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永遠の初心者(Newbies)

永遠の初心者

「〈インターネット〉の次にくるもの 未来を決める12の法則 著ケヴィン・ケリー」の中で、「永遠の初心者」という言葉が何度か使われている。
 
 この言葉は所属先のポータル内の執行部コラムで初めて目にした。そこでは著書の紹介とともに「『永遠の初学者』と書き換えて使っている」と綴られていた。

すてきっ!気になって僕も手にして読んでみた。

この先目まぐるしいスピードでテクノロジーなどが進化し、情報や知識までもが陳腐化していくかもしれない。未来を考えるときこの永遠の初心者としての心構えが必要なのだと解釈した。この言葉そのものが私たちに多くの問題を提起してくれている気がする。私たちコーチにとってもこの心構えは自分自身のコーチングスキルを左右するほど大切だと思う。

12の法則の一つに、クエスチョニングが挙げられており、AIは答えを出したり記憶をしてくれるが良いクエスチョキングがあってのもの。「答えはどんどん安く豊富になっていく」「『答えの確かさ』から『質問の不確かさ』へ移行している」という文章もあった。著書では以下のとおりクエスチョニング(疑問をもつこと)のもつ力強さが強調されていた。

〈以下p380より抜粋〉
良い質問とは、正しい答えを求めるものではない。
良い質問とは、すぐに答えが見つからない。
良い質問とは、現在の答えに挑むものだ。
良い質問とは、ひとたび聞くとすぐに答えが知りたくなるが、その質問を聞くまではそれについて考えてもみなかったようなものだ。
良い質問とは、思考の新しい領域を創り出すものだ。
良い質問とは、その答えの枠組み自体を変えてしまうものだ。
良い質問とは、科学やテクノロジーやアートや政治やビジネスにおけるイノベーションの種になるものだ。
良い質問とは、探針であり、「もし〜だったら」というシナリオを調べるものだ。
良い質問とは、ばかげたものでも答えが明白なものでもなく、知られていることと知られていないことの狭間にあるものだ。
良い質問とは、予想もしない質問だ。
良い質問とは、教養のある人の証だ。
良い質問とは、さらに他の良い質問をたくさん生み出すものだ。
良い質問とは、マシンが最後までできないかもしれないものだ。
良い質問とは、人間だからできるものだ。

ここに書かれていることは十分理解できる。人間の生活やスポーツにおける答えや正解というのは文脈や価値観に依存すると考えている。すぐに答えなんて知らなくていいのかもしれない。大切なことは疑問をもつことであって、それ自体がパワフルなのかもしれない。正解を知らないことをネガティブに捉える必要はない。疑問を持ち、問いかける。仲間に。自分に。

知識の所有によって人間の優劣が決められてきたこれまでの暗黙的な評価システムによって私たちは苦しみ始めている。優劣の二極化が加速している。そもそも優劣などではないかもしれない。優劣よりももっと怖いのは学びのチャンスや失敗の経験をし損ねてしまうことであって、それをお互いで醸成している空気感なのかもしれない。テクノロジーや情報、知識を駆使しながら生活の質やスポーツパフォーマンス(S&Cトレーニング)を高めて行かざるを得ない未来においては、自己に存在する非"永遠の初心者"心構えは確実に自己を狭くしていくし、足枷となる。

皆が初心者であり初学者であるという心構えを暗黙的にもっていれば、どれだけ素直で健康的な人間関係を築いていけるか、そして学びあってシェアし合って、と考えると未来が楽しみでしょうがない。

”人間”とともに仕事をしていく僕にとって、前向きに健康的(心の)に生きていくために永遠の初心者や、クエスチョングを生活の一部にしていきたい。

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