自己の「郷愁感」を表現 ~古木佳祐『GARDEN』リリース記念Interview~
生々しく艶やかなベースの音、ずば抜けたテクニック、そして何より“音楽”を大事に奏でていくベーシスト、古木佳祐。
大野俊三(tp)や山口真文(Sax)、秋山一将(g)、奥平真吾(ds)といった日本のジャズシーンを代表するレジェンドプレーヤーから、熊谷ヤスマサ(p)、松本圭使(p)、山田玲(ds)など中堅、同世代からも厚い信頼を得ている幅広い音楽性を兼ね備えたトップベーシストの1人だ。
ジャズシーンだけでなく、WONKやMELRAWなど、その活動は多岐にわたる。
その古木が待望のリーダーアルバム、『GARDEN』を発表。2021年1月27日より、いよいよ一般流通発売が開始された。
これまで、すでに高いポテンシャルを存分に発揮してきた古木に今回オンラインインタビューを敢行。古木の音楽、ベーシストとしてのルーツから、彼の才能溢れる初リーダー作の魅力について語ってもらった。
ロックギターに熱中した少年時代
-まずは古木さんの音楽のバックボーンを知りたくて。ベースを始めたキッカケや影響を受けたアーティスト、ベーシストなどを教えていただけませんか。
10代は邦楽ではB’z、洋楽ではRed Hot Chili Peppersなどをコピーするロックギター少年でした。ギターを始めたのは14歳くらいでした。
両親ともジャズミュージシャン(※古木の父はピアニスト、母は歌手)で、また実家が生演奏もある飲食店をやっていたこともあり、自然にジャズに触れるうちにプロとしての道を志すようになりました。ベーシストになってしまったのは(笑)、実家で行われたセッションにベースのおじさんが来れずに弾かされていたのがキッカケです(笑)。
ジャズを聴き始め、演奏を始めた頃はマイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスやハービー・ハンコックといったレジェンドたちの名盤、名演奏に心打たれ、その作品に参加している、ポール・チェンバース、エディ・ゴメス、ロン・カーター、バスター・ウィリアムス、ジョン・パティトゥッチなどの素晴らしいベーシストのグルーヴや音使いにワクワクしてコピーしていました。 その中でもユニークな自分の音を持っているプレイヤーへの「何の音を弾いてるんだろう?」という興味が、メロディやコードや理論を掘り下げて研究していくキッカケになり、 今でも自分らしい音選びやハーモニーを表現できるよう追求しています。
-古木さんはベースだけでなく、ピアノにも造詣が深いとお聞きしたことがあるのですが、ピアノはいつ頃から始められたのですか。
ベースを弾き始めた17歳の頃に、ベース練習の補助としてピアノを弾き始めて、和音などを覚えていきました。
最近では、カート・ローゼンウィンケル、ブラッド・メルドー、アントニオ・ロウレイロ、ジェラルド・クレイトンなど、さまざまな伝統的な音楽を愛しつつ、独自のカラーを持つプレイヤーおよび作曲家に影響を受けましたし、自分もそういうアーティストでありたいと思っています。
-ストレートアヘッドなジャズだけでなく、いろいろなサウンドを持つアーティストからオファーを受けている古木さんですが、普段どのような心持ちで演奏されていますか。
即興性を重視される音楽では特に感じますが、共演者のカラーもバックボーンも様々な中でその人ごとの理想とするベースサウンドを提供することも重要なことですが、私自身がそのアンサンブルの瞬間で、1番格好良いと思える音を自然体で出すことが大事だと思っています。なので、そんな「ありのまま」を受け入れてバンドに呼んでくださる方々には感謝しかありません。私が気分屋なところもあるので、逆に呼んだ側が大変じゃないかな?と不安になるくらいです(笑)。
1人のアーティストとしての名刺代わりに
-リーダー作は、いつ頃から製作しようと考えていましたか。
昔から作曲すること自体が好きだったので、アルバムという形で自身の作品を作りたい という思いは常に持っていましたが、「よし!」と思い立ったのは2019年の後半です。ライブにツアーにと忙しく活動させてもらえる中で、サポートミュージシャンにとどまらない、「1人のアーティスト」としての「自分の名刺」代わりになるものを持たなければという思 いが強くなったのがアルバムを作る大きな動機となりましたね。
-アルバムのレコーディングはいつ頃でしょうか 。また、新型コロナの影響はありましたか。
レコーディングは2020年の2月末です。録音にあたってはコロナの影響は特にありませんでしたが、その後の編集などの作業に移る段階で生活状況が一変したことで思うようにプロジェクトを進められない状態になってしまいました。
