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「青空に雨」最終話

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最終話「青空に雨あおぞらにあめ

「いいじゃん、花火大会! ね、愛ちゃん」
「わたしもいいの? 嬉しい!」

 錦織が提案してくれた花火大会。次の昼休み、小川と長谷川さんを誘ってみると、2人はとてもよろこんでいた。そっか、錦織にとってみたら、長谷川さん1人を誘うより、こうやってワイワイ出かける感じのほうが誘いやすいってことだったのかな。でも……

「来月かぁ。わたし浴衣着て行こうかな」
「下駄とかはやめたほうがいいぞ、どうせすぐに足が痛くなって、人混みの中を歩けなくなるのがオチだからなぁ」
「尾上、あんた一生モテないよ」
「なんでだよ!」
「陽太は別にいいんだよな、女子にモテなくても」
「はっ? どっ……どど、どういう意味だよ!」

 錦織のちょっかいに陽太は真っ赤になって反発している。そんな二人を見る長谷川さんの微笑みは柔らかい。

「ね。浴衣で花火大会楽しそうだよねぇ? ユウは尾上みたいに空気の読めないこと言わないでしょ」
「え? 好きな格好で行けばいいんじゃないの?」
「ユウ、お前も少し黙れ」

 僕も錦織に回収されて、尾上としばらく黙っていることにした。小川はそんな僕たちを見て呆れたように軽いため息をついていた。

「渚沙ちゃんの浴衣楽しみ。実はわたし、花火大会行ったことないんだよね」
「そうなの?」
「家の屋上が絶好の花火スポットでね、いつも夕飯食べながら家族で花火見てたから」
「屋上? すごい! 今度遊びに行きたい!」
「うん。いつでも遊びに来ていいよ」

 そう言って小川に笑いかける長谷川さんはちょっと嬉しそうだった。彼女の秘密を知っているのは、多分僕だけだ。あまり不自然にならないようにして、学校でも時々相談に乗っていた。だから今ホクホクとした笑顔でいる長谷川さんを見るのは少し嬉しい。僕には上手く相談に乗れている実感がないけれど、長谷川さんはそれでも喜んでくれている。長谷川さんの相談事は、小川への恋心。確かに、誰にでも簡単に持ちかけられる相談内容ではないのかもな……

「長谷川さんの花火大会デビュー、こんなメンツでいいのかな」
「えぇ? すごく嬉しいよ、ありがとう錦織くん」

 この事実を錦織には言ったほうがいいのかどうかわからない。第一、相談に乗ることで知り得た長谷川さんの秘密を口外するのが良くないのもわかっている。あいつは僕なんかよりずっと空気も読めるし考えるし、もしかしたら……

「あ、チャイム。ほら大和行くぞー」

 当たり前の日常の中で、昨日と今日ではそんな変わったことなんてないのかもしれない。だけど、さっきまで目の前でわいわいと繰り広げられていた友人たちのやりとりを思い出しては、数ヶ月前の彼らとは違う雰囲気に、僕だけ薄いガラスを一枚隔てて存在しているような気持ちになってしまう。わざわざ着慣れない浴衣を着たい気持ちとか、モテるモテないとかもよくわからない。わからないけど、興味ないい世界を知らないままに拒絶する自分が、このままでいいのかもわからなくなっていた。

 長谷川さんはもがいている。そんな長谷川さんの心の中を知ったら、小川も戸惑うかもしれないし、錦織だって、これから苦しむかもしれない。いつも元気そうにしている尾上だって、思い悩むことがあるのかもしれない。みんなもがいてる。自分にさえ興味ないけど、僕はちゃんと僕と向き合うことからも逃げている。今更ながらそんなことに気がついた。
 暑さは日に日に強くなって、すっかり夏だ。2回目の定期テスト期間に便乗するように、錦織はバスケ部を辞めた。まもなく一学期が終わろうとしていて、花火大会も近づいてきた。

「あのさぁ尾上」
「どうした?」
「尾上の行ってる美容院、僕も行ってみようと思ってて。教えてよ」
「えっ?」
「ほら美容院って言っても見当つかないから、オススメとかだったら行きやすいかなぁって」
「いつもの床屋じゃなくて美容院行くの!? ユウが?」
「……変?」
「そうじゃなくて! イメチェンする気になったんだ!!」
「イメチェンっていうか。まぁ、せっかく今度みんなで出かけるし」
「……」
「僕だけなんかダサいかなぁと思って」
「そうは……思わねーけどさ?」
「そうかなぁ」

