発狂頭巾1995SP

 ●発狂頭巾1995年スペシャルについて
 発狂頭巾後期も後期、90年代の作。従来の痛快時代劇路線から離れ、狂えるものの悲哀や他者に振り回される姿を描いた異色作。1シーズンに一回くらい、全5話くらいあったと思う。視聴率は振るわなかったが、サイケデリックな画面演出など独特の要素から隠れたファンは多い。
 なお、監督は本作を最後にして精神病院に入ったという噂がまことしやかに伝えられているがその真偽は不明である。しかし時折見せる、妙にリアリティのある幻覚描写などを見ると、そういう噂もむべなるかな、と思えるところはある。(民明書房刊・「封印された時代劇」より引用)。
 これ第何話なのかわかりませんが実家に転がっていたビデオテープからテキスト起こしします。

 ●オープニング
 燃える江戸の町。打ち叩かれる半鐘のシルエット。絶望の視線で見上げる被災者たち。無音のままに「発狂頭巾」のタイトルが画面にかぶさる。

 ●黒原の屋敷
 薄暗い部屋。
 差し向かいに座る、与力の黒原と材木商の越後屋。越後屋の隣にうつむいて座る少女お七。膝の上に置いた手は震えんばかりに握りしめられている。

 黒原「ご苦労であったな、越後屋。よう連れてきてくれた」
 越後屋「ほら、不愛想な顔をしてないでご挨拶しなさい。お前の世話になる旦那様だよ」

 少女、動かず。黒原、舌なめずりしそうな顔で近づき。

 黒原「よいよい。不機嫌な顔も美しい。生娘はこのくらいのほうが張り合いがある。
 急ぐ必要はなかろう?どうせここ以外に行くところなどないのだ。栄華を誇った伊勢屋の店も焼け、父親は死に、しかも火元が自分の家と来ては町の衆に顔向けもできず……」

 お七、怒りも露わに顔を上げる。

 お七「違います!」
 お父っつぁんもおっ母さんも!火の不始末など決してしたことのない人でした!」
 越後屋「なんだい、この娘は。自分のうちの不始末を、他人のせいにするのかい」
 黒原「まだ頭が追い付いていないのであろう。そのうち、わしの有難みが分かるようになる。美しい着物や簪、なんでも買い与えてやろう」

 お七の顎に手をかけ、舐め回すように、

 黒原「わしはお主を手に入れるためになんでもした。そして手放さぬためにはなんでもする。この意味が分かるな」
 
 奥の襖を開け放てば、そこにはすでに敷かれた布団と、二つ並んだ枕。
 
 越後屋「ではワタクシはそろそろ退散いたしますよ。馬に蹴られたくはございませんので、へへへ……」
 黒原「ああ、そうせよ。商売のほうも忙しいのであろう」
 越後屋「こたびの火事で材木の値上がり、それはもう儲かって儲かって、笑いが止まりませぬからなあ」
 
 越後屋が姿を消し、黒原、お七を抱え上げて奥の部屋へ。
 必死で抵抗するお七だが、帯を解かれ裾がはだける。うつぶせに押し転がされながら、その顔がアップになる。光の消えた昏い眼。動いた唇の形は、恐らく「死んじゃえ」。
 
 越後屋「うわーっ!何だ、お前は!」
 
 庭のほうから越後屋の悲鳴。黒原、襖を開け駆け付ける。
 臙脂色の頭巾を纏った怪しい人物。発狂頭巾だ!
 
