど離れていない場所に雄大な景色が拡がっていて、夢心地だった。
夢のような時間というのはこういう時間を指すのだろう。
自然が多く残されていて、それでいて景観に配慮された建物が並んでいる。
潮が満ち引きする音も落ち着いたクラシック音楽のように耳をかすめる。
そして隣には可愛らしい女の子。離れていたままの時間がこれ以上続いたら
今日という日はやってこなかったかもしれない。
絶妙な頃合いをみての誘いだった。
防波堤のような場所を日和が先を歩いて、ふと振り返る。
夕陽に照らされた彼女はどこか儚げな雰囲気を漂わせていた。
思いついたような、胸にあったような、どちらともとれぬ様子で口を開いた。
それまで数分、数十分の沈黙があった。まあ僕は依然として発声がままならなかったのでサイレント状態だったが。
「ねえ、仁人。私がもし、好きって言ったらどうする?」
夕陽が眩しくて口元がよく見えないが、確かに波の音とともにそう柔らかい声が
飛んできた。
もし好きって言ったら、、、か。なんて返事を返せばいいのか。
この場合における最適解なるものを探したが僕の中にそのデータがないよう
だった。
沈黙が耐えられなかったのか、日和は続けて話した。
その内容に少し驚いた。
「あのね、これはなんの関係もない話なんだけど
仁人って私のお兄ちゃんに似てる気がする。まあお兄ちゃんって
言っても、もうずっと会ってないんだけどね。」
「聞いてもいいかな、どうして?」
あ、やっと声が出た。死ぬまで出ないのでは?と思っていた。
まあそれもいいかと思っていた。死んだら声も出せないが。
「あ!!やっと声出るようになったみたいだね。んーあんまり大きい声で言えたことじゃないんだけど、人を殺しちゃったみたいで。それからずっと塀の中。
私がまだ幼い頃のことだったと思う。だからあんまり覚えてないんだけどね。」
「なるほど、、、。」 どんな言葉をかけるのがいいのか探すとはなしに
探していた。
「あ、それとさ知ってる?ここから夕陽が沈むところを二人で見ると
その二人は分かち難く結ばれる運命になるんだって。ちょうど夕陽が沈む頃。」
そうなの?
と言葉を挟む時間もなく気がつかぬ間に夕陽が暮れ馴染もうとしていた。
「はい。これで仁人は私から逃げられません。どうする??」
「どうするもこうするも毛頭、逃げも隠れもするつもりないよ。」
「それは私のことが好きで好きでしょうがないってことでいいのかな?」
「そうなのかもしれない。」
「そうでしかないの。もう夕陽は沈んだもん。」
「僕が何をどう言っても運命がそうするっていうならしょうがない。」
「素直じゃないないなあ。」
「素直じゃないのどっちだよ。」
「ほら、海も潮風も私達を祝福してるよ。」
確かに、突然、海や潮風は勢いを増したように感じられた。
初めての二人きりの時間はそんなふうにして過ぎていった。
今日という日が永遠だったらよかったのに。
そんなことがないのはわかってはいるんだけれど。