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3分でわかる宇宙警察

地球で事件が起きた場合、警察が捜査をして犯人を逮捕したり、アジトに乗り込んで証拠を集めたりします。有罪かどうか、刑はどのくらいかを決める裁判は証拠によらなければならないので、警察は徹底的に証拠を集めます。

ところで、宇宙空間で事件が起きた場合、誰がどのように捜査をするのでしょうか?今回は、以下の仮想事例をもとに宇宙で犯罪が起きた場合の手続をみてみたいと思います。

(事例)
日本国籍(日本在住)の宇宙旅行者Aは、ISS滞在旅行中、閉鎖空間に耐えられなくなり、ロシアのモジュール内でアメリカ国籍(アメリカ在住)の宇宙旅行者Bを殴り怪我をさせた。
Aは、宇宙旅行会社の添乗員Cに取り押さえられたものの、Aは「この中に宇宙人、未来人、超能力者がいるぞ!」などと意味不明な発言を繰り返していたため、Cは、Aを別モジュールに隔離して拘束しておくことにした。
地球帰還時、Aは「15498回目の地球だ!」などと意味不明な発言をなおも繰り返していたことから、帰還後、Aはアメリカの警察官に引き渡された。

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捜査の基本原則

まず、前提として地球での捜査のルールをみてみます。

警察の捜査は人権に関わります。例えば逮捕は身体の自由を、捜索や差押えは財産権を捜査の必要性(公益)から制約するものです。
そのため、捜査はあくまで任意で応じてもらう捜査が原則となります。限られた類型の捜査についてのみ、裁判所の令状を取得した上で、法律の手続に則って行うことができるのです。例えば日本では刑事訴訟法という法律に捜査のルールが書かれています。

ISSで事件が起きた場合

ISS で事件が起きた場合、どのようなルールによれば良いのでしょうか?
ISSでのルールについては、ISS協定(IGA)に記載があります。

刑事事件の取り扱いについても定められており、参加国は、飛行要素(モジュール等)上の人員であって自国民である者について刑事裁判権を行使できると規定されています。

民事の場合とは異なり、刑事裁判に関しては「人」に着目しています(属人主義)。これは、宇宙飛行士や旅行者の注目度からすれば、他国によって自国の宇宙飛行士や旅行者が裁かれるのはよろしくないという価値判断によるものです。

(IGA22条)
宇宙におけるこの国際協力の独特の及び先例のない性格を考慮し、
1 カナダ、欧州参加国、日本国、ロシア及び合衆国は、いずれかの飛行要素上の人員であって自国民である者について刑事裁判権を行使することができる。

ちなみに、日本の傷害罪の規定は日本国外での行為についても適用されます(刑法3条)。宇宙空間で行われた犯罪に刑法を適用できるかどうかは、まずこのような国外犯処罰規定があるかどうかが重要なポイントになります。

捜査については規定がない

ここで一つ問題があります。
IGAで定められているのは刑事裁判権の行使であり、捜査については規定されているわけではありません(裁判と捜査は違います)。とはいえ、暴れている犯人を野放しにしておくわけにもいかず、実際にCはAの身柄を拘束しています。
そこで、このような対応でも有効な(適法な)身柄拘束となるのでしょうか?

私人による現行犯逮捕
日本の刑事訴訟法は、「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」、「検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。」と規定しており、捜査関係者以外の一般人による逮捕を認めています。
また、アメリカの法律でも、実際に犯罪が行われたと合理的に信頼できるだけの状況があるのであれば、一般人による逮捕が可能とされています。

地球帰還後の引き渡しまでに時間がかかるため、「直ちに」の要件との関係も問題となりそうですが、ISSでの行動は地上からモニタリングされていること、物理的に引渡しが可能となってから直ちに引き渡していることに変わりはないことからすると「直ちに」の要件もみたしそうです。

証拠の捜索・差押え
捜査では現場の写真を撮ったり、物的証拠がないかを探したり、あれば差し押さえたりしますが、ISSに証拠物があった場合にはどうするのでしょうか?前述のとおり、捜査に関する法律がISSに適用されるかは不明確です。
宇宙機関経由で行う任意捜査であればまだしも、強制捜査の場合は根拠を見出し難いかもしれません。

どこで裁判をするのか?

地球に帰還したCは、Aをアメリカの警察に引き渡しています。アメリカの警察に正式に逮捕された場合、Aは日本の裁判で手続を進めることはできないのでしょうか?

ここで問題となるのがAを日本に戻すための手続です。
これについては、日本とアメリカとの間には犯罪人引渡し条約が締結されており、日本はこの条約に基づいてAの引渡しを求めることとなると思われます。

※全ての犯罪に条約が適用されるわけではありません。

(参考)犯罪人引渡し条約2条

引渡しは、この条約の規定に従い、この条約の不可分の一部をなす付表に掲げる犯罪であつて両締約国の法令により死刑又は無期若しくは長期一年を超える拘禁刑に処することとされているものについて並びに付表に掲げる犯罪以外の犯罪であつて日本国の法令及び合衆国の連邦法令により死刑又は無期若しくは長期一年を超える拘禁刑に処することとされているものについて行われる。

また、IGA22条には、IGAを引渡しのための法的根拠とみなすことができるとも規定されています。

(IGA22条)
3 条約の存在を犯罪人引渡しの条件とする参加国は、自国との間に犯罪人引渡条約を締決していない他の参加国から犯罪人引渡しの請求を受けた場合には、随意にこの協定を軌道上で犯したとされる違法な行為に関する犯罪人引渡しのための法的根拠とみなすことができる。この犯罪人引渡しは、請求を受けた参加国の法令に定める手続及び他の条件に従う。

実際に裁判をするには?

日本で裁判ができるといっても、国家間の調整が必要です。
IGAには、それぞれの国が訴追についての関心事を協議することと、参加国の同意が必要となることが規定されています。

(IGA22条)
2 自国民が容疑者である参加国は、軌道上の違法な行為であって、(a)他の参加国の国民の生命若しくは安全に影響を及ぼすもの又は(b)他の参加国の飛行要素上で発生し若しくは当該飛行要素に損害を及ぼすものに係る事件において、影響を受けた参加国の要請により、当該影響を受けた参加国と訴追に対してそれぞれの国が有する関心について協議を行う。この協議の後、影響を受けた参加国は、この協議の終了の日から九十日以内に又は相互に合意されたその他の期間内に次のいずれかの条件が満たされる場合に限り、この事件の容疑者について刑事裁判権を行使することができる。
(1) 自国民が容疑者である参加国が当該刑事裁判権の行使に同意すること。
(2) 自国民が容疑者である参加国が訴追のため自国の権限のある当局に事件を付託するとの保証を与えないこと。

まとめ

過去にISSで犯罪が発生したケースはいくつかありますが、本件のように身柄拘束が必要となったケースは著者が知る限り発生していません。今後、宇宙旅行が当たり前の時代になり、多くの人が宇宙に行くこととなるでしょう。人が複数集まればトラブルの火種が生まれます。
もちろん、未然に防ぐための仕組みを作ることが重要ですが、本件のような突発的なトラブルに対しスムーズに対応できる体制を整えておく必要がありそうです。

Special Thanks

今回のテーマは、宇宙ビジネスオンラインサロンABLabに所属する高野峯羽さんにご提供いただきました。高野さんは、普段はカーデザイナーとして働きつつ、将来の宇宙船デザインを手掛けるため日々勉強を積み重ねています。ABLabプロデュースTシャツの制作やデザインワークショップの開催など、そのアウトプットにいつもメンバーは魅せられています。

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