精神的にも経済的にも悩み事ばかりでしたが、録音したメンバーのプレイを聴けば聴くほど本当に素晴らしく、この作品を早く多くの人に聴いてほしい、「完成させなければ」という思いがより強くなりましたし、何より自分が音楽で表現していくことをやめてはいけないと改めて決意しました。今振り返ってみると、このアルバムが未完成だったのも、コロナ禍の中で自分を奮い立たせられた要因なのかなと思います。
「郷愁感」を表現したかった
-『GARDEN』と題された本作ですが、アルバム全体に統一したコンセプトがあるのでしょうか。1曲目の曲名が“Garden(prologue)”となっているので、そう感じたのですが。
「Garden」は直訳してまさに「庭」ですが、 私は「実家の庭」を思い描きました。ただその場所の具体的な大きさや形がどうこうというより、そのワード自体が自分の中での「郷愁感」を表現しているんだと思います。 生活の仕方や生きていく上での考え方とか、音楽に触れる楽しさ、といったものが育まれていった自分自身の幼少期が思い出されて、その感情や哲学感の根源的な部分が「Garden」という 言葉と印象に表されている気がして、そのままアルバムタイトルにしました。 コンセプトと言うよりは素のままの感情や思いで曲を作ってきたということがアルバムを通して表れているといった感じでしょうか。 郷愁感と言っても人それぞれの景色があると思うので、聴いていただいた方それぞれの懐かしい景色や感情が想起できるアルバムになってくれたらいいなと思っています。1曲目はアルバムに収録している曲の1部を切り取って全体の音の色合いを変えたもの を“まえがき”的に置きました。色あせた写真を見つけて眺めてるような雰囲気が出ればいいかなと。
-なるほど、“まえがき”という位置づけは面白いですね。たしかにそれがすごく当てはまる表現だと私も思います。あと今回のアルバムは全編エッジの効いた古木さんのベースサウンドがたっぷり聴けるのも大きな魅力ですが、アルバムでのご自身の演奏について、意識した事、気を付けたことはありますか。
とにかく自然体でリラックスすることを大事にしていたと思います。 ライブで経験した感動を形に残したいというのがそもそものレコーディングのキッカケですから、みんなとその時一番良かった!と思える演奏になるように、肩肘張らず、自分を大きく見せようとせず、そしてメンバーみんなの演奏に耳を傾けることを大事にしました。
-アルバムの収録曲ですが、9曲目の“Amazing Grace”以外は全て古木さんの作曲ですね。古木さんは作曲される際、どういったテーマで曲作りされることが多いですか。例えば、日常の中で起こった出来事、社会の情勢、もしくは自然現象、映画、小説など、インスピレーションはどういう所から生まれるのでしょうか。
“Amazing Grace”以外は全て私の作曲ですが、“Amazing〜”は原曲からメロディも変えたりしているのでタイトルを言うまで気付かれないことが多かったですが(笑) 。曲を作る際に何か決まったテーマを定めることはあまりなくて、基本的には浮かんできたメロディやリズムを徒然なるままに書いてるのですが、振り返ってみると1つの曲に一貫した自分の感情が反映されていると感じます。 ただ、あまりリスナーの方に特定のイメージを持たせたくないとも思っているので、あくまでその感情や曲の印象を間接的に表してるものを曲のタイトルにすることが多いです。
-今回のレコーディングメンバーについてお聞きします。メンバーの皆さんとは、それぞれ別の機会に共演されていますが、古木さんのリーダーバンドとして、今回のメンバーで以前からライブをされていたのでしょうか。それとも、今回のアルバム制作のために選ばれたメンバーなのでしょうか。
リーダーライブとしてのセッションでは、その都度違うコンセプトでメンバーをあれこれ変えながら、その時の偶発的なサウンドを楽しむ感覚でやってきたのですが、ふと「自分の曲を自分のやりたいようにやりたい」と思い立ってライブをするにあたって集まったのが今回のメンバーなんです。その日のライブで、メンバーの皆さんが自分の曲をさらなる高い次元に連れて行ってくれたような感覚があって。その後、数回ライブを重ねるでこれを形にしたいという思いに繋がりました。
レコーディングメンバーについて
-今回、参加されているメンバーの皆さんの演奏の印象、またアルバムでの役割を古木さんなりに紹介してもらえないでしょうか。
・松原慶史(Guitar)
彼は当然ながらギターがめちゃくちゃうまくて、しかも作曲も素晴らしくて、10代のギター少年時代の私が知っていたら間違い無くヒーローだったと思います。自分のバンドで弾いてもらいたいと思う理由は「俺がギターを弾けたら、こう弾きたい!」というのを、そのまま曲の上で弾いてくれていることだと思います。 自分の曲のメロディをまるで自分が弾いているかのように、いやそれ以上に自然に演奏で歌ってくれることは作曲者にとってこれ以上に無い感動体験だと思います。 なので松原さんのこのアルバムでの役割は好きに歌ってもらうことでした(笑)!
