戦死しているのに軍歴がなかった
自分の高祖叔父の吉田鴻治(こうじ)は騎兵第一旅団騎兵第十四連隊として日露戦争へ従軍し、明治37年8月5日盛京省の耿家庄子という場所で24歳で戦死しました。階級は陸軍騎兵上等兵でした。
日露戦争前は近衛兵だったと聞いていて詳細が知りたいなと思っていましたが公文書館にあった勲章の資料と靖国神社の祭神調査で分かった情報が今のところ全てで、軍歴などより詳細な情報を探したのですが、東京都保管旧陸軍軍歴資料等の確認はできなかった。
なぜ軍歴がないのか?
明治6年徴兵令の発布、日清日露戦(1904年頃)から昭和2年の兵役法、終戦の昭和20年まで、軍人恩給支給の為の軍歴、終戦前(昭和20年)に軍人恩給の手続きが終了しているので資料が保管されていない。と厚生労働省から回答があった。
吉田鴻治に関して調べたポッドキャストは以下です。
所属部隊を調査する方法として「兵籍簿」の取得(軍歴紹介)という手段があり「兵籍簿」を見ることができれば入隊時期やその他軍歴が確認できるかなと思っていたのですが確認できず。
「兵籍簿」は各隊に初めて入隊した者、軍学校に入隊した者、将校に任官した者は軍籍に入れられ、戸籍に相当する兵籍に記載される。(戸籍、戸主、続柄、戸籍内の肉親、生年月日、官等級、位勲賞典、刑罰、懲戒、兵種、特業、服役区分、入営から復員までの履歴、学歴)
軍歴が確認できないため、戦死しているので遺族年金の請求時の恩給履歴書を探すことに。しかし恩給履歴書も確認できず…。
今から120年前の日露戦争のことなので全ての情報が残っているとは思わないのだが処分されてしまったのだろう。
まだ調べる箇所もあると思うが、以下に調べた箇所を記載。
ちなみに官報 1905年09月07日( https://dl.ndl.go.jp/pid/2949991/1/3 )では遺族年金とは別?に金470円(現在の約180万円)を賜るとの記述あり。遺族年金は受け取っていないのかな。
●恩給履歴書
総務省政策統括官(国立公文書館)→恩給履歴書を確認するためには死亡年月日及び遺族年金受給権者第1位(妻の氏名、生年月日、死亡年月日)、第2位(子の氏名、生年月日)第3位(父母の氏名、生年月日、死亡年月日)が必要であった