 黒原「何者だ!」
 発狂頭巾「何者だとは何者だ!わしを呼んだのは誰だ!人に名を尋ねる時はまず名乗るのが礼儀であろう!!(血走った眼のアップ)(裏返った声)」
 
 あっけにとられたように顔を見合わせる黒原と越後屋。
 
 越後屋「おそらく……(頭の横でクルクルパーのジェスチャー)」
 黒原「つまみ出しておけ」
 越後屋「はい。ほらあんた、出口はこっち……うわーっ!!」
 
 発狂頭巾、目にもとまらぬ早業で越後屋を斬り倒す。倒れかかる越後屋の顔面に左手の爪を立て、引っかく。爪が一枚剥がれ血が流れるが、気にする様子はない。
 
 黒原「おのれ狂人が!出合え出合え、曲者じゃ!」
 
 ばらばらと飛び出してくる用心棒のみなさん。
 
 発狂頭巾「狂人?狂人と言うたな。狂うておるのは……貴様らではないかーっ!!(例の音)」
 
 ねじ伏せられていく用心棒たち。普通に斬られたり、馬鹿力で石灯籠に叩きつけられて体がくの字に曲がったり、足首を持って庭の池に逆さに漬けられた挙句に遠巻きにしていた他の用心棒をなぎ倒す棍棒代わりに使われたり。
 
 発狂頭巾「名乗れ……名を名乗れ!!(←戦闘中ずっと呟いてる)」
 
 ついには黒原との一騎打ちになるが、これも謎のヒップアタックでバランスを崩し発狂頭巾の体を乗り越えたところを一刀のもとに倒される(とても説明しづらいです。実際観てくれとしか言えない)
 発狂頭巾、血走った眼で眺めまわし、座敷の奥にいるお七に目を留める。一瞬その目が、凶悪に輝く。
 
 お七「待ってください!伊勢屋清兵衛の娘、七と申します!
 あ、あの……あなたさまのお名前は……」
 発狂頭巾「名乗るほどのものではない。人は呼ぶ、わしのことを、発狂頭巾と」
 
 発狂頭巾、塀を乗り越えて消える。派手な落下音が聞こえる。
 お七、しばらく呆然としていたが、庭に出て黒原や越後屋の死体を眺める。震えてはいるが、その顔は段々に晴れ晴れとしてくる。
 
 お七「発狂頭巾……さま……」
 
 恋する娘のような顔で発狂頭巾の消えた塀を見上げる。
  
 ●黒原の屋敷、翌朝
 死体にはムシロがかけられ、検分のものたちが来ている。
 同心の正木、二枚目の若い男。岡っ引きのハチ、まだ少年のような年頃の三枚目。
 
 正木「ひどくやられたもんだぜ」
 ハチ「だいぶ恨みを買ってたみたいですからねえ。お分かりでしょう、正木の旦那だってだいぶ……」
 正木「ハチ、よせ。いくら嫌いな上役だったからって、今は仏さまだ」
 
 塀の外には野次馬がつめかけている。「発狂頭巾だ」「発狂頭巾大明神さまだ」という囁きが聞こえる。
 
 正木「おい、発狂頭巾たぁ何だ」
 ハチ「あれっご存じありませんか旦那、世直し大明神として評判なんですぜ。
 闇に紛れて悪を成敗する、正義の狂人……ってもっぱらの噂で」
 正木「狂人に正義もヘチマもあるもんか。そんなもんにはびこられてみろ、俺たちァ商売あがったりだぜ。俺はこれでも法の番人のつもりでいるんだ……ほら散った散った」
 
 野次馬を追い払いつつ、越後屋の顔にかけられたむしろをめくり、顔に刺さったままの爪を確認して。
 
 正木「だが下手人が狂ってるってのは間違いねえようだな。
 正気じゃとても、こんな殺し方はできねえ」
 ハチ「そうですかねえ」
 
 ●江戸市中
 聞き込みのため市中を歩く正木とハチ。
 体を猫背に丸めて歩く、むさくるしい恰好の挙動不審な男・吉貝を見つける。

 ハチ「あれっ、吉貝の旦那じゃぁないですか。今日は随分と具合が良さそうだなあ」
 正木「誰だ?」
 ハチ「もとは立派なお侍だったそうですけど、ご新造さんを亡くされてからちょっと頭がおかしくなっちまいましてね……でも悪いことはなさらねえし、いい人ですよ」
 正木「どうせ食い物を奢ってくれるやつはみんないい奴なんだろ、お前は」

