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埼玉の加須とうどん - 巡巡 #018

先日スーパーでふと目についた「加須うどん」という商品。加須は埼玉にある地名で高祖父多喜雄の最後の住所で、戸籍謄本を取りに一度だけ行ったことがあった。朝だったのでわからなかったが、どうやら加須周辺にはうどん屋がいくつもあったらしい。加須うどん会なるものもあったサイトによると「江戸時代の始め、川の氾濫によって肥沃な土が運ばれ、小麦の栽培に適した地だったとされており、米より小麦の栽培が盛んだった」当時は中山道と日光街道を結ぶ宿場町で、関東三大不動尊の一つ「不動ヶ岡不動尊 総願寺」の参拝客へ提供したことがきっかけのようで、現在も50店舗ほどあるようだ。

子亀(埼玉加須うどん)

多喜雄は昭和3年この加須に転籍してきて、昭和13年に隠居、5年後の昭和18年に突然亡くなったらしい。戸籍によると15年加須に住んでいたことになる。日本全国を転々としていた多喜雄にとって最も長く住んだ場所がこの加須で、ここで過ごした15年はどんなだったのだろうと想像する。とくに隠居してからの5年は、忙しかったそれまでとは違い、家で過ごし加須のうどんでも食べながら過ごしたのかもしれない。

ごまのつゆ

多喜雄が亡くなったあと吉田家は戦争で散り散りになった。多喜雄が生きていたらどう思ったのだろうか。

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