経済学で考える103万円の壁:3つの点からどうなるか見てみる。
「103万円の壁」があなたの働く意欲や経済に影響を与えているとしたらどう思いますか。
多くのパートタイマーやアルバイトの方々が、所得税や社会保険料、そして扶養控除を気にして、収入を103万円以下に抑えているという現象があります。この「壁」は、個人の収入だけでなく、企業の生産性や経済全体にも影響を及ぼしている可能性があります。
103万円の壁を撤廃したときにどうなるかが盛んに議論されていますが、経済学の立場から3つの点で考えてみたいと思います。
労働者の目線: 収入が増えます
税収の目線: 減税効果により税収が低下します
経済効果の目線:税収減より多くの経済効果が得られます
税収を減らすこととの引き換えに、労働者にメリットを与え、税収減の金額以上の経済効果が得られるという結果です。
こう見ると、きちんと筋が通った政策になっています。
では、なぜこうなるかについてここから話に入りましょう。
分析について
分析については、インセンティブの経済学の考え方にそって最適化分析をします。
前提条件とパラメータの設定
労働者の選択肢:
低努力$${(年収 w_L=103万円)}$$
高努力$${(年収 w_H=135万円、努力のコスト c(e_H)=20万円)}$$
所得控除
給与所得控除:55万円
基礎控除:48万円
税率
労働者の所得税率:5%(課税所得が195万円以下の場合)
親の所得税率:20%(親の課税所得を400万円と仮定)
扶養控除額:$${F=38万円}$$
乗数効果:$${m=1.5m}$$
消費性向:$${c=0.6}$$
103万円の壁を維持する場合の分析
労働者の効用最大化問題
労働者は次のような効用関数を最大化しようとします。
$$
\max_{e} \quad U = w(e) - c(e) - T(w(e))
$$
制約条件
親などの扶養控除の適用条件
$$
F(e) \leq \bar{F} \\
$$
$${F(e):労働者の給与}$$
$${\bar{F}=103 \text{万円(扶養控除の適用上限)}}$$
ラグランジュ関数の設定
$$
\mathcal{L} = U - \lambda [F(e) - \bar{F}]
$$
$${λ:ラグランジュ乗数}$$
またここで下記の通りとなります。
賃金収入:$${w(e) = a \cdot e}$$
努力のコスト:$${c(e)=\frac{1}{2}be^2}$$
税金:$${T(w(e))=t [w(e) - D]}$$
t=5%=0.05:所得税率
D=103万円:所得控除の合計(給与所得控除 + 基礎控除)
これを解くと
$$
\mathcal{L} = [a(1 - t - \lambda)e] - \frac{1}{2}be^2 + tD + \lambda \bar{F}
$$
ラグランジュ関数を努力度 e で微分してゼロと置きます。
$$
\frac{\partial \mathcal{L}}{\partial e} = a(1 -t - \lambda) - be = 0
$$
これをeについて解きます。
$$
e=\frac{a({1} - t - \lambda)}{b}
$$
制約条件
$$
F(e) - \bar{F} \leq 0 (つまりae - \bar{F} \leq 0)
$$
補助スラックネス条件
$$
\lambda \geq 0, F(e) - \bar{F} \leq 0, \lambda[F(e) - \bar{F}] = 0
$$
制約が拘束の場合 $${\lambda > 0)}$$
$${F(e) - \bar{F} = 0}$$
$${ae = \bar{F}}$$
$${e = \frac{F}{a}}$$
$${e = \frac{103万円}{135万円}}$$
最適な努力度は
$${e^*≈0.76296}$$
となります。
(労働者は扶養控除の適用上限ギリギリの収入を得るように調整します。)
$${be = a(1 - t - \lambda)}$$
$${\lambda = 1 - t - \frac{be}{a}}$$
数値を代入し
$${ \lambda = 1 - 0.05 - \frac{40万円 \cdot 0.76296}{135万円}=0.72394}$$
ラグランジュ乗数$${\lambda = 0.72394 \geq 0}$$
制約が労働者の意思決定に影響を与えていることがわかります。
最適化の結果
高努力を選択すると、扶養控除が適用されず親の税負担が増加します。
労働者の効用が減少し、高努力を選択するインセンティブが低下します。
103万円の壁を撤廃する場合の分析
新たな制約条件
扶養控除の適用上限が引き上げられ、制約が緩和されます。
$$
F'(e) \leq \bar{F'}
$$
$${\bar{F'}>135万円}$$
ラグランジュ関数の設定
$$
\mathcal{L}' = U + \Delta T_{\text{parent}} - \lambda' [F'(e) - \bar{F'}]
$$
$${ \Delta T_{\text{parent}}:親の税額減少}$$
こちらの方は制約なしで効用が最大化されます。
同様にこれを解くと最適な努力度は
$${e^*=1}$$
となります。(労働者は最大の努力を選択)
労働者の最適な効用
$$
U(e^*) = a(1-t)e^* - \frac{1}{2} b(e^*)^2 + tD
$$
数値を代入すると効用$${U(e^*)}$$は113.4万円になります。
最適化の結果
高努力を選択しても扶養控除が適用され、親の税負担が増加しません。
労働者の効用が増加し、高努力を選択するインセンティブが高まります。
乗数効果を考慮した経済活性化の分析
家族全体の所得増加
$$
\Delta U_{\text{family}} = U'_{\text{family}, H} - U_{\text{family}, H} = 121 \text{万円} - 105.8 \text{万円} = 15.2 \text{万円}
$$
消費の増加
$$
\Delta C = \Delta U_{\text{family}} \times c = 15.2 \text{万円} \times 0.6 = 9.12 \text{万円}
$$
総需要の増加(乗数効果適用)
$$
\Delta Y = \Delta C \times m = 9.12 \text{万円} \times 1.5 = 13.68 \text{万円}
$$
経済活性化の総増加額
$$
\Delta \text{経済活性化}_{\text{総計}} = \Delta U_{\text{family}} + \Delta Y = 15.2 \text{万円} + 13.68 \text{万円} = 28.88 \text{万円}
$$
結果の比較
家族全体の所得増加:15.2万円
経済活性化の増加額:28.88万円
政府の税収減少額:15.2万円
経済活性化の増加額が政府の税収減少額を上回っているため、政策として有益といえます。
労働者の高努力へのインセンティブが強化され、労働参加が促進されます。
企業の生産性が向上し、利益が増加します。
消費の増加により、経済全体が活性化します。
結論
103万円の壁を撤廃し、扶養控除の適用上限を引き上げることは、家計、企業、経済全体にとって有益な政策であるといえます。乗数効果を考慮することで、経済活性化の効果が政府の税収減少額を上回ることがわかります。