 近づいてくる吉貝。笑顔で手を振るハチ。

 ハチ「吉貝の旦那!今日はだいぶいいようですね!」
 吉貝「おお、ハチか。寄って茶でも飲んでいかぬか。そちらの御仁も一緒に」
 正木「いや、拙者は……」
 
 正木、吉貝の左手に目を留め、驚きの表情。中指の爪が剥がれ、包帯が巻かれている。
 
 正木「……伺いましょう」
 
 ●吉貝の家
 ごちゃごちゃとわけのわからないものが詰め込まれた家。
 茶釜の中で正体不明の液体が煮立っている。
 
 正木「正木純之進と申します。殺された黒原様は上役で」
 吉貝「そうか、それは大変であった」
 ハチ「本当にすごかったんですよ、あの人数を一人で斬り倒せる人がいるとは信じらんねえ」
 
 目も合わさず謎の液体をかき混ぜ続ける吉貝。口を開く正木。
 
 正木「黒原様も、越後屋も、決して褒められた人間ではありませんでした。正直、死んで欲しいと思ったことは一度や二度じゃない。
 ですが、俺は法の番人だ。人殺しは決して許しちゃおけねえ。
 下手人を見つけて、必ず捌きを受けてもらう。それが俺の仕事だ」
 吉貝「そうか」
 
 吉貝、やっと目を上げて。
 
 吉貝「許せぬか」
 正木「許せませんね」
 吉貝「まあ飲め」
 
 汚い茶碗に注がれたドス黒い液体。ハチに助けを求めるような視線を送るが、「けっこう美味しいんですよ」の一言で一蹴される。
 ためつすがめつしていたが覚悟を決めたように飲み下す正木。視界が歪み、画面がふにゃふにゃになる。
 【機械音のようなブゥゥーン……という音が聞こえ始め、プツリと止まるとともに暗転】
 
 ●江戸市中
 再び町中を歩く二人。
 
 正木「なんなんだよ、あの野郎は……」
 ハチ「ちょっとおかしくはなってますがすごい人なんですよ、いろんなことを知ってるし」
 正木「いろんなことってぇのは例えばなんだ」
 ハチ「ケシの実ってあるじゃないですか」
 正木「そりゃあるよ」
 ハチ「あれは苺から一粒一粒とるんだそうです」
 正木「そりゃ嘘だ、騙されてるぞお前」
 ハチ「しかしいい家ですね、こんな家に住めるのはどんな人かなあ」
 正木「けっ、金持ちの妾かなんかじゃねえのか」
 
 粋な黒塀の家。庭に一人の女が出てくる。お七である。
 
 正木「お前、伊勢屋のお七坊じゃねえか!何やってんだこんなところで」
 お七「何って、住んでるんですよここに。
 ……越後屋さんの世話で、黒原様の世話になってるんです」
 正木「は!?お前、あんなに嫌がってたじゃ――」
 お七「だって仕方ないじゃないですか!火事でお父っつぁんは死んじまって、おっ母さんは大火傷、もうこうする他は、吉原にでも身売りするしか――」
 
 垣根越しに越後屋、番頭数人を引き連れて登場、お七に声をかける。
 
 越後屋「お七ちゃん。今晩は旦那様が来られるそうだから、ちゃんとおもてなしをするんだよ」
 お七「……はーい」
 
 越後屋の後ろ姿を、殺人的な視線で見送るお七。
 
 正木「あー…… 月並みな言い方だが、気を落とすな。困ったことがあったら、なんでも俺に言え」
 お七「言っても、どうにもならないことですよ。それとも正木様が、なんとかしてくれるって言うんですか」
 
 ためらってから、ぽつり呟くお七。
 
 お七「火事はうちが火元だったって言うけど、あれは付け火だと思うんです、私。
 商売仇のお父っつぁんも亡くなり大儲けした越後屋さんは、火事のときに偶然家財をよそに移していて無事。
 それで、越後屋さんの後ろにずっといたのが、与力の黒原さま――」
 正木「めったなことを言うもんじゃねえ」
 お七「わかってますよ。だからどうにもならないことだって言ったじゃないですか」
 母親「お七?お七や……」
 
