3分でわかるSpaceX vs. Blue Origin特許無効手続(Inter Partes Review)
宇宙開発競争から知的財産競争へ?
アメリカの宇宙開発企業といえば、スペースXとブルーオリジンが有名です。
世界的決済アプリで有名なPayPalの前身X.comの創業者イーロン・マスクにより創設されたスペースXは、打上げ後に再度地上に戻ってきて再利用することができるロケット「ファルコン9」と、世界最大級のパワーを持つ「ファルコンヘビー」による打上げサービスが主力製品です。
現在は火星移住計画に活用される「スターシップ」の開発が進められています。
また、GAFAを担うアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスにより創設されたブルー・オリジンは、同じく再利用型のサブオービタルロケット「ニュー・シェパード」による宇宙旅行サービスの提供を目指し、テスト飛行が繰り返されています。また、軌道投入ロケット「ニューグレン」の開発も進められています。
12月12日には、12回目となる試験飛行が実施されています。
両者は同じ「打ち上げ後地上に戻り再利用が可能なロケット」を開発し、現代の宇宙開発競争のプレイヤーとして様々なメディアで取り上げられてきました(厳密には、開発しているのはそれぞれ軌道投入ロケットとサブオービタルロケットなので市場は競合していません)。
実はその裏で、「打ち上げ後地上に戻り再利用が可能なロケット」の特許をめぐる戦いも繰り広げられていたことをご存知でしょうか?
今回は、公開されている情報をもとに、両者の知的財産競争の様子を取り上げます。
スペースXによる特許無効手続(Inter Partes Review)
スペースXは、これまで再使用型ロケットの開発、実験を繰り返してきましたが特許を取っていませんでした。
しかし、同じく再使用型ロケットの開発を進めていたブルーオリジンは、2010年6月、「宇宙打ち上げロケットと関連するシステムと方法の海上着陸」という名称で再利用ロケットについての特許を出願(申請)しました。
これを知ったスペースXは、2014年8月、ブルーオリジンの特許は無効と主張し、Inter Partes Reviewという手続を申し立てたのです。
(補足)
アメリカでは、裁判によらずに特許の無効を主張するための手続として、当事者系レビュー制度(Inter Partes Review: IPR)制度と付与後レビュー制度(Post Grant Review: PGR)というものがあります。
これは、裁判所の紛争処理件数を減らすこと、当事者の訴訟コストを削減すること、米国特許庁(USPTO)が付与する特許の質を高め投資家からの信頼性を強化することなどを目的として導入された手続です。
裁判所での裁判ではなく特許庁によって判断がなされる制度という点、比較的迅速な手続である点が特徴的です。
ブルーオリジンの特許
前述のとおり、ブルーオリジンが出願した特許は「宇宙打ち上げロケットと関連するシステムと方法の海上着陸」でした。
出典:BEFORE THE PATENT TRIAL AND APPEAL BOARD SPACE EXPLORATION TECHNOLOGIES CORP., Petitioner, v. BLUE ORIGIN LLC, Patent Owner.
上記の図は、ブルーオリジンの特許の内容を図にしたものです。
沿岸部の射点から打ち上げられたロケットのブースターが切り離され大気圏に再突入、その後、ブースターが海上のパッドに垂直に着陸するというものです。
これはスペースXが実験を繰り返してきたものと非常に似ています。
出典:YouTube CRS-8 First Stage Landing on Droneship SpaceX
スペースXの主張ー再利用ロケットの構想は日本でも研究されていた
スペースXは、ブルーオリジンの特許には新規性がないことを主張しました。過去に研究され、新しいものではないというわけです。
その証拠として以下の3つの論文を提出し、既に「宇宙打ち上げロケットと関連するシステムと方法の海上着陸」は研究され、論文として公開されていることを主張、立証しました。
(補足)
そもそも特許を取得するには、その発明に「新規性」が認められることが必要です(日本もアメリカも同様)。
発明は新しいものである必要があり、特許出願日より前に刊行物に記載されているなど、公のものとなっている場合には新規性が認められません(アメリカ特許法102条)。
出典:BEFORE THE PATENT TRIAL AND APPEAL BOARD SPACE EXPLORATION TECHNOLOGIES CORP., Petitioner, v. BLUE ORIGIN LLC, Patent Owner.
ここからわかるように、実は、再利用型ロケットについての研究は既に論文が書かれており、NASDA(JAXAの前身)と三菱スペースソフトウェアの研究者による論文には、打ち上げられたロケットが大気圏に再突入し、船上に着陸する方式についての記述があったのです。
出典:Re-entry and Terminal Guidance for Vertical-Landing TSTO(Two-Stage to Orbit) Yoshiyuki Ishijima, Shuichi Matsumoto and Kentaro Hayashi
論文に掲載されている上記図をみると、沿岸部の射点から打ち上げられたロケットのブースターが切り離され大気圏に再突入、その後、ブースターが海上船に垂直に着陸するというもので、ブルーオリジンの特許とよく似ています。
「宇宙打ち上げロケットと関連するシステムと方法の海上着陸」という構想はすでに日本の研究者によって研究されていたのです。
結局、ブルーオリジンの取下げによって、事件は終結することになりました。
おわりに
業界をリードする企業間の争いで、日本の研究成果が証拠として活用されていることには、誇らしさに似た悔しさも感じます。
技術の実装がいかに重要で困難かを考えさせられる事件といえます。
マンガ「競争と共創」
冒頭のマンガを作成いただいたのは、昭和が生んだ天才美少女漫画家あんじゅ先生が運営するオンラインサロン「あんマンサロン」に所属するぽっくすさんです。
いつもありがとうございます!
宇宙法、ロケット美少女化という無茶振りミッションにも対応できてしまう「あんマンサロン」はこちら↓
このネタはずっと漫画で読みたいと思っており、ケンカしているファルコン・ヘビーとニュー・シェパードの間で照れながら論文を持ち出すH-ⅡBをただひたすら見たい、という思いで構想を作りました。
もともと、ロケットで活用される技術はアポロ時代の技術が元になっており、宇宙空間という過酷でリスクの高い環境では、いわゆる「枯れた技術」が重宝されます。最新技術より、古くても信頼できる技術の方が良いというわけです。
技術をめぐっては、オープンにしてみんなでアップデートしていく方向性、クローズにしてノウハウとして保持している方向性など戦略が重要となります。正解があるわけではありませんが、この事件は宇宙業界の特許のあり方を考える良い教材になるのではないかと思います。
参考:
・BEFORE THE PATENT TRIAL AND APPEAL BOARD SPACE EXPLORATION TECHNOLOGIES CORP., Petitioner, v. BLUE ORIGIN LLC, Patent Owner
・Re-entry and Terminal Guidance for Vertical-Landing TSTO(Two-Stage to Orbit) Yoshiyuki Ishijima, Shuichi Matsumoto and Kentaro Hayashi