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伊東の鉄道や汽船の歴史など

伊東には大正後期に建てられた先祖の墓があり子供の頃から旅行を兼ねて墓参りに行っています。子供ながらになぜ伊東なのかと思っていましたがそちらの詳細はポッドキャストで話しました。都内から電車に乗り熱海から伊東まで海沿いを走る伊東線に揺られながら、我々の先祖はどのような交通手段で伊東に向かったのだろうと気になり調べてみました。

国会図書館デジタルにて「伊東町交通史物語」という資料を見つけました。
(著者:伊東線全通記念式委員部 編 出版者:伊東線全通記念式委員部
出版年月日:昭和13年)この中に伊東交通変遷年次表というものがあったので下記に書き写したものです。大正後期には各区間の交通の便は進んでいた様子がわかります。


明治5年5月1日 主管:鉄道寮 機関:鉄道 区間:横浜〜品川
明治5年5月9日 主管:鉄道寮 機関:鉄道 区間:品川〜新橋
明治18年X月X日 主管:不詳(豆海丸) 機関:汽船 区間:下田〜東京
明治20年7月11日 主管:鉄道寮 機関:鉄道 区間:国府津〜横浜
明治22年2月1日 主管:鉄道寮 機関:鉄道 区間:国府津〜静岡
明治22年11月X日 主管:東京湾汽船 機関:汽船 区間:下田〜東京
明治28年7月10日 主管:豆相人車鉄道 機関:人車鉄道 区間:熱海〜吉浜
明治29年3月12日 主管:豆相人車鉄道 機関:人車鉄道 区間:吉浜〜小田原
【人が客車を押して走らす電車?1車両に6人で2〜3人で車夫が押していた。熱海から小田原で6時間かかっていた】
明治31年5月20日 主管:豆相鉄道 機関:軌道 区間:南條〜三島町
明治31年6月15日 主管:豆相鉄道 機関:軌道 区間:三島〜三島駅
明治31年6月15日 主管:鉄道應 機関:鉄道 区間:三島駅新設 ※佐野沼津両駅間に新設
明治32年7月17日 主管:豆相鉄道 機関:軌道 区間:大仁〜南條
明治35年8月6日 主管:東豆汽船 機関:汽船 区間:下田〜東京
明治39年X月X日 主管:静岡県 機関:県道 区間:伊東〜大仁
明治40年X月X日 主管:静岡県 機関:県道 区間:伊東熱海線起工、大仁三島駅間動力変更
明治40年7月19日 主管:伊豆鉄道 機関:鉄道 ※豆相鉄道を承継
明治41年3月X日 主管:東京湾汽船 機関:汽船 区間:伊東〜国府津
明治41年8月11日 主管:大日本軌道 機関:軽便鉄道 区間:熱海湯河原間動力変更 ※豆相人車を承継
大正4年6月23日 主管:鉄道院 機関:鉄道 区間:熱海線改築工事起工
大正7年8月13日 主管:駿豆鉄道 機関:鉄道 区間:大場三島駅間電化 ※伊豆鉄道を承継
大正9年10月21日 主管:鉄道省 機関:鉄道 区間:小田原〜国府津 ※熱海線一部完成
大正11年12月21日 主管:鉄道省 機関:鉄道 区間:真鶴〜小田原
大正11年12月21日 主管:東京湾汽船 機関:汽船 区間:伊東〜真鶴
大正13年8月1日 主管:駿豆鉄道 機関:鉄道 区間:修善寺〜大仁
大正13年10月1日 主管:鉄道省 機関:鉄道 区間:湯河原〜真鶴
大正13年10月1日 主管:鉄道省 機関:鉄道 区間:熱海〜湯河原
昭和9年12月1日 主管:鉄道省 機関:鉄道 区間:熱海~沼津 ※丹那トンネル竣工

伊東町交通史物語(著者:伊東線全通記念式委員部 編 出版者:伊東線全通記念式委員部
出版年月日:昭和13年)国会図書館デジタル

この資料の中の坂田六兵衛という人物は自分の高祖母吉田はつ(旧姓坂田)の兄であり、伊東にある吉田家の墓の過去帳にも名前があった人物で叔父にあたるだろうか。坂田六兵衛は明治、大正期に伊東の玖須美でビジネスや町議をしていた記述があった。現在の伊東オレンジビーチのあたりで坂田回漕店という東京湾汽船株式会社の代理店のようなものをやっていたようだ。坂田六兵衛は通称「坂六」と呼ばれていてこの辺りではかなり知名度があったのではないかと思われる。

故坂田六兵衛

この資料によって不明だった自分と伊東の接点はぐっと縮まった。大正10年頃、六兵衛は鉄道省の職員の案内係をしていて、鉄道省の保養所作りに一役買ったような記述がある。この時期に鉄道省に勤めていたのは自分の高祖父吉田多喜雄なので関係がないと思えない。

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