 縁側に包帯まみれの老婆が這い出してくる。大火傷を負ったお七の母親である。お七はそちらに向かい正木の眼前から消える。
 
 ●吉貝の家
 植木鉢に足袋が植えられている。人間の足が土から突き出ているように見える。雨も降らないのに傘を差し、その鉢植えに水をやる吉貝。
 ふと目を上げる。昼の月が出ている。穏やかな表情で目を細める。
 
 吉貝「今日は誰もわしを呼ばぬ。ありがたいことじゃ」
  
 ●奉行所
 戻ってきた正木。同僚たちが出迎える。
 
 同僚「おい、火事の火元の件な、これ以上首を突っ込むなって黒原様からのお達しだ」
 正木「なんだって?」
 同僚「仕方ねえだろ、黒原様にはお奉行様だって意見できねえんだ。
 目をつけられてみろ、発狂するまで虐められるって噂だぜ。ま、触らぬ神に祟りなしってとこかな」
 
 同僚、ぽんと正木の肩を叩き、立ち去る。正木、釈然としない表情で見送る。
 
 正木「こりゃ本当に、もしかするかもしれねえぞ」
 
 奉行所を出て正木、再びハチと合流。
 
 正木「というわけで火事の件、俺は動けなくなった」
 ハチ「なんですって!?それじゃ、諦めるんですかい!?」
 正木「時にハチ、お前はじいさんの代から俺んちに出入りしちゃぁいるが、正式に俺の手下になったことは一度もねえ、赤の他人だな?」
 ハチ「え、なんですか、あんまりじゃござんせんか、オイラのことを赤の他人だなんて……」
 正木「俺には動けねえことも、お前なら動けるだろう?そう聞いてるんだ」
 
 ハチ、正木を見つめる。決意の表情。
 
 ハチ「へへっ……旦那に頼まれちゃ断れませんや」
 正木「頼んだぞ。無理はするな、ヤバそうだったらすぐ逃げてこい」
 ハチ「合点でさ!」
 
 聞き込みをするハチの断片的なカットがいくつか挿入される。
 
 ハチ「やっぱり黒原様と越後屋、怪しいみたいですぜ」
 正木「なら聞き込みの際にその情報を広めるように動いてみてくれ。噂が広まれば上も動かざるをえなくなる。そうなりゃ、俺たちの勝ちだ」
 
 なおも聞き込みを続けるハチ。
 憤る一般市民。掲げられる「世直し」の旗。
 ハイタッチするハチと正木。
 包帯だらけのまま顔に白布が被せられたお七の母。泣き崩れるお七。
 深刻な顔で何かを相談する黒原と越後屋。

 ●路地
 路地をスキップ気味に歩くハチ。現れる浪人と見える用心棒。
 
 浪人「てめえだな?嗅ぎまわってる鼠野郎は……」
 
 刀が一閃し、ハチ、倒れる。最後に何かを掴もうとするように手を伸ばす。
 
 ●路地、翌日
 ハチの検死をする正木。周りには無責任な野次馬。
 
 モブ「可哀想にねえ、まだ若いのに」
 モブ「岡っ引きだってねえ。ただの辻斬りじゃないかもしれないねえ」
 正木「ハチ……すまねえ……一人で行かせた俺のせいだ……」
 
 顔を上げる。昏い憎しみの表情。食いしばった歯の間から、なにか呟きが漏れる。
 
 場面変わってお七の家。並んだ両親の位牌。正木と同じ表情のお七。
 
 お七「発狂頭巾、大明神……」
 
 ●黒原の家
 酒を酌み交わす黒原と越後屋。
 
 越後屋「我々のこと、妙な噂になっていたようでございますが……」
 黒原「ああ。済んだことじゃ。鼠さえ退治してしまえば、人の噂など脆いものよ」
 越後屋「黒原様も、ワルでいらっしゃいますねえ……」
 黒原「今や我らに逆らうなど、正気の沙汰では考えられぬことよ……」
 発狂頭巾「待てぇーーい!!」
 二人「誰だ!!」
 
