赤いドレスは君には似合わない
「赤いドレスは君には似合わない」
結婚式のお色直しを終え、赤いドレスを着ているきみが出てきた。盛大な拍手で迎えられる君は、誰がどう見ても綺麗だった。
本来なら君の横には僕がいるはずだった。でも、君の横にいるのは別の男で、僕は大学時代の友人枠としてきみに招かれただけのただの友人でしかない。
ふたりがお別れをした理由は、「価値観の不一致」とありきたりな理由で、価値観が合わないふたりには明るい未来なんてなかった。
なぜ、僕が元恋人の結婚式に参列したのかって?
君の晴れ舞台を、ちゃんと眼に焼き付けたかったのだろうか。いや、そんな綺麗な理由ではない。本当は君に負けたことを受け入れるために、君の晴れ舞台に参列した。でも、負けを受け入れるどころか「なぜじぶんじゃないのか」という後悔ばかりが胸を締め付けるのはなぜなんだろうか。
「ほんと、そういうところだよ」
赤いドレスを身に纏った元恋人を眺めていると、同級生の女友達がいきなり僕に言った。女友達は元カノの大親友。彼女たちは幼稚園から大学までずっと一緒という驚異的な仲の良さを誇る。彼女たちはお互いに隠し事はしない主義なので、僕との関係性も知っているし、なぜ別れたのかもぜんぶ知っている。つまり女友達は僕のことを熟知しているということだ。
赤いドレスを身に纏った元恋人を、女友達は「綺麗だ」と言う。でも、赤よりも青が好きだった元恋人を知っていたから、赤いドレスを着ているきみが不思議で仕方なかった。もしや、感性が変わったのだろうか。
僕らが一緒にいたのは大学生のときで、もう5年も前の話だ。5年もたてば、趣味も変わるし、化粧の仕方やチークの色だって変わる。大人の階段をまさに登っている途中で、僕らはお別れを選んだのだから、君が変わってしまうのも無理はない。実際に僕だって住む街も、好きな色も、好きな本の種類も変わってしまっているし、君に文句を言う権利は持ち合わせていない。
もしかしたら2人の思い出の青を思い出さないために、赤が好きになったのかも。ありもしないもしもを考えている最中に、家族へのお手紙タイムが始まった。
昔の君がモニターに映る。生まれた頃の写真から現在に至るまでの写真が会場を盛り上げる。ああ、気付いてしまった。大学時代の写真は僕が撮ったものばかりだ。なぜ、僕が撮った写真をきみが選択したのかはまったくわからない。当時の君も今の君も、変わらず綺麗だということはたしかな事実だ。
でも、やっぱり君は赤いドレスではなくて、青いバラのドレスがよく似合うはずだ。「好きな色のドレスを着るのが結婚式のセオリーだね」なんて、嬉しそうに語っていた君はどこに行ってしまったんだろうか。
青いバラは自然な色素ではなく、人工的に作られたものだ。そのため青いバラは「奇跡」だとか「不可能を可能にする」と呼ばれている。君が生まれたことは奇跡でしかない。だから、赤いドレスではなく、青いバラのドレスを僕が着せたかった。
でも、君と君が見繕った相手が選んだのは、赤いドレスだった。僕なら赤いドレスを絶対に選ばない。やっぱり僕らは合わないし、別れて正解だったのかもしれない。君の晴れ舞台できちんと負けを認めることができて良かったと心の底から思う。
司会進行が進み、結婚式が終わりを告げた。
「僕らふたりはアダムとイヴのようにはいかなかったね。いつまでも幸せでありますように。」
これ以上ない勢いで、盛大な拍手を君に送る。
同時に「ああ、ちゃんと君に失恋ができて良かった」とほっと胸を撫でおろす。完敗に次ぐ完敗で、この思いを言葉にする必要なんてもはやあるまい。
「ねえ、ふたりで二次会ばっくれる?」
女友達が気を利かせて僕に言った。
その言葉に吸い込まれるように、僕は君ではない他の女と街へと消えた。