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夕暮れ時、赤い薔薇が揺れていた

放課後の校庭は、冬の始まりを告げる冷たい風に吹かれている。誰かの手によって敷き詰められた芝生の上には薄い霜が輝きを解き放っていた。ほんのり暗くなった空の中に漂う空気は頬を突き刺すような痛みを与える。

夕暮れ時、彼女は部活終わりに友達と一緒に部室へ向かう中、校庭の隅に並べられた少し錆びたベンチに目線を動かした。そこには同じクラスの彼が座っている。ベンチの上にはノートとペン、その横に置かれた缶コーヒー、彼は何かを思案しているようだった。

彼女は彼の元に駆け寄り、声をかけた。

「何してるの?」

彼女の言葉を聞いて振り返った彼の瞳には、一瞬の戸惑いが映り、すぐさま微笑みが浮かんできた。

「ちょっと、考え事してた」

彼の曖昧な答えに、彼女は少し不満げに眉をひそめる。言いたくないことを無理に聞き出すつもりはない。彼女は無言で彼の横に腰を下ろす。ひんやりとした鉄のベンチが彼女の体温を奪っていくが、不思議と居心地は悪くない。

「もうすっかり冬だね」

何気なく呟いた苦し紛れで解き放った彼女の言葉に、彼は正面を向いたままゆっくりと頷いた。

「すっかり寒くなったね。でも、冬は星が綺麗に見えるから好きなんだ」

彼の意外な返答に驚き、彼女は思わず彼の横顔に視線を移す。彼は冷静沈着でクールな印象が強いのだが、こんな風に詩的な言葉を口にするなんて思わなかった。

「そんな言葉が出てくるなんて思わなかった」

「長時間外にいるから思考がおかしくなったのかもね」

そう言って、頬を赤らめながら舌を向く彼の仕草に、彼女は少しだけ高揚した。真紅の夕陽が彼の顔を淡く染め、その表情を優しく包み込んでいる。そのとき、彼女のスマホが震えた。彼女はタイミングが悪いとゲンナリしながら画面を確認する。部活のグループラインからの連絡だった。どうやら明日は練習が中止になったらしい。彼女はそれを伝えると、彼は下を向いたままゆっくり頷いた。

「じゃあ、今日はもう少しのんびりできるね」

彼の言葉を受けて、彼女の頬が少し赤くなり、二人は自然と微笑み合った。彼女はふと、校庭の隅に広がる花壇に目をやった。冬枯れの中で凛と立つ赤いバラが、静かに夕陽を受けている。

「そういえばこの間、写真部の展示見たけど、赤い薔薇の写真が綺麗だった」

突然、彼が切り出した。私はまさか彼に見られているとは思わずに少し動揺する。

「ああ、あれ、私が撮ったんだ」

驚いたように目を見開く彼の反応に、彼女は少し頬が赤くなった。写真は趣味程度でしか撮っていない。まさかそれを褒められるとは予想もしていなかった彼女は空を見つめてその場をやり過ごそうとした。

「え?そうなの?すごく綺麗に撮れていたよ」

彼の真っ直ぐな言葉に、彼女の胸はまた少し高揚した。些細なやり取りの中に芽生えるぬくもりに特別な何かが宿っているような気がした。

彼女が黙り込んでいると、「今日はもう帰るの?」と彼が問いかけてきた。

「明日の予定がなくなったからもう少しここにいてもいいかな?」

彼女の答えに、彼は微笑みながら「じゃああと少しだけここにいようか」と返した。凍てつくような冷たい風の中に緊張感が流れていく。二人は無言のままただ空を眺めている。秋が枯れて、少しずつ冬の気配が姿を現し始めた。互いに言葉にできなくとも、確かに感じられる温もりがそこにはあった。まだ何も生まれていないけれど、かけがえのない一瞬が、冬の澄んだ空に静かに刻まれていく。

校庭には野球部の練習風景が流れている。大きな声が飛び交う中で、彼女たちを取り巻く冷たい空気は二人の距離を縮める大きなきっかけとなった。夕暮れ時に互いの影がぴたりと重なり、二人は自然と笑みを浮かべた。

「もうすぐ冬がやってくるね」

彼女がぼんやりと呟くと、彼は少し考え込むような顔をした。

「そうだね。今年も楽しい冬だったらいいね」

その答えに、彼女は穏やかに頷いた。冬の始まりと共に、心に芽生えた思いも、静かに確かなものになっていくようだった。彼女たちのこれからを校庭の隅に咲く赤い薔薇が祝福しているかのように思えた。

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サトウリョウタ@毎日更新の人
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