 庭に現れた発狂頭巾。口から泡を吹きながら怒りの表情。
 
 発狂頭巾「良い気分で月を見ておったのに!誰だ!誰が呼んだのだ!」
 黒原「おのれ狂人!とっとと出て行かぬと……」
 
 発狂頭巾、奇声とともに縁側に飛び上がり、一刀のもとに黒原を叩き伏せる。行燈が倒れ、炎が畳を舐める。
 越後屋が悲鳴を上げる。
 半鐘の音が聞こえる。何者かが半鐘を叩くシルエット。
 
 ●黒原の家、外
 屋敷は炎に包まれ、大量の野次馬が詰めかけている。ところどころに立つ「世直し」のムシロ旗。
 
 モブ「発狂頭巾大明神だ!発狂頭巾大明神が悪い奴を倒すぞ!」
 モブ「こないだの火事の火付けをしたんだってねえ。儲けた金で若い妾を囲ったって太え野郎だ」
 
 屋敷の中では激しい剣戟。
 半鐘を鳴らしているのはお七である。
 
 お七「燃えろ、萌えろ!みんな死んじまえ!」
 
 やがて屋敷の門が中から蹴倒され、全身を血で染めた発狂頭巾が現れる。小脇に石灯籠を抱えている。群衆のどよめき。
 
 モブ「発狂頭巾さまだ!」
 モブ「発狂頭巾さま!」
 
 歓迎する群衆のほうを一瞥し……奇声を上げて斬りかかる発狂頭巾。逃げ惑う群衆。
 数人が斬り倒され赤に染まる。
 
 発狂頭巾「誰だ、誰だ!わしを呼んだのは!名乗れ!名を名乗れ!」
 
 火の見櫓から降り、嫣然と微笑むお七。
 
 発狂頭巾「お前は……」
 お七「ねえ。殺してよ。みんな殺してよ」
 
 
 カメラ切り替わって、現場にかけつける正木。周りには死体が転がっている。一つはお七である。
 
 正木「なぜだ」
 発狂頭巾「お前か。お前が呼んだのか」
 正木「なぜ殺した!!」
 発狂頭巾「狂いとうなどなかったのに!!お前たちが呼ぶから!!己では狂えもしないくせに!!」
 正木「何を抜かしやがる、この狂人――」
 発狂頭巾「狂人?狂人だと?狂うておるのは―― (例の音)貴様らではないか!」
 
 斬り合いが始まる。妙な動作の入らない真っ当な殺陣である。両者一歩も引かず。
 最終的に正木の刀が発狂頭巾の鳩尾を貫く。発狂頭巾、音もなくくずおれる。
 
 正木「許せねえんだ……俺は」
 
 【機械音のようなブゥゥーン……という音が聞こえ始め】
 正木、背を向けて去ろうとする。しかしそのとき、串刺しにされたままの発狂頭巾が起き上がり、奇声とともに石灯籠を正木の後頭部に叩きつける。
 【プツリと止まるとともに暗転】
 
 ●正木の家
 跳ね起きる。
 
 正木「嫌な夢見た」
 
 ●路上
 喉を掻き切り目を見開いたお七の死体。手には書類を握っている。
 検死をする正木とハチ。
 
 ハチ「覚悟の自害のようですね」
 正木「何も死ぬこたぁなかったろうに……」
 
 ハチ、遺書を開き、読み上げる。
 
 ハチ「今まで母のためと思って辛抱してまいりましたが、母が亡くなったいま、両親の仇におもちゃにされて、このまま生きていくわけにはまいりません。詳しいことについてはもう一枚の書き付けをご覧ください。両親のところに参ります。かしこ」
 
 もう一枚の書き付けを開くハチ。その目が見ひらかれる。
 
 ハチ「旦那!こいつぁ大ごとですぜ!
 これは……黒原様と越後屋が組んで火付けをした、その証拠になる手紙だ!
 大変なものが出てきちまった。これを命がけで盗み出したんですねえ」
 正木「そうか……そいつをお奉行様のところに届けろ。絶対になくすなよ。
 悪人は法のとおりに裁かれなきゃならねえ。たとえ筆頭与力でも、だ」
 ハチ「合点!」
 