 尾上はモジモジとしながら首をかしげて、何かを少し考えているようだった。無理なら自分で探せばいいか。

「ならさぁっ!」

 ばっとこちらを見てそう言ったかと思うと、すぐさまどさっと荷物を地面に置いて、さっさとポケットから取り出したスマホを両手でカタカタと操作し始めた。

「ちょっと待ってろよ」

 画面から目を逸らさず言ったけど、すぐに目当ての画面に辿り着いたようで嬉しそうにこっちを見た。そして、僕の顔の横にその画面を並べると、見比べるようにキョロキョロしている。……なんだ?

「うーん、やっぱこれいいよな」
「?」
「いや、こっちかなぁ」
「……何見てんの?」
「ん? 髪型フォルダ」
「髪型……フォルダ? 何それ」

 僕の横に並んだスマホを、尾上の腕ごと掴んで覗き込む。なんだ? このキラキラしたヘアカタログのメンズモデルたちは。

「ゆっ……ユウに似合いそうな画像をピックアップしておいたんだよ!」
「……こんなに……」

 尾上がザッと手を引っ込めてしまったから全部は見られなかった。けど、なぜそんなことを尾上がしてくれてるんだ? しかも、一枚や二枚じゃなくて、本当にフォルダ分けされて沢山の画像が保存されてる。こわ。

「だからさ一緒に行こうぜ、美容院! 今から行って予約してもいいし。なっ?」
「今から?」
「そうそう! 善は急げ!」
「善って」

 予約は必須なんだろうし、こういうことはある意味勢いも必要かな。

「わかった。いいよ」
「マジか! やった!」

 どうして尾上がそこまで喜ぶのかよくわからなかったけど、知らない世界を興味のないふりして安心安全の中で縮こまっている自分から抜け出す第一歩が果たせそうで、少しワクワクしてくる。


※※※


 その日は朝から雨が降っていた。確かに、週間天気予報でも微妙だったし、昨日はにわか雨が降っていた。仕方ない。夏の天気だ。

「あーあ、花火大会中止か。もう少し様子見てから決定してもよかったのに。台風とかじゃねーんだし」
「雨なら仕方ないよな。俺は別にいいんだけどさ、雨でもこうやって遊べるし」

 昼過ぎには花火大会の中止が発表されて、行くアテを失った僕たちは、なぜか男子組だけ僕の家に集まっていた。

「長谷川さんたちは、今どうしてるんだろうなぁ」

 ぼーっと窓の外を眺めながら錦織がぶつぶつ呟いている。

「なぁユウ、このマンガ読んでいい?」
「うん、いいよ」

 尾上は本棚から取り出したマンガとペットボトルを持って僕の隣にちょこんと座ると、黙って読み始めた。

「陽太はいいな、楽しそうで」

 尾上を横目でチラッと見た錦織がそう言った瞬間。

(((ピコン)))

 3人のスマホがほぼ同時に鳴った。グループチャットの着信だ。

「長谷川さん……」
「長谷川さん?」

 長谷川さんの名前を聞いて錦織の目に光が戻ってきた。

「えっと、《花火大会の約束していた時間に、みんなでうちに来ないかってお母さんが言ってるんだけど、よかったらみんな来ない?》だって」
「え? 行く行く! それは行くだろ!」

(((ピコン)))

「小川は行くって」
「俺はどっちでもいいー」
「俺は行く……ユウも行こう?」
「あぁ、みんなで行って迷惑じゃないかな。でもお母さんが言ってくれたんなら大丈夫か。わかった行く」
「え? じゃぁ俺も行く!」
「男子も3人とも行く、と」

 さっきまで残念そうにしていた錦織は、3人の意見をまとめてそそくさを返事を送ってくれている。

《男子はこんな雨の日に3人でつるんでるの?ウケる!》
《みんな来てくれるの嬉しい》

 チャットもすごい速さで文字が流れ込んでくる。そのたびに3人分の通知音がピコピコなり続けている。 

《屋上、簡易的な屋根があるから、雨が強くならなければ手持ち花火とかしてもいいよって言ってくれてるんだけど、花火する?》
《屋上そんなに広いの? すごい! するする!》

