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弾き語りについて

新型コロナウィルスが感染拡大しつつあった2020年2月末頃から、コンサートなどのたくさん人が集まる催物は、50%動員による規模縮小や自粛を求められてきた。当時はさすがに長くても1年あれば収まるかと想像していたが、2021年3月現在でもまだまだ完全な収束の気配はない。ただ、流石は人類。尋常ではない速度でのワクチン開発など、このウィルスとの向き合い方を人類が習得してきているように見受けられる。まだまだコンサートは100%の状態での開催は難しい状況であり、行政機関などによる不条理な規制に想うこともあるが、愚痴を言ってもどうにもならない。それよりも、様々なアーティストやコンサート従事者の前向きな行動の積み重ねによって、本当に少しずつだけど良くなりつつある状況に目を向けていきたいところである。

観客が歓声を出さず、着席しながら舞台芸術を楽しむものに関しては感染拡大リスクも低いため、最近では「弾き語りライブ」を目にする機会が多くなった。今になって気付いたことではあるが、コロナ以前はコンサート演出や機材を我先にと最先端を求め、過剰すぎる競争が起きていたようにも思える。例えるならば、コロナ以前は「体脂肪率30%」のようなコンサートが日常的に行われていたのかもしれない。しかし、コロナ以後に行われる弾き語りライブは「体脂肪率5%」のようなコンサートであるように感じる。物事の本質が問われるこんな時代だからこそ、改めて「弾き語り」について考えてみようと思った。

弾き語り(ひきがたり)は、歌手が一人で楽曲を歌う際に自らその伴奏を担う楽器の演奏を同時に行うこと。 また、弾き歌い、弾き唄い(ひきうたい)も同じ意味

少し調べてみたところ、井上陽水さんや吉田拓郎さんが活躍された、1970年代のフォークソングブームが日本における弾き語り文化の起源であり、普及の原点であるとのことだった。ソロアーティストでもライブの規模によっては複数名のサポートバンドメンバーを迎えながら、リリースされているオリジナル音源を忠実に再現したり、複雑な音の重なりによって唯一無二の音を生み出している。「BAND」という形態も、そのメンバーにしか表現できない音を生み出し、ライブにおいてはBANDメンバーそれぞれの個性を活かした演奏やステージパフォーマンスで我々を楽しませてくれる。

しかし、弾き語りはアーティストがステージに一人きりである。自らの手で奏でる楽器のシンプルな音と、その身体から発せられる「歌」だけがその空間に鳴り響くのである。アーティストは静寂の中で「歌」を響かせ、観客の身体に純度の高い「歌」が浸透していく。ある意味、究極の緊張状態であると思う。(書いているだけでもなんだか緊張してきた...。)

色々な制限があり、フルサイズのライブがなかなか開催できない中、最近では様々なアーティストが弾き語りライブにトライしている。実際に自分自身も弾き語りライブに関わらせていただくことが増えた。普段は弾き語りをしないようなソロアーティストや、普段はBANDの一員であるアーティストがこの機会に緊張感溢れる弾き語りライブを魅せてくれている。完全なバンドサウンドで聴くからこそ楽しめる音楽があることは確かなことだけど、シンプルに研ぎ澄まされているからこそ美しい音楽表現があることも確かなことである。

弾き語りライブは「観客」もアーティスト同様に緊張感を持って臨んでいる。咳払い一つでも大きく響いてしまいそうなピンッと張り詰めた空気の中で、耳を研ぎ澄ました状態で聴く音楽はいつもより深く心に刺さるはずである。アーティストも観客もお互いに全ての飾りを排除した上で向き合うことで起こる化学反応こそ、弾き語りという芸術表現が持つエンターテイメント性の真髄なのだと感じている。

2020年は、自分自身もコロナウィルス感染拡大の影響によってライブを観る機会がたくさん失われた。「そのおかげで」と言うと語弊があるが、自分の耳の鼓膜が回復した感覚は否めない。元々は毎日のように爆音の音楽に触れていて、間違いなく耳の感覚は弱く遠くなっていたので、日常の話し声や電話で話す声も人一倍に大きかったと思う。今では、聴覚が回復したであろう耳で聴く弾き語りライブが本当に心地良いと感じている。もちろんコロナ以前のように爆音で大騒ぎできる音楽体験が一日も早く戻ってきて欲しいと願ってはいるのだが、今だからこそ体験できる「令和の弾き語りカルチャー」は自分にとってとても大切な存在となっている。

フォークソングカルチャー黎明期は、そもそも静かに座って音楽を聴くのが当たり前だったのではないだろうか。その後バンドサウンドが流行し、そのエッジーなサウンドに心を揺さぶられた若者達がライブを観ながら立ち上がり、ステージに向かって駆け出したことがスタンディングライブの原点であると想像する。しかし今では、利益を追求しすぎたためか、満員電車のような窮屈な空間でライブを観る文化が当たり前として定着している。コロナウィルスによって壊されていく平成の価値観。こんな時代を迎えたからこそ改めて、静かに音楽と向き合うことも追求していかなければいけないと思う。

今、弾き語りライブを観れるチャンスが増えている。超ミニマル状態で行われる弾き語りは、決してバンド演奏のあるライブの廉価版ではない。弾き語りでしか体験できない価値がある。そんな価値観が世の中に浸透し、前向きな気持ちで弾き語りライブの会場に足を運んでくださるオーディエンスが増えることを祈るばかりである。そして、弾き語り・アコースティック・スタンディング・指定席・配信 etc...。多種多様な形でのライブパフォーマンスを求められるアーティストの皆様の、日頃からの努力には本当に頭が下がる。そんなアーティストの皆様の努力に誠意を持ってサポートできる音楽人でありたいと思う。

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