 場面変わって、すこし後。
 
 瓦版売り「速報、速報だよ!火付けの犯人は、奉行所の筆頭与力と大店の材木商!焼け死んだ商売敵の娘が手紙を盗み出して、見事両親の敵討ちって寸法だ!さあ買った買った!」
 
 腕を組んで歩く正木。憔悴の色が濃い。
 
 正木「お七……こうなる前にどうして……」
 
 チャカポコチャカポコ。
 不思議な音に目を上げると、臙脂色の発狂頭巾が首から巨大な木魚を下げ、叩きながら行き過ぎる。
 
 正木「おい、ちょっと待てあんた、何をしてる」
 発狂頭巾「可哀想な娘の弔いに、今日も今日とて外道祭文」
 
 穏やかな顔で正木を振り返り、
 
 発狂頭巾「法の番人の割には浮かない顔じゃな。大手柄だというのに」
 正木「あんたは一体何だ?狂っているんじゃないのか?」
 発狂頭巾「いかにも拙者は発狂頭巾。
 この世に狂いたくて狂うものなどおらぬ。狂いでもしなければ成せぬこと、そんなものがあるゆえ、仕方なく狂うのではないのか?」
 正木「何のことを言ってる?」
 発狂頭巾「なあ、
 この世界も、許せぬか?」
 
 思わず目を見開いた正木の顔がアップになる。
 【機械音のようなブゥゥーン……という音が聞こえ始め、プツリと止まるとともに暗転】
 
 ●通勤路
 朝、半病人のような顔で奉行所へと向かう正木。衣服もよれよれで、病み上がりのような感じ。
 向こうからやってくるのは吉貝。こちらは月代をきちんと剃り上げ、清潔な恰好をしている。今までの印象とはまるで異なる爽やかな顔。
 
 吉貝「正木殿!気の病でしばらく努めを休んでいたと聞いたが、もう良いのか?安心したぞ!」
 
 ばしっと肩を叩き、去っていく。正木、虚ろな目でそちらを追う。
 
 正木「俺が……気の病?」
 
 お七と母親、連れ立って通り過ぎる。大店のお嬢様らしく華やかな振袖を着ている。
 
 お七「ねえ、あの人、なんか……」
 母親「しっ!目を合わせるんじゃありません!」
 
 ハチ登場するも、腫れ物に触るような感じ。
 
 ハチ「旦那、良くなられたんですね、えへへ……じゃ、また、よろしく頼みますよ」
 
 奉行所に入る。上席に座っていた黒原、露骨に嫌な顔をして舌打ちをする。
 
 同心「黒原様、越後屋がお目通り願っています」
 黒原「おお、今行く」
 
 黒原、正木の側を通るとき、露骨に「使えぬ奴めが」と呟く。
 
 崩れるように文机の前に座り、引き出しを開く正木。その手に覚えのないものが触れる。
 引っ張り出してためつすがめつしているが、そのうちはっとしたような表情になる。臙脂色の頭巾だ!(例の音)
 
 正木「何で?何で、ここに!?俺が……俺が!?」
 
 いつの間にか周りには誰もいなくなっている。頭巾を握りしめ、理解できぬ現状に震える正木。頭を抱える。どこからか「発狂頭巾大明神」と、歌うような呼び声が聞こえる。
 
 正木「狂ってやがるのは……」
 
 正木「狂ってやがるのは……」
 
 不穏なBGM。そのテンポがどんどん詰まっていき…… しかしそのままフェードアウトする。正木、狂気の表情を緩めて、泣き笑いのような顔。
 
 正木「狂ってやがるのは、誰なんだよ……」
 
 静かに流れ出すエンディングテーマ。淡々と映し出される平和な江戸の町、幸せそうな吉貝一家、両親と連れ立って歩くお七、何かの聞き込みをするハチ。そして最後のシーンで写るのは歩いている正木、よく見ると左手の中指に、包帯が巻かれている。
【完】

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