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坂本龍一のターニングポイントとしてのMPIXIPM
現在、東京都現代美術館で行われている『坂本龍一展』が大盛況で、チケットも日にち指定で購入しなければならないほどである。その展覧会に合わせて、坂本龍一とのコラボレーションを行った岩井俊雄によるトークショーが行われた。
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岩井俊雄といえば、わたしの世代であればウゴウゴ・ルーガに参画したメディアアーティストであり、最近では絵本作家として活躍されている方というイメージだった。その岩井俊雄が、1996年12月16日に1日だけ行った坂本龍一とのコラボレーション『映像装置としてのピアノ』による公演が、その後、オーストリアのアルスエレクトロニカでの受賞を含め、大きな成果を残した。前半はその、「瓢箪から駒」(岩井)というような展開の話であった。
もともと、オスカー・フィッシンガーやノーマン・マクラレンの、音と映像が気持ちよくシンクロする作品に心惹かれた岩井が、「オトッキー」などのゲーム制作やインスタレーション、HotJavaを使ったウェブ上での音楽アプリ(NTT InterCommunicationのOn the Web)などを制作するなかで、音とシンクロして図形がピアノから飛び出してくる作品を作ったことがきっかけであった。
オスカー・フィッシンガー「Studie Nr. 7」
ノーマン・マクラレン「Dots」
1996年夏ごろ?、青山スパイラルでその作品を展示したときの懇親会で、「せっかくなのでプロの演奏家が弾く生のピアノから図形がでてくるような公演ができないか」と雑談をしていたら、偶然、坂本龍一とのつながりが生まれ、坂本宅での打ち合わせを経て、なんとその年の12月の水戸芸術館での公演「Music Plays Images x Images Play Music」が実現したのだという。
おそらく岩井俊雄にとってもひとつの集大成となる予感があったのだろう。自身を追い詰めながら、『映像装置としてのピアノ』を完成させ、またオンラインで視聴する人たちによるリアルタイムセションも実現した。インターネット関連のスタッフとして、江渡浩一郎が参加していた。その後、アルスエレクトロニカ、さらにエンタメ色を強めた恵比寿ザ・ガーデンホールでの公演「MPIXIPM」(1997)につながっていった。坂本とのコラボの重圧はすごいらしく、もう三十年近くなるのに、いまだに夢にうなされるのだという。今回のMOTでの展示で、そうした夢も見なくなったという。
今回のトークイベントでは、本邦初公開となるそのリハーサルの様子が公開された。当日、公演直前のリハでは、坂本が『映像装置としてのピアノ』の表現にのめり込んでいく様子がしっかりと写っていた。図形の変化から膜の素材まで、岩井がこだわり抜いたそのセットの中で、坂本は子どものように鍵盤を叩き、遊んでいた。この「遊び」こそが、その後の坂本の表現活動に大きな影響を与えたのではないか。「ピアノであれば完璧に操れる坂本にとって、コントロール不可能なものが入り込む面白さがあったのではないか。その後のAsync(非同期)のコンセプトにもつながったように思う」という当時、水戸芸術館で学芸員をされていた方からの指摘は納得であった。
今回の『坂本龍一展』のゲストキュレーターの難波祐子は、今回の展示について坂本が、1980年代、90年代の活動をアーカイブして見せることについても強い関心を持っていたことを語っていた。直近の活動だけでなく、岩井俊雄とのコラボレーションも展示に含めたことによって、坂本の現代芸術家としての展開が説得力あるかたちで示すことができたように思う。
先日の記事で、『マシン・ラブ展』に関連付けるかたちでナム・ジュン・パイクの紹介をした。難波が1980年代というときに想定しているのは、ナム・ジュン・パイクとのコラボレーションであろう。
80年代には、坂本をして「アイドル」といわしめたパイクとの充実したコラボが行われた。しかし、このときのコラボレーションは、「アイドル」であるパイクの作品に参加する、というニュアンスが強かったように思う。水戸芸術館でのリハーサルの様子を見ても、坂本が、岩井の準備したおもちゃで遊ぶようなリラックスした雰囲気と、ピアノが作り出す映像のフィードバックを受けて自身がのめり込んでいた。岩井作品の、参加者の好奇心を引き出す佇まいが、坂本のクリエイティビティを引き出していた。ここにおいて、坂本作品としてのインスタレーションの可能性が開かれたように思った。
さてトークイベントの後半は、今回の展示の経緯について、岩井俊雄アーカイブ&リサーチの活動と合わせて、紹介があった。メディアアートについては、絵画などよりも保存展示の難しさがある。『映像装置としてのピアノ』は、本来の姿とは似ても似つかない姿で展示されていた。こうしたことのないように、アーキビストの明貫紘子と、アーカイブおよびリサーチを進めていた。そのことによって、昨年の東京都写真美術館での展示を始め、今回の展示にもつながったという。
『坂本龍一展』において、ペッパーズ・ゴースト手法によって坂本があたかもピアノを弾いているように見える展示は、アルスエレクトロニカでの演奏映像が発掘され、さらにそのMIDIデータをサルベージすることによって実現できたものであった。それ以外にも、さまざまな工夫をこらしながら今回の展示を実現したという話には、制作の難しさと面白さの一端を知ることができた。これは悪夢を見るだろうなという細かな調整に、ドキドキさせられる貴重なトークイベントであった。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
日本ビジネスモデル学会 BMAジャーナル編集長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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小山龍介のビジネスモデルノート
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