 いちいち読み上げてくれる錦織と、どっちでも良さそうな尾上の対比が面白い。
 それから何往復かのチャットラリーをして、隣駅で待ち合わせ後みんなで手持ち花火を買ってから長谷川さんの家へ行くことが決まった。



「ほら、やっぱり中止の決定早すぎたんだよ。まぁ俺は人混みの中より長谷川愛の自宅屋上の方が快適だけど」

 花火を買って長谷川さんの家に到着すると、まもなく雨が止んだ。
 とは言っても、屋外の大会会場は地面が濡れているだろうし、中止は中止で間違っていないと思うけど。でもまだ17時過ぎくらいで、空は明るかったから、暗くなる頃には花火大会もできそうな気さえする。

 長谷川さんの自宅は二世帯住宅の三階建てと大きくて、少々小高い地形もあって屋上からの眺めは格別だった。花火をするスペースは余裕に確保できるし、自分たちで運ぶのならばおばさんの用意してくれた夕飯を屋上で食べてもいいと言われて、みんなのテンションも爆上がりだ。準備が整って辺りを見回すと、夏の空はまだ明るくて。

「あ、虹!」

 最初に見つけたのは小川だった。

「ちょっとーみんな。ほらユウも! 見て見て! 虹!」

 虹に対して背中を向けていた僕にも、消えないうちに早く見ろとでもいいたそうに、ご丁寧に名指しで教えられる。

「写真撮っておこーっと」
「それ、わたしにもあとで送ってよ」
「いいよー。愛ちゃんも撮ったらいいのに」
「わたしはこっち」

 長谷川さんの手にはおばさんが作ってくれた夕飯。BBQで使うような屋外用の折り畳みテーブルに、手際よく食事が運ばれてくる。

「あ、わたしも手伝わなきゃ! ちょっと待ってね。男子ぃ、あんたたちも手伝いなさいよ」
「あーもう、小川はうるせーな。言われなくてもやるって。なぁ? ユウ」
「え? そうだな」

 また一人になって、誰の手伝いをしようかとキョロキョロしていたら、錦織が近づいてきた。 

「なぁユウ、お前、知ってたのか? 長谷川さんのこと……」
「え?」

 錦織は、遠くに長谷川さんと小川を捉えたまま、ボソリと呟いた。何を、とは言わない。

「俺も気づいてたんだけどさ、ちゃんと諦めるには何かきっかけが必要だなぁと思ってたんだ。今日、雨になっちゃったけど5人で遊べて良かった」
「……うん」
「ユウも、最近少し変わったよな。陽太と美容院行ったんだって? あいつ喜んでたよ」
「うん。あいつ、なんであんなに喜んでるんだろうな」
「くくっ、長谷川さんと一緒だよ」
「……長谷川さんと? 何が?」
「いや、なんでもないけど」
「?」
「俺の役割は、今日の雨みたいなものなのかな」
「雨?」
「虹がさ、綺麗に掛かるようにするための、雨。いや、ちょっとカッコつけすぎたか!」

 自ら茶化すように笑うと、錦織は長谷川さんたちの手伝いをしにさっとその場を離れた。
 錦織、何に気づいていたのかは明言してなかったけど、花火大会に5人で行きたいと言ったのは、自分の気持ちを整理するためだったんだな。確かに、今日の長谷川さんは、わかりやすいほどに小川の近くを離れない。
 錦織は、初めて友達になった頃から6年くらいしか経っていないのに、すごいスピードで大人に向かって行っている気がする…

「早く花火開けたいなぁ。な? ユウ」
「暑い。尾上離れて……」
「っていうかさ、このオモリ、一緒に運んでもらいたいんだよ。手伝って。設営設営!」

 尾上は簡易的な屋根を固定していたオモリを取り外していた。花火をするには危険だし、せっかく雨も上がったからと、長谷川さんのお父さんが外しに来てくれていたのを手伝う。湿度を含んだ風が、お世辞にも気持ち良いとは言えないけど、雨で冷やされた空気は不快ではなかった。

「そうだな」

 オモリを屋上の隅へ運んで空を見上げると、雲がすっかり晴れて暗幕を広げたような空に、キラキラと星が瞬いていた。僕の今も、こんな星空みたいないつかに繋がっていたら良い。

もちろん、大切な友人たちの今日も。

 【完】

最終話「青空に雨」4849文字/完

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梅本龍/個人制作作家
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