・渡辺翔太(Piano)
翔太さんを初めて見て、聴いた人はみんな強烈なボディーブローを食らったような感覚になると思うんですけど(笑)。 何を隠そう私もその一人で、「Octagon」という8人編成のグループで初めて一緒になった時に、彼の音楽的フィジカル能力の高さと圧倒的なセンスにぶん殴られてから、ずっと彼に自分の曲を弾いてもらいたいな〜と思っていました。彼のプレイは卓越した技術をひけらかすことなく、あくまで歌心が中心に聴こえてきて、その延長線上には自分が想像もしていなかった景色が開けていたりする所にいつも驚いています。
・木村紘(Drums)
木村さんがメンバーの中では一番付き合いが長く、彼が大学在学中から知っていて、今でも一緒に仕事ができることに不思議な縁も感じています。 その10年以上の付き合いから、おそらく私がやりたいことや言いたいことは筒抜けで読ま れているかと思うのですが(笑) 、それを否定することなく寄り添ってくれるような人間性と演奏が好きで、自分の曲をバンドで表現する上でとても頼りになる存在です。 ただ寄り添うだけじゃなく時折、強烈なツッコミをするような瞬間があって、音楽でも他愛ない会話でも(笑)、常に刺激を与えてくれています。
生活の中に寄り添うような音楽
-古木さんがアルバムで特に聴いてほしいポイントはありますか。もちろん全部は当然ですが、何かポイントがあればリスナーの皆さんも、まずそこから注目して聴いてみるという楽しみ方もできるのではないかと思いまして。
メンバー3人のプレイやソロが素晴らしいのはもちろんですが、あえて選ぶなら、“Four Basics”での歪んだソリッドギターで醸し出されるダークな雰囲気と、“Garden” はガットギターがめちゃくちゃ美しい音だったりして、楽器の違いでガラッと変わる雰囲気も聴いてほしいです。
“Winter Morning”では曲を通して翔太さんのソロがフィーチャーされているのですが、 じりじりと盛り上がっていく曲と共にソロも伴奏も渾然一体となっていく感じがバンドの一体感があって、生演奏ならではという感じが心地いいです。 “Arahimagas”はレコーディング前日に完成した曲で急遽アルバムに入れましたが、ベーシストのリーダーアルバムなのに気づいたら唯一のベースソロフィーチャー曲になっていました (笑) 。メロディも雰囲気もユニークにできたので、わりと気に入ってます。
-このアルバムをこれから聴くリスナーの方に向けてメッセージをお願いします。
偉そうにさまざま語ってしまいましたが(笑)、音楽を聴く上では好きか嫌いか、格好良いか、悪いかしかないので、まずは聴いていただいて、その上で1人でも多くの方の生活の中に私たちの演奏が寄り添えたら嬉しく思います。 何よりレコーディングを経験したことで私たちの演奏はさらに濃厚になっているので、今はまだまだ外に出づらい時期ではありますが、状況が落ち着いたら、ライブにも是非遊びに来ていただきたいと思っています。
インタビューは以上です。古木さん、インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。古木さんによると、さらに新しい曲や構成で我々に視聴する機会を作れるようにアンテナを張りつつ、企画を練っているとの事なので、これからも古木さんの一挙手一投足に注目していきたいと思います。
〈古木佳祐 Official Website〉
<『GARDEN』デジタル配信>
・Spotify
・Apple Music
〈『GARDEN』各種ネット販売〉
・Amazon
・タワーレコード
・ディスクユニオン
記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。もしよろしければサポートお願いします。取材活動費やイベント運営費用などに活用させていただきます。何卒よろしくお願い致します。