なぜ人に惜しまれる存在になるのか? 学びの場で輝く人の共通点
先日、コロナが始まった頃からオンラインレッスンに参加してくださっていた受講生Mさんが、わざわざ町田スクールまで来てくださいました。
その際に伺ったお話がとても印象的だったので、今日はそのエピソードを共有したいと思います。
✅ 惜しまれながら卒業する理由
話の話題が、最近Mさんが受講された講座についてのお話になったときのことです。
卒業する際、主催者の方から「本当に寂しい」と言われたそうで、Mさんご自身も「だいたいどの講座でも、だいたいそうなるんですよね」とおっしゃっていました。
これを聞いて「なるほどな~」と思いました。実際、私もMさんが楽読を卒業されるとき、とても寂しく感じましたから。
Mさんの存在感や周囲への影響力がそれだけ大きいのだと、改めて感じた瞬間でしたね。
そこで思わず、こんな質問をしました。
「どうして卒業する際にそんなに惜しまれるんだと思いますか?」
その答えが、本当に素晴らしかったんです。
「私自身が、その方を好きになるからだと思います。いろいろ厳選して、『この人の講座なら』と思ったものしか受講しないようにしています。そして、一度受講を決めたら、一途にやり切るんです」
たしかに!!
Mさんは楽読のレッスンをはじめ、習慣化の講座や哲学・美学講座など、私が提供させていただいた講座にもいつも真剣に、そして全力で取り組まれていました。
その姿勢が周りを惹きつけ、惜しまれる存在になっているのだと、納得すると同時に、そんなMさんに選ばれた講師の一人であることに誇りを感じました。
✅ 本気でやり切る姿勢が周りを変える
このお話から、私自身が改めて学んだことがあります。
それは、「やるなら中途半端にやらない」ということです。Mさんの、どこまでも本気でやり切る姿勢が、周囲に与える影響の大きさに気づかされました。
実際、Mさんの存在がきっかけで新しい講座が生まれたこともあります。一途に学び続ける方がいると、教える側も自然と「もっと良いものを提供したい!」という気持ちになるものです。
お互いに成長できる関係というのは、まさにこうした学びの姿勢と影響力の相乗効果から生まれるのだと、しみじみ感じました。
✅ 「一緒に成長する」感覚を大切に
学びというのは、一方的に教えるものではなく、互いに影響し合い、共に成長するものだと改めて感じています。私にとって「教える」という言葉は少ししっくりこなくて、むしろ「共有する」「分かち合う」という感覚に近いんです。
たとえば、受講生の方がふとした気づきを話してくれたとき、それが私自身に新しい発見をもたらすことがあります。受講生からの言葉や考えが、私の中に新しいアイデアを生み出すきっかけになったり、今まで気づけなかった視点を与えてくれたりすることは少なくありません。
だからこそ、私が大切にしているのは、知識や経験をただ伝えるだけではなく、受講生さんと一緒に「学びを分かち合う」ことです。この感覚があるからこそ、講座の時間がより充実したものになり、互いに成長していくプロセスが本当に楽しいものになるのだと思います。
これからも、「教える人」としてではなく、「共に学ぶ仲間」として、受講生と知を分かち合いながら歩んでいきたいと思います。
それが、私がこの仕事を通して大切にしている想いです。
✅ おまけ:Mさんの楽読を通して変化
少し前に、Mさんに「楽読を通じてどのような変化があったかを教えてほしい」とお願いしたことがありました。
そのときMさんは快諾してくれて、こんなメッセージを送ってくれました。
このメッセージからも、Mさんの「真剣に取り組む姿勢」が滲み出ていますよね。
学びの現場で得られる声は、やはり教える側にとっても大きな気づきとなりますね。
Mさん、約4年間ありがとうございました!
またいつでも帰ってきてくださいね(笑)
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ということで、今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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