北海道教区学習会、質疑応答
2023年11月28日に開催された北海道教区の学習会より、質疑応答の一部を要約して記します。質問と回答に絞っているため、さまざまなご意見は割愛していますことをご了承ください。
私に仏性がそなわっているのか
Q 新領解文には、もともと私に仏性が備わっているという考えがあるのではないか。「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」などは出言しにくい。今までの領解文でいただいた喜びが無くなった。
上意下達的ではないか
Q 第二段、師徳の部分。善知識という言葉を歴代宗主だけに限定した事は、上意下達的ではないか。
Q 歴代宗主と多くの信心をいただいた方々の紡いできた800年という事が本文に書かれていない。先生の仰った事は拡大解釈ととることもできる。
Q 唱和の強制は問題ではないでしょうか。
Q 得度、各研修会でも唱和しなくていいのか。不利益を被る事はないか。
総局と勧学寮に大きな不信がある
Q 浅田勧学の文章について。有志の会が主張する内容は、教義に異するとは言えませんとありますが、どのように解釈したらいいのか。すなわち、逆に言って自分たちが間違いと寮頭が認めているのではないか。全国に惑乱を起きているときに、不誠実だとも感じる。武田前執行長が中外日報に掲載された文章には、ご門主が汚名をきせられた事になっていいのかと書いてある。私たちは困惑する。
Q 手続きに間違いがないとはいえ、新しい領解文ととらえる事には大きな不信がある。これだけの惑乱を起こしておいて、勧学寮も不誠実だと感じる。勧学寮を変えなければいけない。
論文であれば認められない文章
Q 出拠がわからない。例えばこんな論文を書いたらはじかれると思わないですか。みんなが自信をもって唱えられるようなものにしていただきたい。
英訳の意図は?
Q 英訳について。新しい領解文は英訳と中国語とポルトガル語がある。中国語とポルトガル語はほとんど直訳だが、英訳だけ「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」が意訳になっている。これはどなたの意図か。
総局の仕事としておそまつ
Q 先生の解説のとおりの領解文であれば問題ない。でも残念ながら今回の領解文はおそまつ。総局は宗祖ご誕生850年、立教開宗800年の年に混乱を起こして何をやっているのか。新しい領解文を出して混乱を起こした事は問題。教義の問題にかかわる文章であればもっと慎重なリサーチをするべきだった。ご門主の思いを若い人へ届けるためのリサーチもしていない。宗門のPDCAも今回の領解文ではいかされていない。御門主が出されたもので常務委員会で議決されたもので進んでいくならば、総局はいらないという事になる。大事にするならば、総局は上手くいくように務めるべき。今回の領解文は狙いとした若い方々にどう受け止められると思うか。
Q 約仏を約生に変えたことでメリットはあるのか。
Q 懸念をしているところは、ご門主への不信感が生じている。私たちは大谷光淳という人格一人をあがめているのではない。ご門主のうしろには多くの生涯をかけて研鑽し真意を伝えた和上方がおられ宗祖がおられる。だからご門主をあおがせていただく。いまズレを感じる。宗門への不信が生じている。これを深刻に総局は受け止めて下さい。異安心を伝えるために懇志を納めるわけではない。宗祖に先人にご門徒に申し訳ない。なにか考えはあるのか。得度で覚えて来いという事は、強制しているではないか。
現代人はどう感じるのか
Q 今も昔も抑圧されて誰かに使われて生きている方が多い。現代人はこの領解文を聞いてどう感じるか。第二段で「これが権力者か」と感じ、第三段で権力者側から「怒るなよ」「優しく生きていけよ」「お前たち笑顔になれよ」と言われるように感じるのではないか。我慢して生きている方が多い中で、そんな事を言われたくないと感想があるのではないか。
Q 得度で唱和強制はないというけれど、暗記の確認はあるのではないか。
社会性に対する問題意識と、自力的に見えることについて
Q 前門さまの時代の「宗制」「教章」、当門さまの「念仏者の生き方」などに見られる、社会に開かれていこうという方向、言葉を変えていえば「社会性」「利他性」を考える問題意識が見られるのは評価したいし、大事な指摘だと思う。もう一つ、朝日新聞に掲載された末木文美士先生の批評によると、「少しずつ執われの心を離れます」という言葉が自力的に見えるという指摘がある。その前提には満井先生が仰っていた通り「み教えを依りどころに生きる者」としての表れが「執われの心を離れる」と引用してくださった。その通りだが、「み教えを依りどころとする」のは何よりも「煩悩具足の私を知る」という気付きであると思う。だから、そういう私をいたむという事も同時にあるのだろう。
きちんとした検証が必要
Q 新しい領解文が発布された時、私も「えっ」と感じた。これが本当にわかりやすいのかと感じた。宗務の基本方針には賛成した。新しい領解文はみ教えを伝えるための一つの方策であり手段。今後、唱和100%を目指した検証、この唱和で伝わることがあったのか検証が必要。
Q 英語版が「包み込まれている」となっているなら、原文もそうしたらよかった。ご門主へは言いにくいかもしれないが。ご門主へアドバイスができるような優しい宗派であってほしい。
Q バージョンアップ(修正)も検討してほしい。
これを領解文と呼びたくない
Q これを領解文と呼びたく無い。私の知人にも評判が悪い。伝道でも使いたくない。出すのが早かった文章ではないか。