続・ベーチェット病のままで生きていく
今日は1ヶ月に1度の難病の定期通院だった。2019年9月にベーチェット病を発症してからずっと病院通いの日々を送っている。発症当初は仕事ができる状態ではなく、1ヶ月半の療養期間を経て、社会復帰に至った。その間もたくさんの人の支えがあって、今も感謝の気持ちでいっぱいだ。
ぶどう膜炎から派生して、白内障や緑内障を患い、目に注射を打ったり、手術をしたりした。ヒュミラと呼ばれる自己注射が始まったことで、少しずつ容体が安定するようになってきた。
病院に向かう道中は基本的に不安でいっぱいだ。家に出た瞬間にやってくる恐怖心。駅までの足取りがいつもより悪い。前回よりも悪化していたらどうしよう。考えれば考えるほどに心臓の音が上がっていく。何もなかったと知るまでは油断できない。
駅の改札を抜けて、電車のホームに向かう。いつもなら気にならない広告たちがやけに目に入ってくる。スピリチュアル系の広告を見つけた。思わず縋りたくなるが、そんな時は決まって、BUMP OF CHICKENの藤くんが言った「神に誓うな、己に誓え」を思い出す。
電車に乗って病院へと向かう。1駅ごとに増す恐怖心に逃げ出したくなる。だが、現実と向き合うことでしか現状を変えられないと知っているからこそ、逃げる選択肢を頭の中から排除できる。
病院の最寄駅に着いた。改札を抜けるとすぐに病院が見えてきた。自分の気持ちとは裏腹に、病院の向こう側ではイルミネーションたちが街を彩っている。やりきれない気持ちを抱えながら病院のエントランスへと向かう。受付機に診察券を通して、エスカレーターに乗って眼科を目指す。名前を呼ばれるまで待つのだが、佐藤さんと呼ばれるたびに、自分だと思って反応してしまう。きっと全国の佐藤さんも似たような経験をしたことがあるはずだ。この件に関しては全国の佐藤さんに同情するしかない。
視力検査をして、眼圧を測る。その後に瞳孔を開ける目薬を挿すのだが、刺した瞬間からそれまで見ていた景色とは程遠いものが目に映った。蛍光灯の周りに光のリングが見える。不思議な感覚に包まれながら、診察を待つ時間はいつも苦痛だ。そして、担当医に診察室に呼ばれた。どんな言葉を投げられるのだろうか。見えづらい目が相まって、どんどん不安が大きくなっていく。
「お変わりはありませんか?」
「特に変わったことはありません」
「良かったです。では、目を検査していきましょうか」
常套句のようなやりとりをしてから、目の中を観察される。徐々に鼓動が早くなっていく。今すぐ家に帰りたい。そんなことを考えながら担当医の指示通りに目を動かす。検査の結果を聞きたくない、先生の顔が曇る姿を見たくない。
だが今回は、先生の顔が晴れやかになっていくのが手に取るようにわかった。どうやら右目の視力が少し回復しているらしい。自己注射も必要ないほどに容体も安定しているとのこと。先生の晴れやかな顔を見て、思わず安堵する。これから先も治療は続くのだけれど、少しでも回復しているという事実が心を軽くした。
難病には完治という状態はないため、この先一生付き合っていく必要がある。診察のたびに一喜一憂することを容易に想像できるが、いい部分に目を向けられる人間でありたい。自身の努力が身を結んだ。今回は清々しい気持ちで診察室を出ることができた。それが何よりも嬉しい。
今の自分がいるのは絶対に周りの人の支えのおかげだ。難病を発症した事実はあれど、生まれてからの31年で運が悪いと思ったことは一度もない。僕以上に運がいい人間を見たことがないと思えるほど、僕は強運の持ち主だ。優しい人たちがいるから治療に励むことができる。これからも時に弱音を吐きながら、前向きに難病と向き合っていきたい。