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3分でわかるサターンⅤ

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サターンⅤは、アポロ計画で使用された、史上最大の超大型ロケットです。アポロ宇宙船を月周回軌道まで輸送することをミッションとしており、直径10.1m・高さ110.6m・重量2870.9tという大きさ、ペイロード搭載能力はギネス記録にも認定されています。
ケープカナベラルの射点、LC39Aから打ち上げられたこのロケットは、1961年からアポロ17の運用が終了するまで活躍し、合計13回、12人の宇宙飛行士を月面に到達させました。
なお、LC39Aは現在スペースXが使用しています。

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LC39Aで打ち上げを待つファルコン・ヘビー(筆者撮影)
奥にはSpaceXの工場も見える

時代背景ー冷戦とアポロ計画による熱狂

サターンⅤが打ち上げられたのは、アメリカとソ連の冷戦の最中でした。
1957年10月、ソ連は史上初の人工衛星「スプートニク」の打上げに成功します。得体の知れない物体がアメリカ上空を周回していることを知ったアメリカ市民たちは、恐怖のどん底に突き落とされたそうです(スプートニク・ショック)。
また、1961年4月には、宇宙船「ボストーク」とそれに搭乗したユーリイ・ガガーリンによる人類初の有人飛行をも成功させ、アメリカとソ連の宇宙開発競争はソ連が圧倒していました。

そんな中、ある人物の演説が世界の注目を集めます。

「We choose to go to the moon. 」で有名なケネディ大統領の演説です。

アメリカは、サターンIBロケットの開発・製造によってアポロ計画の実験を進め、サターンVで打ち上げられたアポロ8によって、初めて月周回軌道の飛行を成功させました。

ロケット開発は1961年のアポロ計画正式承認と共にスタートしていますが、これに合わせて、フロリダのケネディ宇宙センターに巨大ロケット組立施設「VAB」と射点「LC39」が建設されています。未だなお活躍する、歴史ある施設と射点です。

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ケネディ宇宙センターにあるVAB(筆者撮影)
高さ160メートルの巨大施設であり、星条旗の青色部分はバスケットボールのコートと同じ大きさ

そして1969年7月16日、ニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズの3名が搭乗するアポロ11号が、月面着陸を目指してサターンV(6号機)によって打ち上げられました。

そして、1969年7月20日、人類が偉大な一歩を踏み出した後も、サターンVによるアポロ宇宙船の打上げは継続されましたが、アメリカの熱狂はアポロ17号で打ち切られることになります。

その後約50年間、人類は月に行くことはなくなりました。

機体性能ー3段ブースターと圧倒的推力

サターンVのブースターは3段で構成されています。
第1段にはケロシンと液体酸素を推進剤する液体燃料エンジンが5基搭載されています。

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Kennedy Space Centerに展示されているサターンV(筆者撮影)
第1段ブースターの5基のエンジンを観察できる

第2段には、液体水素と液体酸素を推進剤とする液体燃料エンジンが5基搭載されています。第3段には1基のエンジンが搭載されています。

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第2段ブースターの5基のエンジン

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第3段には1基のエンジンが実装

これらのエンジンによって、地球周回軌道には104t、月への軌道には43tのペイロードを輸送することができます。

アルテミス計画へ

トランプ大統領は、2024年までに有人月着陸を目指すアルテミス計画を発表しました。使用されるロケットは現在開発中の「スペース・ローンチ・システム(SLS)」、宇宙船は「オライオン」です。着陸船は民間企業が開発を進めています。

アポロ計画は冷戦という背景もあり、まさに「官主導」のプロジェクトでした。
しかし現在、毎月のように打上げを行っているアメリカの打上げ事業者スペースXをはじめ、世界中で宇宙関連スタートアップが立ち上がっています。
今や、人類の宇宙開発は次の時代、ニュー・スペース時代へ突入しました。
官民による叡智の集合体が、再び月面への道を切り開きます。

マンガ「宇宙開発競争」

冒頭のマンガを作成いただいたのは、昭和が生んだ天才美少女漫画家あんじゅ先生が運営するオンラインサロン「あんマンサロン」に所属するぽっくすさんです。
いつもありがとうございます!

宇宙法、ロケット美少女化という無茶振りミッションにも対応できてしまう「あんマンサロン」はこちら↓

サターンVは人類の月面到達に貢献した超大型ロケットですが、当時実装されていた技術が今もなお活用されています。現に、ファルコン9で採用されている9基のマーリンエンジンによる仕組みは、サターンVの仕組みを応用したものです(参照:SpaceX Website)。

アポロ計画はアメリカの威信を賭けた、まさに命懸けのミッションでした。
擬人化にあたっては、アメリカの威厳、大型ロケット故の圧倒感、ミッションへの執念、宇宙飛行士の棺桶ともなり得る墓標感をも見事に表現していただきました。

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戦争が宇宙技術を加速させたことは間違いありません。当時地球上で起きていた出来事とは裏腹に、月面から見た地球の美しさは言葉にできないものだったでしょう。
50年後の現在、国際協調のもとで到達する月面から見た地球は、どのように映るのでしょうか。

月や火星に向けてSLSやBFRの開発が進む中、また、アポロ11月面着陸50周年でもある現在、当時の技術や開発者の想いや、ロケット製造のために犠牲となった多数の人々のことを学び直すことは、現在の宇宙開発を学ぶ上で重要なことなのかもしれませんね。

参考:
・JAXA宇宙情報センター「サターン」
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/saturn_1.html
・宇宙プロジェクトがまるごとわかる本 エイ出版社
・トコトンやさしい宇宙ロケットの本第3版 的川泰宣
・月をめざした二人の科学者ーアポロとスプートニクの軌跡ー 的川泰宣

2019.12.21 一部修正

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